ヨル子はお前だ!③
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「なるほどわかった!!」
無尽に降り注ぐ文房具の雨をなんとか凌ぎながら、廉造が叫ぶ。
その肌には薄い切り傷が至る所の走り、動き続けることで弾け飛ぶ血が霞のように舞っていた。
「なにがだよ!」
すぐ近くで同じように、ハヤテマルを振るい文房具の雨を斬り続ける海斗が居る。
頬や腕に廉造と同じような傷が無数に刻まれていて、その姿はとても痛ましい。
「これは弾幕シューティングみたいな戦闘なんだ!! この文房具を避け続けて、たまに来る攻撃の隙間を縫ってあの本体に近づきトドメを刺す! そういうギミックバトル! 兄貴! オフェンスとディフェンスに分けるよ! 僕が一番先頭に立って回避しながら近づく! 兄貴と健栄さんは前衛と後衛を切り替えながら郁さんを連れてゆっくり前進! 攻撃を捌けなくなるくらい怪我で動きが鈍ったらポジションを変えて回復! 足し引きだと僕らの体力の方が分が悪いけど、ここで耐え続けるよりはまだマシだ!」
廉造が言葉を言い切ると同時に、ピタリと文房具の雨が止む。
「行くよ!!」
「それだとお前が! ちょっと待──」
「待ってる暇は無い!!」
海斗の静止の言葉も聞かず、廉造は走る。
今のパーティー構成で、郁の護衛を考慮しない場合一番ダメージが無く前に進めるのは、【スルーステップ】が使える廉造だけだ。
海斗は攻撃速度こそ速いが、突破力が無い。
健栄に至っては足を止めて盾を構えるのが基本戦術。
このまま無策で攻撃を耐え続けていれば、いずれダメージが限界を迎えるのは目に見えている。
受けた傷と郁が回復できる時間が割に合わない。
ならば多少のリスクを負って前進するしか、選択肢は残されていなかった。
「【コンセントレーション・ダンス】!!」
文房具の雨が止んでいる間に移動できたのはおよそ5メートル弱。
再び降り出したコンパスやシャープペンシル、彫刻刀などが視界に入った瞬間に、廉造は『ダンサー』ジョブのスキルを発動した。
単純な動作のみで構成された、全身を使う踊り。
踊っている最中もその身体に文房具は当たり続け、鮮血が舞う。
(このダメージは想定内! だから耐えろ!)
痛みに歯を食いしばりながら、廉造は踊り続ける。
このスキルは集中力を上げて自身の感知能力を向上させる効果を持つ。
踊っている間はわずかに防御力が上がるという副次効果もあるが、基本的には敵に対して無防備となる。
この場面に於いてなぜこのスキルを使用したかと言えば、それはスキルコンボのため。
1分弱踊り続けねばならない制約こそあるが、効果が発動してしまえば感知能力がレベル以上に高まり、その状態で使用する【スルーステップ】の効果は凄まじい物となる。
(スキルコンボは体力の消耗がえげつない! 狙うは短期決戦! 迷っている場合じゃないんだ!)
踊りを終えた廉造は一度大きく息を吸い込み、そして軽快なステップを刻み始めた。
「【スルーステップ】!」
天井からまるでガトリング砲の弾のように降り注ぐ文房具の雨の中を、絵廉造は軽やかに駆け抜ける。
「うおっ、すげぇ……」
「なんと……」
「綺麗……」
飛び跳ね、身体を逸らし、滑り込み、回転する。
まるで氷上を滑るフィギュアスケートのような、どこか美しさすら感じるその動きに、海斗や健栄、郁は一瞬見惚れてしまった。
少しずつ、廉造の身体が部屋の中央に立つ黒い──おそらくヨル子であろう少女に近づいていく。
(こういうギミックの戦闘は、おそらくボス本体のHPはそんなに高くないはず! このダンジョンのモンスターの強さから考えても、間違っちゃいないと信じたい!)
スキルにより高まった集中力が、廉造の思考の回転を早める。
文房具の雨が止み、その隙を狙って少しでも少女に向かって走る。
一瞬だけ後ろを振り返り、海斗らの様子を確認する。
今は健栄が矢面に立ち、海斗が郁によって治療されている。
健在であるならばそれで良し。
今は少しでも多く、前に進むことを考えねば。
再び少女へと向き直った廉造に、また文房具の雨が降り注ぐ。
「【スルーステップ】!」
ダンススキルは踊り続けることで効果を維持できる。
移動のために中断したことで失った効力を、ふたたびスキル名を呼称することで発動させた。
(ぐぅっ、きっつい! 踊り続けるより、断続的にスキルを使う方が体力の消耗が激しいのか!)
今までこのような場面に直面した事が無く、初めて知る事実に歯噛みをする。
元アイドルとして、踊っている最中も笑顔を作り続ける事が廉造の誇りだった。
振付師もアイドルメンバーも、マネージャーもコーチもいないこの場でそんな事を気にしているなんておかしな話だと自覚はしつつも、身に染みついた生き方が廉造に笑顔を作らせる。
(僕は、なんだって本気でやってきたんだ!)
親に強制されて始めた子役業。
最初は大人に囲まれて怖かった思い出しかない。
最初は無名もいいところで、なんの話題にもならなかった。
小さな仕事を幼いなりに必死にこなし、少しづつ評価され始め、そして有名な監督に見出されて注目されたドラマに出演した事で一躍時の人となれた。
同い年の子供たちと遊べなくなった事を悲しんだ事もあった。
心無い大人たちから厳しい言葉を投げつけられることもあった。
根も葉もない噂を流され、しかし反論すればイメージが損なわれると止められ、悔しい思いをした事だって何回もある。
しかし廉造は、いつだって本気で芸能の仕事に取り組んでいた。
(僕は! 誰かに認められる事が! 褒められることが! 大好きだ!)
だからあの日──この東京が異変に見舞われたあの運命の日。
廉造は、自分がしでかした事が、許せない。
(僕はもう! 自分ができる事から目を逸らして! 逃げたくない!)
その決意は、どこか呪いにも似ていた。
一種の強迫観念。
その痛々しい覚悟が、傷つく事も厭わず、本来は臆病な性質の廉造の身体を、この場に於いてもっとも危険な場所へと誘っている。
繰り返す。
何度も何度も繰り返す。
文房具の雨が止むまで避け続け、止めば息もつかせず前進し、そしてまた降り出した文房具の雨を避ける。
まるで牛歩。
廉造の身体が少女に近づけば近づくほどに、文房具の雨は濃く激しくなっていく。
スキルによって向上した集中力と回避力をもってしても、わずかにその肌に文房具が掠り始めてきた。
(もう少し──もう少し!!)
しかし廉造は止まらない。
絶え間ない有酸素運動。
その顔にぎこちない笑顔を貼り付けながら、しかし廉造の足が止まることは決してない。
もう後ろを振り返って皆の安否を気遣う余裕もない。
ただひたすらに踊り続け、進み続け、それ以外に何も考えられなくなるまで、頭の中が白で塗りつぶされるほどの集中で──。
「──届いたぁ!!!」
眼前に、廉造を見上げる少女の顔が突如現れた。
それが唐突に感じるほどに夢中で踊り、進み続けていたのだろう。
「これでぇえええ!」
逆手に持ったエコーを振り上げ、少女の顔目掛けて振り下ろす。
ビクッと、少女の身体が揺れた。
(この子、怯えている──?)
綺麗に揃えられた前髪から覗く少女の瞳が、恐怖で揺れている。
目尻に溜まった涙が、頬を伝いゆっくりと落ちていく。
(違う、違う違う違う! この子じゃ──)
スキルによって高まった集中力が、廉造にとっての1秒を限りなく引き伸ばしている。思考を早めている。
しかし振り下ろした腕を止めることができない。
腕力と速度と、重力と──それらを加味した腕の勢いを止めるには、あまりにも距離と時間が足りない。
’(止ま──)
エコーの鋒が、少女の額に食い込みかけたその瞬間──。
「【シールドバッシュ】!!」
廉造の身体が強い衝撃によって揺さぶられ、そして弾き飛ばされた。
「廉造ごめん! だけどこの子は〝ヨル子〟じゃない!!」
痛みに顔を歪ませた廉造の視界に、その身体を血で真っ赤に染めた大河の姿が映った。




