ヨル子はお前だ!⑤
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「文房具の雨が止みました!」
「しめた! 俺らも加勢するぞ!」
「で、でででもなんで急に!?」
一方その頃、回復と防御に専念していた海斗らは突如として降り止んだ文房具に驚いていた。
「さっきまでの止み方より長い! 理由はわからんが、もしかしたらあのドラゴンを作るのに精一杯でワシらにまで気が回ってないのかも知れん!」
「健栄さんはまだ動かないで! ちゃんと傷が癒えてないんだから!!」
思わず立ちあがろうとした健栄に郁が一喝した。
「お、おう……す、すまん」
その余りの剣幕に、健栄は思わず謝ってしまう。
「悠理、俺はもう大丈夫だろ!?」
「まだ完全に治ってはいないけど、海斗さんがイケるっていうなら良いよ!」
悠理は海斗にそう返事をしながら、すでに魔法を止めていた。
これが大河なら絶対に無理をさせず全ての傷が癒えるまで動かさないつもりだが、海斗であるなら大丈夫。
恋人と他人という態度の違いもあるが、大河ほどの無茶を海斗はしないだろうという判断でもある。
「ち、千春はなにしますか!?」
剣を構えたままどうして良いのかわからず、千春はおろおろと逃げ惑う大河と廉造、海斗の顔を交互に見やる。
「よし! 千春と健栄さんは悠理と郁さんの護衛! 俺と祐仁は大河たちの後に続く! 馬鹿な俺にはどうしていいのかさっぱり分からんが、アイツらならちゃんと指示してくれるだろ!」
「お、俺も!?」
「男だろうが! シャキッとしろ!」
立ち上がった海斗が祐仁の背中をバンと叩き、鼻息荒く駆けていく。
「お、おう! 俺だって、俺だって戦えるんだぁああっ!」
恐怖なのか武者震いなのか、祐仁はその手と声をプルプルと震わせながら、しかし雄々しく叫んで海斗の背を追って走り出した。
「祐仁くん、本当に大丈夫なんですかねぇ……?」
「……信じて待つしかないんだよね。いつも」
「……悠理さん?」
その暗い呟きを聞いた千春が、悠理の顔を覗き込む。
「結局私は、戦っている大河を待つ事しかできないんだ。いつもそう。大河はお前が居てくれるからって、お前にはお前の役割があるから気にするなって言うけど……むしろ私が大河の傷を治しちゃうから、あの人は怪我を気にしなくなっているみたいで……」
「そ、そんなことないですよぅ。このドーム型の防御魔法だって、さっきの回復魔法だって、悠理さんだからこんな強い魔法になっているんですよね? リーダーは悠理さんを信頼しているから……」
「うん……わかってる。わかってるんだよ千春ちゃん。わかっているの……」
千春の慰めの声も、今の悠理には響かない。
大河が普段から言っていることは、紛れもない本心で真実だ。
しかし悠理の懸念もまた正しい。
悠理の強くて早い回復魔法があるからこそ、大河は自分の身体の傷に無頓着になっている。
死にさえしなければ悠理が治してくれるという、勝手で無責任な信頼を寄せている。
(大河の無茶がどうしようもならなくなる前に……)
自分も前線に立ってその無茶を止められるようになるか、もしくは大河に命と身体を惜しむべき理由を理解させるか。
悠理は自分の下腹部にそっと手を当てる。
(子供が出来たら、あの人は自分を大事にしてくれるのかな……)
そんなとんでもない事を考えながら、悠理は目を伏せた。
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「廉造、なんでも良い! 今まで見てきたこの部屋とこのダンジョンの情報を分かるかぎり俺に教えてくれ! 絶対に今まで見てきた中にペン立てのヒントがあるはずなんだ!」
文房具ドラゴンに追われながら、そして吐き出される文房具ブレスを紙一重で躱しながら、大河は叫ぶ。
「情報ったって! 図書室に行ったお前の方が僕なんかより詳しいでしょうが! 先に僕に情報をくれよ!」
いくら普通の部屋より広いとはいえ、巨大なドラゴンから逃げるにはあまりにも狭いこの校長室。
廉造と大河はぐるぐると回るように、時に足を急停止させ転回しながら逃げ続けている。
ついさっき廉造が口にした精力剤──ブーストアイテムを大河も一瓶飲み干して、体力的にはまだ余裕がある。
「えっと! 長くなるし説明が難しいんだけど!」
目の前に迫る壁に立ち止まっている暇もなく、大河と廉造はそのまま加速して壁を垂直に走る。
やっている事が現実味離れしてようが、今はツッコんでいる場合じゃない。
レベルを上げたことによる超人的な身体能力を遺憾無く発揮し、二人は爆走しながら会話を続ける。
「マコの日記に出てくるヨル子は、話しかけてくるのと無口な方の2パターンあった! だから俺はもしかしたらヨル子は二人居るんじゃないかってまず疑ったんだ!」
「あのさぁ! 結論に飛びすぎて間が抜けてるんだけど!!」
「日記に出てくるマコの姉の話だよ! 〝ヨル子に探し物を頼まれて一度 でも一緒に探し始めると、学校から抜け出せなくなる〟ってのが姉の話だ!! だけど最初のヨル子とマコが出会った時、一緒に図工室と体育館を探したのにマコは帰宅できてた! つまりその子はヨル子じゃない!」
「な、なるほど!?」
「それで日記を最初から読んでいくと気付いたんだ! マコと会話した方のヨル子は、自分の事をヨル子だなんて一言も言ってなかった! 周りから聞いた噂と、探し物を頼まれた事でマコが勝手にヨル子だって断定しただけだ!」
「ほうほう!」
「姉の言う話とマコがヨル子だと思ってた子から聞いた話が食い違っているのも不自然だった! マコがその子から聞いたのは、いじめっ子にペン立てを隠されたって話だった! でも姉の方の話では、いじめっ子はヨル子の方で、ペン立てを隠されたのもいじめてた子からの仕返しってことになってる!! イベントストーリーとして考えたら、この差異は絶対に意味がある事だと思ったんだ!」
「ゲーム的にはそうなるね! 意味なくそんな違いを入れるとは考えにくいし!!」
「んで気付いた! 無口な方のヨル子は、マコに〝ペン立て〟を探せなんて一言も言ってないし示してない! 会話できる方が言ってるんだ! 〝ペン立てを見つけてお家に帰れ〟ってな!」
「ちょっとわかんなくなってきたぞ!?」
「マコが会話していた方が! いじめられっ子だったんだよ! ペン立てを見つけて女の子たちを家に帰そうとしてたんだ! 本物のヨル子はこの学校に女の子を連れ込んで、何かを探せってジェスチャーだけして黙って見ていただけだ! さっきの女の子は話が出来てた! だからあの子はヨル子じゃない!」
「僕があのままあの子を殺してたら! どうなってたのさ!」
「わからん! わからんが素直にダンジョンを攻略って感じでは無かったと思うんだ! ペン立てを見つけて何をすれば良いのかも示されてない以上、この探し物イベントはペン立てを見つけてからが本番だって言える!」
「……あ、そっか!! ペン立てを見つけたらクリアって明言はされてないもんな!!」
「本物のヨル子が何も言わないのって、つかりそう言う事だろ!? 黙ってても探し物イベントは始まっているし、放っておけば勝手に壁に潰されて死ぬ! そこがミスリードだ! 俺の読みでは──!」
「お前の読みでどわぁああああああっ!?」
「ぐぅっ!」
そこで話は一旦中断された。
文房具ドラゴンの口から放たれたブレス(物理)が、大河と廉造の行く手を遮るように放たれたからだ。
すんでのところで壁を蹴ってゴロゴロと床を転がる二人。
両手足を踏ん張って勢いを殺し、床に四つん這いになりながら顔を見上げた大河の目に、まっすぐ突撃してくるドラゴンの顔がもうすぐそこまで迫ってきていた。
「くっ!」
大河は必死に体勢を立て直そうと膝に力を込める。
しかしいくらブーストアイテムの力でも、傷だらけの身体に力を込めるのは数瞬の間が必要だった。
「廉造! 耐え──!!」
「どっせぇええええいっ!!」
ドラゴンの頭の先が大河と廉造に直撃すると思われた刹那──。
「──待たせたなクソガキども! 頼りになる海斗兄貴が助けに来たぞ!!」
「あ、兄貴ぃいいいいいいっ!」
「海斗さん!」
ドラゴンの横っ面に、ハヤテマルの凄まじい一撃が繰り出され、その顔がバラバラに散らばった。




