ヨル子はお前だ!①
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最初に校長室に辿り着いたのは、廉造たちのパーティーだった。
場所は三階の中程。
最初に見た時と全く同じ他の部屋よりも少し豪華な扉が、三年生の教室と五年生の教室の間に挟まれている。
「どうするよ! 中に入るのか!?」
「待って! 大河に相談しないと!」
「早くしてくれ! この部屋を見つけてから明らかにモンスターの数が多く、そして強くなっている! やはりこの部屋が重要な部屋なのは間違いなさそうだな!」
その部屋の前で夥しいモンスターの群れを捌きながら、一行は郁を中心とした円形に陣を組んでいる。
「郁さん! 悠理からの返事は!?」
もはやモンスターのヘイトを自分に固定し続けることも難しくなり、廉造はエコーを逆手に構えて飛来する飛頭蛮パイアを斬り落としながら郁へと声を荒げた。
廉造には攻撃に使用できるスキルが無い。
その手に持つ『集音小剣エコー』、そして『ダンサー』のジョブが内包するスキルやアビリティは、味方へのバフや敵へのデバフに関するモノだけだ。
高いレベルと身体能力による物理攻撃のゴリ押しでなんとか戦線を維持できている。
「今既読が付いたわ! もう少し待って!」
郁は隊列の中心でスマホの画面から目を離さずに返事を待っていた。
「そろそろ限界だぞ! 俺一人ならまだしも、さすがにこの量を抑え切るのは無理だ! いつかは郁さんにまで攻撃が行っちまう!」
ハヤテマルを縦横無尽に繰り出し次々とモンスターを斬り捨てながらも、海斗の表情は険しい。
このダンジョンに出現するモンスターの強さは、海斗のレベルと身体能力に比較すれば容易に対処できる程度だ。
だから攻撃の目標が海斗自身であるなら、耐久力の観点で言っても何時間でも耐えられる。
しかし問題はその量である。
四方から迫り来るモンスターの中から郁への被害を止めるためには、一方向からの攻撃を重点的に食い止める必要がある。
その分残りの三方からの侵攻への意識が薄れ、それをリカバリーするためにより通常よりも手数を増やさなければならなかった。
「このままじゃジリ貧だ! ボス戦前に郁さんの体力が無くなっちゃったら元も子もない!」
郁はこのパーティーにおける貴重な回復要員。
この校長室の先になにが待っているか分からない以上、ここで郁の体力を消耗させるわけにも行かない。
大河たちと合流すれば、郁よりレベルも回復魔法の効果も高い悠理が居る。
だがその合流がいつになるか、本当に合流できるのか分からない以上、ここで無駄に時間を浪費する訳のも悪手だ。
「返事が来たわ!」
「なんて!?」
「可能ならば合流するまで頑張って欲しいけど、無理なら校長室に入ってもいいって! だけど何があるか分からないから、ぎりぎりまで粘ってくれって書いてある!」
「簡単に言う!!」
明らかに苛立った口調で廉造は叫んだ。
頭の中では大河の言い分に納得しつつも、厳しい選択を迫られている現状への怒りでつい悪態をついた。
だから廉造は必死に考え続ける。
(このままここで戦い続けたら、僕と兄貴はともかく健栄さんと郁さんの体力が保たない! 動けない仲間を守る戦いなんて僕らは慣れていないから、そうなったらいくら兄貴でも万が一がある! どうする!? 校長室に入れば、とりあえずこのアホみたいな量の敵とは戦わなくて良い気がする……兄貴の火力と僕のバフ能力があればこのレベル帯のダンジョンのボスなら倒せると思うけど……でも探し物イベントがどうボス戦に作用するかわからない以上、単純にボスを倒すだけとは考えにくいんだよなぁ!!)
今までのゲーマーとしての思考と、現実との折り合いに悩む。
数えきれないほどのゲーム(一人用を好む)をプレイして来た廉造は、ゲームにおけるお約束への理解が深い。
例えばこういった連続戦闘。
絶え間ない敵の波が押し寄せ、それが一向に止む気配がないとすれば、考えられるのは〝イベントを一段階進ませる〟こと。
タイムリミット付きのイベントに物量攻撃は基本の〝き〟。
RPGだけに留まらず、ベルトスクロールや往年の名作探索ゲームにすら存在していたタイプのイベントである。
残り時刻を示す表示が現れると同時に、今までの道程では考えられない量の敵がプレイヤーめがけて押し寄せてくる。
いくら倒してもキリがなく、まともに相手をしていたらゲームオーバー──つまり、こういった大量の敵に囲まれる形になる戦闘は、〝まともに相手をせずひたすら無視して先を急ぐ〟が大体にして正解なのだ。
そう考えると納得ができる。
弱いとは言えここまでの量の敵とマトモに戦闘をするなんて正気の沙汰とは思えないし、なによりこのダンジョンのレベルデザインや難易度と合致しない。
(となると、さっさとボス部屋に入ってしまうのが本来正しいんだ! 変な謎解きさえ無ければ!)
ネックなのはやはりヨル子さん関連のフラグである。
ボスを倒して終わりの単純なダンジョンであるなら、こうまで迷っていない。
(あー! やっぱり大河たちと別れて行動したのは間違いだったかなー! でもあの時はアレが正しい選択だと僕も納得しちゃったしなー! ええい! もう考えている時間がない! ここまで待ったんだから、大河だって止めないだろ!)
悠理からのメッセージを読み上げてから、そろそろ10分ほどの時間が経つ。
周りを見渡せば、海斗はまだ余力が残っていそうだが健栄が不味い。
盾を構えて防御している左腕以外は、ほぼ自分の血で真っ赤に染まっている。
健栄の自己申告により、それが浅い傷による血飛沫によるモノであって見た目よりも深刻では無いと理解しているが、さすがに全身を真っ赤にした中年男性を見て心穏やかにできるほど廉造は人の心を捨てていなかった。
(──っもうこうなったら!!)
「兄貴! みんな! 校長室に入るよ!」
エコーを振り回し、ぬりかべグラフィティが放った礫を華麗に避けながら、廉造は叫んだ。
「僕が最初に入って中の安全を確保する! 健栄さんと郁さんはその後、同時に郁さんは健栄さんの回復を初めて欲しい! 殿は兄貴だ! イケるよね!?」
「任せろ! 何も気にしないで良いってんなら、こいつらなんか俺一人で──」
「そうなるとボスの相手を誰がするんだよ! 兄貴が頼りなんだからな!」
「──悪い! 考えてなかった!」
廉造のお叱りの言葉に素直に反省した海斗は、一度ハヤテマルを腰の鞘に納めた。
「10秒くれ! 溜めを作る!」
海斗と健栄はその言葉に無言で頷き、陣形を限界まで縮めることで無防備な海斗と郁をフォローした。
「兄貴のスキルが発動したと同時に部屋に飛び込む! 兄貴! 合図よろしく!」
一人欠けたことで対処すべき敵が増えたが、廉造は手の動きをより早めることで対応していた。
腰だめに鞘に収めたハヤテマルを構え、海斗は目を閉じて頷く。
それは鞘に収めた状態を一定時間維持することにより発動条件を満たす、ハヤテマルの強力なスキルの一つ。
刀に添えた右手の熱が、徐々に昂っていく。
抑え込まれた鞘の中で、確かな力が膨れ上がっていくのを感じる。
「──3──2──1──今だ! 【カウンターストライク】!!!」
神速の抜刀術が、荒れ狂う鋭利な旋風を纏い、海斗の前方へと放射状に放たれていく。
扇型の攻撃範囲を持つ【カウンターストライク】は最大5分、最低10秒の納刀による溜め動作を必要とし、しかも敵が攻撃動作を持ってスキルを使用する巡礼者の近辺──直線距離にして2メートル以内に存在しないと空振りに終わるという使用条件を持つ。
この混戦の最中であるなら条件を満たすのも容易だが、他の状況や敵対する相手によっては致命的になりかねない。
その厳しい縛りにふさわしく、その威力は絶大。
「──今だ! 行け!」
海斗の放った【カウンターストライク】により、およそ5から10メートル範囲の全ての敵が一瞬にして葬られた。
しかし効果の及ばなかった射程外には、今だ夥しい数の妖怪モンスターが蠢いている。
もたもたしている余裕はない。
「まずは僕が!」
すぐに踵を返した廉造が、校長室の扉を乱暴に蹴破って室内に飛び込むと、逆手に持ったエコーを眼前に構えて警戒する。
「郁さん! 健栄さん!」
突然新たな敵に襲い掛かられる事は無いと判断した廉造が、すぐに二人を呼び込む。
「おう!」
「はい!」
このダンジョンにおける戦闘指揮や判断を見て、廉造への信頼が確かな物となっている。
だから健栄と郁は何を心配するわけでもなく、廉造の言葉に従って校長室へと入っていった。
そしてすぐに扉の横へと移動し、壁を背にもたれかかる。
傷だらけの健栄に寄り添い、郁は【看護】をその身体に使用した。
「兄貴!」
「心配すんな!」
海斗の繰り出した【カウンターストライク】のスキル使用後の硬直は5秒。
刀を振り抜いた状態で動けない海斗が、それでも大丈夫だと言うのなら、それは確かに大丈夫なのだろう。
その言葉を信用できるほど、廉造と海斗の信頼は厚い。
「──あっぶね!!」
やっと動けるようになった海斗の鼻先を、飛頭蛮パイアが牙を剥いてかすめた。
「早く!」
「分かってる──って!!」
海斗の身体が勢いよく室内へとダイブしたのを確認し、廉造は勢いよく校長室の扉を閉める。
「兄貴、まだ警戒!」
バンバンとモンスターどもが叩き続ける扉を背中で力強く押さえながら、廉造は声を荒げた。
「応!!」
海斗はその声にすぐに反応し、ハヤテマルを両手で構えて腰を落とした。
校長室の中は、やはりと言うべきかボス部屋に相応しい異常さだった。
その広さは今までの部屋の四倍近く。
天井の高さは室内が薄暗いせいで目視が難しいほど高く、だが四方を囲む壁には数百を超える男性の写真が飾られている。
その写真の中に写るすべての人物の目が、侵入者である廉造たちを捉えていた。




