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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
東中野ブロック
162/233

ヨル子はお前だ!②

更新遅れてごめんなさい! 

だいぶ追いつけなくなってきました!!

かぁー!!


「お、おい廉造……」


「しっ!」


 短いブレスだけで海斗を黙らせる。

 冷や汗を垂らしながら、廉造はじりじりと海斗の側へと静かに移動する。


「こ、この写真どもが一気に俺らに襲いかかってくるとか言わねぇよな……? さっきと状況が変わらないんだが……」


「分かってる! 何故か動きが無いのが唯一の救いだ。これでこっちのリアクション待ちであるなら、大河たちの到着を──」


『待ってた』


「っ!?」


 突如、幼い少女の声が校長室の広い空間に響く。

 不自然なまでに反響するその声は、小さくか細いが確かに四人の耳に届いた。


『早く、見つけて』


『早くしないと、学校が閉じちゃう』


『帰れなくなっちゃうよ?』


『あの子たちと同じように……』


 同じ声が、四方から重なるように連続して聞こえてくる。


「兄貴……」


「ああ、来るぞ……」


 海斗と廉造は並んで剣を構える。

 海斗は鞘に収めたままのハヤテマルを腰だめに、廉造は右手に持つエコーを逆手に。


 緊迫し張り詰めた空気が、シンと音を掻き消した。


 高いレベルによって研ぎ澄まされた二人の感知能力が、その予兆を確かに感じ取る。


 そしてそれは、あまりにも唐突に訪れた。


「っ郁さん! 回復は一旦中止! 【防護(プロテクション)】を──っ!!」


 ほんの数瞬、時間にして1秒にも満たない刹那。

 

 廉造はエコーを振り抜きながら大声を上げた。


 剣先に鈍い音を立てて当たったのは──分度器。


「ちぃっ!!」


 海斗もまたハヤテマルの高速の抜刀術により、弾丸のような速さで放たれたコンパスを弾き返した。


 コンパスは甲高い音を立てて跳ね飛ばされ、その鋭利な針を壁に突き立て、そしてゆっくりと地面に落ちる。


「来るぞぉおおおおおおっ!!」


 海斗の雄叫びと共に、天井の暗闇から間断(かんだん)なく様々な文房具が四人目掛けて射出される。


「──プ、【防護(プロテクション)】!!」


 郁が慌てて『看護師』のジョブが持つ魔法を展開した。


 その防御フィールドは郁を中心にして、中途半端に傷が癒えた健栄ごと広がる。

 その防御魔法は、【魔力】の値を元にしてその範囲と強度が決まる。

 高レベルであり【魔力】の数値がズバ抜けて高い悠理のソレとは、規模と硬度があまりにも心許ない。


「健栄さんごめん! これを全て捌くのは僕ら二人じゃ無理だ! 健栄さんにも前に出て貰わないと!」


「分かっとる! 今いく!」

 

 健栄は痛む身体をぎこちなく動かして、盾を構え直し【防護(プロテクション)】の防御フィールドの外へ出た。


「朗報だ! この文房具、さっきまでのモンスターの攻撃より弱い! 当たっても一撃で死ぬって事はまず無い!」


 海斗がニヤリと笑いながら、しかしその目は何も笑っていない。

 確かに飛来する文房具の威力は、先ほどまで対峙していたモンスターの群れと比べてかなり低い。


 しかし問題はその量。

 校長室の外で戦っていた夥しい数のモンスターの数よりも、降り注ぐ文房具の量の方が何倍も多かった。


 だから朗報とは言いつつも、事態は何も好転していない。


 これは海斗なりのユーモア──皮肉である。


「それに脆い! 多少力を込めて斬ればすぐ壊れる!」


 海斗のノリに合わせて、廉造も皮肉たっぷりに笑って見せた。


「速くて痛そうな奴は兄貴が! 僕は大きくて痛そうな奴を落とす! 健栄さんはとにかく痛そうな奴から郁さんを守って!」


「ワシには痛そうなのばかりに見えるんだが!?」


「特に痛そうな奴を自分で見極めてよ!!」


「んなもんだいたい痛ぇよ!!」


「分かってんなら文句言わないで手を動かせバカ兄貴!!」


 郁の張る防御フィールドは、その障壁に攻撃が当たる度に範囲が狭まり薄くなっていく。


 小さいダメージであれば無視できるが、それが大量ともなればあっという間に消え失せてしまうだろう。


 だから男性三名は防御フィールドを取り囲むようにポジショニングし、飛来する文房具を必死に斬り落とし、盾で死に物狂いで阻む。


「──っ! 廉造!」


 この物量攻撃は、どうやら永遠じゃないらしい。


 降り注ぐ文房具の量が徐々に減ってきている事でそう察した海斗が、廉造にアイコンタクトを取った。


「分かってる! 今考えてる!!」


 それは廉造も気づいていたようで、瞳をキョロキョロと動かしながらなんとか突破口と攻略方法を見出せないかと周囲を探った。


「廉造くん! あれ!!」


 郁が指差したのは、校長室の奥──距離にして10メートルは先にぽつんと立っていた、青白いぼんやりとした光を纏う女の子だった。


 前髪を揃え、後ろは背中まである長い髪。

 淡い青色のカーディガンに、黒くて短いプリーツスカート。


 小学生低学年であろうその女の子が生気の無い瞳を廉造たちに向けて、床から少しだけ浮いていた。


「あれが──っ!!」


「ヨル子か!?」


 少女はその名前を聞いて少しだけ、悲しそうに笑った。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「三階到着です!」


「悠理! 大丈夫か!?」


「ふぅっ、はあぁっ! まっ、まだ大丈夫!」


「おいおいおい! なんでこんなにモンスターが出てくるんだよ!!」


 かなりのハイペースで二階を踏破した大河たちは、三階に上がるや否や大量のモンスターの群れに迎えられた。


 前衛向けの身体能力(スタータス)を持つ大河・千春・祐仁はまだ余力があるが、後衛である悠理の息が上がりかけている。


 そんな状態で戦闘を続けるのは不可能と判断し、大河は悠理の手を取って無理やり背中に乗せた。


「たっ、大河!?」


 急に背負われた悠理が驚きの声を上げるも、恥ずかしがっている場合でも無ければ説明している場合でもない。


「千春、祐仁さん! できるだけ敵から距離を取るようにして俺に続け!」


「わ、わかりました!!」


「で、できるのか!?」


「俺が道を開ける! 悠理、口を閉じてろ!」


「うん!」


「行くぞ! ちゃんと着いてこいよ!! 【シールドチャージ】!!」


 左腕に装備していた盾を眼前に構えて、大河はスキルを発動する。


 大河の現在のジョブである『剣闘士(グラディエーター)』のスキル、【シールドチャージ】は盾を構えた方向に一直線に高速移動する技だ。


 このスキルの利点、そして扱い辛い点として、〝盾を構え続ける限り移動し続ける〟という特性を持つ。


 細かい方向調整や他の行動が一切取れなくなり、また移動した距離と時間に比例してスキル使用後の硬直時間も伸びるが、敵を若干弾き飛ばすオーラを纏って移動するため、こういった乱戦状態からの離脱能力に優れていた。


 ただし、スキル使用中は普段の二倍──速度を増せば三倍程度の体力を消耗する。


「うぉおおおおおおおおおおっ!」


 大河の雄叫びと共に、眼前のモンスターの群れを吹き飛ばしながら大河の身体はすっ飛んでいく。


「す、凄いですリーダー!!」


「驚いている場合じゃないぞ千春! このままじゃ置いていかれる!!」


「はっ! そうでした! 行きますよ祐仁くん!」


 千春と祐仁が慌てて大河の後を追った。


 大河のレベルに比べて遥かに弱いこのダンジョンのモンスターであれば、同格ならちょっと弾き返すだけに留まる【シールドチャージ】の突撃も、十分吹き飛ばせるほどの威力となる。


 惜しむらくはこの突進にまったくダメージが伴わず、このスキルだけではモンスターの息の根を止められない。


「くぅっ!!」


 悠理は大河の背中で歯を食いしばる。

 前方よりぶつかってくる空気圧で口と鼻を塞がれ、息ができない。


 大河の首筋に顔を埋め、鼻を押し当てた。


 もちろん大河も加速中は息が出来ていない。


 たっぷり10秒ほど移動した結果、移動距離はおよそ200M。

 それでとりあえずはヨシとして、構えた盾を下ろした。


「──っぷはぁっ!!」


「んんっ!」


 大きく息を吸い込んだ大河と、急停止にかかるGに耐える悠理の声が重なる。


「ぷあっ」


 可愛らしい声で口を開け、悠理は不足していた空気を肺に取り込んだ。


「ま、待ってくださーい!」


「な、なんつー移動距離と速度だ! 物理法則はどこに行ったんだどこに!」


 息を切らしつつ後を追ってくる千春と祐仁の背後には、体勢を整えたモンスターたちが追ってきている。


「ふぅっ、ぜぇっ」


 千春たちが到着する前に、浪費した体力を少しでも回復させなければならない。


 怪我や出血なら悠理の魔法で治せるが、体力ばかりは自然に──もしくはブーストアイテムを使用しなければ回復できない。


「大河、大丈夫?」


 大河の背中から降りた悠理が、心配そうに顔を覗き込んできた。


「あ、ああ、まだ大丈夫だ。でもこれで距離は稼げた。廉造たちはこのフロアにある校長室に先に入っているはずだ。あれから返事は無いけど、廉造なら間違いなく、戦闘を避けて校長室に逃げ込んでいるはず……このモンスターの無限湧きが、ボス部屋に入るまで止まらないってアイツも仮定してたらだけどな」


 大河は廉造のゲームへの理解度の深さと、そして頭の良さに一定の信頼を置いている。


 そんな廉造ならば、このモンスターの異常な出現にもなんらかの理由を見つけ、そして大河と同じような結論を見出せているはずだ。


 大河の場合はこの世界を創り上げたとも言うべき、亡き親友の好んだゲームなどから連想したに過ぎない。


(タイムリミットが作動してから、ダンジョン──フィールドが組み替えられて敵が無限湧きしてくる……そんなの、あの有名な探索型2Dアクションしか考えられない。ボスを倒した後か、倒す前かの違いはあるけどな)


 過去に共に遊んだレトロに属するゲーム画面を思い起こしながら、大河は急いで息を整える。


(……あとひとつ。なにかを見落としてる気がするんだ。多分それがこのダンジョンを攻略する糸口。ただ単純に探し物を見つけてで終わるようなイベントじゃない。それにしては攻撃性が高すぎる。ならば最後の最後にギミックが、罠が貼られている可能性が高い)


「お、追いつきました……ひぃ、ひぃ」


「や、休んでる場合じゃないってのはわかるんだけど、頼む。10秒だけ待ってくれぇ……ぜぇ、ぜぇ」


 ようやく追いついた千春と祐仁が、一旦足を止めた。


「祐仁さん、日記帳をもう一度見せてくれ」


「お、おお? わ、分かった」


 額から流れた汗が頬を伝い顎から地面に落ちる。

 祐仁はそれを右手で拭いながら、左手でスマホを操作してアイテムバックから『マコの日記帳』を指定し取り出した。


「まだ追い付かれるまでに余裕がある。千春は前、祐仁さんは後ろを確認しながら少しでも前に進もう。俺はもうちょっとだけこの日記帳を探ってみる。悠理、二人の怪我を今のうちに」


「うん」


 大河の指示に千春と祐仁は頷くだけで了承した。

 言葉を発するのも億劫だったのだ。


「行こう」


 撒いたモンスターたちが大河らに追いつくまでに、まだ少しの余裕がある。


 大河は急いで『マコの日記帳』を開き、ヨル子がマコの前に現れてからをざっと読み直す。


(違和感は二つ。マコがヨル子から聞いた話と、姉が知っている話が違う点。それとヨル子がマコと会話をした時と、しない時がある点。ヨル子が自分でマコに伝えた時は、ペン立てはいじめっ子に隠されたと説明しているのに、姉が知っている話ではいじめっ子はヨル子の方で、隠したのは普段ヨル子からいじめられていて、ヨル子を嫌っている方だ。この違いはなんだ? なんでその部分をあえて描写した? これが普通の小学生の日記なら……まぁ、変だとは思うが疑問にまでは行かない。でもこれはイベントで、この日記帳はストーリーを詳細に説明する唯一のテキストだ。意味があるはず……)


 大河の思考が徐々に日記帳にのみ集中していく。


 元々大河は同時に二つのことを考える──いわゆるダブルタスクに向いていない。


 物事に集中すればするほど没入し、周りが見えなくなるタイプだ。

 

 東京が異変に見舞われてからは目の前の物以外にも意識を割くよう心がけているが、時々こうやって一点だけしか見えなくなる。


「──大河、大河!」


「──おっ、おう」


 悠理に肩を揺さぶられ、顔を上げる。


「そろそろ追い付かれるよ」


「う、うん。よし、休憩終わりだ。ここからはノンストップで行くぞ」


 一度背後を振り向き、モンスターの姿が近いことを確認した大河は、日記帳を腰のポーチ──マジックストラップを付けたアイテムバックへとしまって千春と祐仁を見た。


「も、もうですか……」


「5分も休めてないんだが……」


 げんなりとした顔で肩を落とす二人の背中をポンと叩いて慰め、歩を速める。


「追い付かれたら今以上に疲れる戦闘をしなければならないんだ。それよりもさっさと廉造たちと合流した方が楽できるだろ?」


「向こうは今大変で、私たちを待っているかも知れないしね?」


 千春の背中を摩りながら、悠理は優しい笑みを浮かべた。


「ほら、せめて早歩きだ。もう少しで走るから準備しろ」


 大河は千春のシャツの裾を掴んで、少しでも前に進ませようと引っ張る。


「うぅ……せめてもう一人くらい人が居たら……リーダーがもう一人居ればなぁ……」


「馬鹿っぽいこと言ってないで、走ろう……俺も頑張るから」


「祐仁くんが珍しく偉いこと言っているのに……千春は自分が情けないです……」


「お前、俺を一体なんだと……」


 もはや口喧嘩をする元気もないのか、二人は黙って歩くことだけに集中しだした。


「確かに、大河がもう一人居たら楽だね」


「お前まで何を言ってんだよ悠理。俺が二人だなんて──二人?」


 悠理の冗談に突っ込もうとした大河が、ピタリと立ち止まる。


「大河?」


「リーダー?」


「どうしました?」


 三人からの声かけに応えず、大河は慌ててスマホを操作して再び『マコの日記帳』を取り出し、乱暴にページを開いく。


「た、大河。止まってたらモンスターが」


「──二人だ」


「へ?」


 ぼそりと呟いた小さな声が、確信の熱となって大河の脳裏の霧を晴らした。


「ヨル子は、二人いる」

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