迫り来る②
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「大河、気づいてる?」
悠理が大河のシャツの裾を引っ張る。
「ああ、俺らをずっと追いかけてる奴がいる」
大河は静かに頷く。
あれから30分ほどで、避けられる戦闘を避けなるべく速く移動しながら、ようやく二階へと続く階段を見つけた。
大河が階段の中ほどで足を止めると、残りの三人も同じように止まり皆で振り返る。
「千春にもわかります」
「これが抜剣状態の感知能力って奴か……誰かが着いてきてると見られてるってのが確信を持って言える。姿は見えないのに……」
千春と祐仁が、暗い廊下の先へと目を凝らす。
しかしそこには薄闇が奥へと続いているだけで、誰かの姿は見当たらない。
「どうする?」
「……気にはなるけど、今は廉造たちとの合流を急ごう。戦力と人員に余裕があれば取れる手段も増える。それにあの日記帳の血文字も気になるからな。〝早くしないと、学校が閉じる〟ってのは、おそらくタイムリミットを指してると思うんだ」
悠理の問いに応えながらも、大河の視線は廊下の奥を離さない。
自分の言葉とは裏腹に、追跡者の存在が引っかかっている。
だが幾ら気にしても分からないものに時間を割いている余裕はない。
そう判断した大河が再び階段を登り始めると、後の三人の足も動き出した。
「祐仁さん、日記帳を見て気づいた事はある?」
階段を登り二階へと辿り着いた大河が、前方を警戒しながら振り向かずに祐仁へと問いかけた。
「マコって子がヨル子さんと会ってからの記述は全部精読したが、確定的な情報は何も。だけどある程度隠し場所を絞ることはできた」
「祐仁くん凄いです! さすが文系!」
「千春、今は茶化すな。聞かせてくれ」
放っておくとまた漫才じみた喧嘩を始めそうだったので、千春に軽く注意を入れる。
大河に注意された千春はしゅんと肩を落とし、悠理が苦笑しながら頭を撫でて慰めた。
「マコの姉が言った言葉で、ヨル子に仕返ししたいじめられっ子たちが隠したのは〝ヨル子が絶対に行かない場所〟だ。そして日記の中でマコが探しても見つからなかった場所が省ける。図書室と図工室、保健室と視聴覚室。あと体育館と職員室。高学年の教室ってのも考えたけど、これはマコとヨル子の学年が分からないか絞り込むのが難しい。それに行こうと思えば行けるんだよな。他の学年の教室って」
「そう考えると、生徒が普通は立ち入れなくて……マコがまだ探してないところか」
廊下を慎重に、しかし足早に歩きながら大河は考え込んだ。
「倉庫とかですかね?」
千春は頭を捻って考え始めた。
隣を歩く祐仁の比べて、その挙動は速い。
誰よりも歩幅が小さい千春は、大河たちの急ぎ足に着いて行こうとするとどうしても小走りになってしまう。
本来なら千春の歩みに合わせて速度を抑えるべきなのだろうが、今はそんな余裕が無かった。
「倉庫か……でもゲーム的に考えて、そういうイベントで倉庫なんていう面白みの無いところにキーアイテムを配置するか?」
「ていうか、今まで見てきた部屋に倉庫っていうプレート書かれてなかったよ?」
祐仁、悠理の言葉も全て含めて、大河の考察はより深いところへと向かう。
(これも綾の考えたアイディアを元にしたダンジョンだとしたらその元ネタは十中八九俺らの通ってた小学校に間違いない。よくよく見ると階段の作りとか防火扉の形とか、教室と机の並びのレイアウトがあの学校のまんまだ)
この東京が死んだ親友の綾の妄想により構築されていると知っている大河は、他の人間が知り得ないメタ的な視点を持つ事ができる。
ある程度情報が得られた段階で、綾の性格や好んでいたゲームの種類からのイベント内容の先読みができるかも知れない。
(俺らが小さい頃の学校で──生徒が普段から立ち入れない場所……)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『タイちゃん! 今日の大掃除、校長先生のお部屋だったの!? いいなー! 僕は入った事が無いんだよね校長室! ねぇねぇ、どんなだった!? なにがあった!? ふかふかのソファーとか、昔の校長先生たちのお写真がたくさん飾られてるって本当!? 六年生の人が言ってたけど、校長先生のお部屋からいろんなとこに繋がってる隠し通路に行けるらしいよ! 変な扉とかあったかな!? それとも隠してあるのかな!?』
『落ち着けよ。入ったって言っても、先生に言われて小さい机を中から出しただけだぞ? それに広かったけど、置いてあったのはちょっと高そうなテーブルとソファと、あと書類とファイルがいっぱい並べられた本棚だけだったし──あ、でも部屋の上の方に写真がいっぱい飾られてたな。あれ、昔の校長先生たちなのかな?』
『わぁっ! じゃあ〝夜になると歴代校長が写真から飛び出してきて校舎の見回りをしてる〟って話! 本当かも知れないね!』
『本当なわけないじゃん。なにそれ初めて聞いたんだけど』
『他にもね! 〝夕方に外から音楽準備室の窓を覗くと、自分と同じ姿をした人が自分を指差して笑っている〟とか、〝お休みの日に学校に来ると、無限に続く廊下に迷い込んで出れなくなる〟とか……あっ、あと〝放課後にグラウンドの雲梯で一人で遊んでいると黒い服の女の子に話しかけられて、探し物をお願いされる〟んだって!』
『最後のだけ普通の事に聞こえるんだけど……お前七不思議とか怪談とか好きだよなぁ』
『最後まで聞いてよ! その女の子の探し物を見つけられなかったら、どこかに連れていかれるんだよ!? 怖くない!?』
『ありきたり、どっかで聞いたような話。20点』
『もー! タイちゃん捻くれすぎ!! ちなみに何点満点?』
『2000億点満点』
『タイちゃん……その数字、馬鹿っぽいよ?』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「──校長室、か?」
不意に脳裏に蘇った、おそらく小学校高学年に上がったばかりの頃の綾との会話。
いつでもどこでも好奇心が旺盛だった親友と、少しだけ斜に構えてた時代の大河が、学期末の大掃除の終わりにした会話の中に、ヒントが含まれていた。
「確かに! 校長室なんて滅多に入れないもんな!」
「あぁっ! そういえば千春も校長室なんて入った事ありません! 友達でも入った事ある人、あんまり居なかった気がします!」
「うおっ!」
大河の呟きを耳にした祐仁と千春が、興奮気味に詰め寄ってきた。
驚いた大河は思わず背中を反らし、身体を引いた。
「校長室かぁ……一番奥の部屋だったよね。情報収集をしないでまっすぐ行けば最後に行き当たる部屋に、探し物のアイテムを置いたりするかなぁ。分かりやすすぎない?」
確かにと、悠理の言葉に大河はまた考え込む。
「あのまま何も考えずに校長室に入ると、そこからタイムリミットが作動するギミックとかだったかも知れない。校長室を出ると今みたいに部屋が全部入れ替わってて、ちゃんと図書室で日記帳のイベントフラグを建てて、また校長室に探しに戻る──いや、無理があるか? 祐仁さん、どう思う?」
「──あれ?」
「そもそも探し物があるとか、その探し物がペン立てだっていう情報も、日記帳を見ないと分からないからな。その可能性も充分ありえるとは思う。もしくはまだ俺らが知らないギミックが存在しているかだ」
「り、リーダー……」
「知らないギミックか……これ以上ややこしくなったら、さすがにお手上げだ」
「リーダー! 祐仁くん!」
「どうしたんだよ千春、あんまり大声出すとモンスターが寄って──」
「後ろを見てください! 今通って来た道がありません!」
千春の叫びに、皆が一斉に振り返る。
大河たちの立つ場所からおよそ3メートル地点に廊下を遮る、大きなコンクリートの壁。
その壁が、ゆっくりだが見てわかるほどの速度で徐々にこちらへと迫って来ている。
「が、〝学校が閉じる〟って、もしかして」
「閉まっちゃうとか、出れないとかじゃなくて。物理的にパタンと閉じちゃう事を指してたんだね……あ、あはは」
わざとらしく笑って見せた悠理だが、その顔色からは焦りが滲み出ていた。
「──っ悠理、廉造たちにこの事を報告! 早く合流してペン立てを見つけないとみんな死んじまう!」
「う、うん!」
「こ、これ反対側の奥の壁も近づいて来てるんですかね!? そうなると上に行ける階段が無くなっちゃってることになるんですが!!」
「い、いや良くみろ! 階段が脇の方に移動してる! 上下方向への移動は阻害されないようになっているんだ! 最終的には階段だけ残るんじゃないかこれ!」
祐仁が指す方向に、階下へと続く階段が確かにある。
今までは突き当たり正面に位置していたはずなのに、他の教室などと同じ並びへと移動していた。
「向こうにも校長室を探せって伝えてくれ! 今は少ないヒントから手当たり次第に総当たりするしかない! 俺らも探すぞ! 見逃さないようにしろ!」
「わかった!」
「了解だ!」
「あー! モンスター来ちゃいました!」
「速攻で潰す! もうこいつらをマトモに相手している場合じゃない!」
こうしている間にも、壁は徐々に迫り来る。
大河はどこかで見ている誰かの気配が、ニヤニヤと笑っているように思えて仕方がない。