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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
東中野ブロック
154/224

東中野第二小ダンジョン攻略戦①


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「【ヘイトステップ】! ほらこっちだぞ!」


 薄暗く寒々しい無機質な廊下に、謎のタップ音が響く。


 廉造の『ダンサー』のジョブスキルの一つ、モンスターの意識を自分に集める少しイラッとするステップが発動し、ランドセルを背負った児童風のっぺらぼう──のっぺらキッズたちがそのつるつるとした顔を真っ赤にして一斉に廉造に向かって走り出した。


「すごい……あんなイラッとするふざけた踊りなのに、ちゃんとかっこよく見える……」


「ほら千春、ぼおっとしてないで攻撃する」


「あっ! はい!」


 大河に軽く頭を叩かれた千春が、慌てて『咎人の剣』を構えてのっぺらキッズたちへと突撃していった。


 ここは東中野第二小の校舎内。

 大河の目論見通りダンジョン化し、空間が捻れ拡大したその内部はとても広い。


 天井にいくつも並ぶ蛍光灯は全て割れ落ちていて、まだ正午だというのに窓の外は謎の暗さ。


 出てくるモンスターはいわゆる妖怪をモチーフにした奇怪なれどどこかバカっぽいデザインの物が多い。


 つまりこのダンジョンのコンセプトは『学校の怪談』なのではないか、と大河は推測している。


「彼、本当に三宮憐だったのね。ほとんど毎日テレビに出てたくらい有名なのに、意外と気づかないもんねぇ芸能人って」


「アイドルやってた時は表情とキャラを作り過ぎてたって話だからな。テレビや写真で見た事のあるアイツの顔はキラッキラだけど、普段のアイツは卑屈だしネガティブだし暗いし無愛想で皮肉屋で小生意気だしで、少なくとも好感度が上がるような感じじゃねぇな」


 郁の呟きに答えたのは、人の生首にコウモリの翼が生えたモンスター──飛頭蛮パイアの群れをバッサバッサと切り落として行く海斗だった。


「兄貴! なんか僕の悪口言ってるだろ!」


「言ってねぇよ。褒めてるんだって。凄いな廉造は!」


「嘘の匂いがする! あとで問い詰めるからな!


 奇妙なステップを刻みながら汗だくで踊り続けているのに、どこか余裕を感じる廉造。


 そんな廉造を見て、海斗は愉快そうに口元を歪めた。


「あの踊り、ワシがやったら相当酷いことになるんだろうな」


「健栄さん! こっちが必死に戦ってるのに笑わせないでくれ!」


「いや知らんよ。お前が勝手に笑っとるだけだろ。ほら! 来るぞ!」


「くっ!」


 ここに来る前にジョブオーブの合成がてら中野駅前で購入した大きな盾を駆使して、敵から放たれた(つぶて)から祐仁を庇う健栄。

 防ぎきれなかった細かい礫でその頬に薄い傷が走り、血が滲んでいく。


「健栄さん!」


「大した事ない! 気にするな!」


 健栄と祐仁のコンビは、前衛的なスプレーアートが施された壁のモンスター──ぬりかべグラフィティと戦っている。


 東中野第二小ダンジョンに突入して、そろそろ二時間。

 最初の一時間こそメインパーティーである大河・海斗・廉造が前に出て戦闘をしていたが、思ったよりモンスターの手応えを感じなかった。


 なので現在は、サブパーティーである千春たちの戦闘訓練として、補助に徹している。


 廉造が歌唱スキルにより千春たちにバフをかけ、さらにダンススキルによりヘイトを稼ぐ。


 隙だらけとなったモンスターに対して常にアドバンテージを取りながら、千春たちは余裕を持って殲滅する。


 育成方法としては至極真っ当で、そして正統派な訓練となっている。


 もちろん、千春や祐仁が気づかなかったり、撃ち漏らした敵は大河が手早く処理している。

 手数の速度に優れている海斗は、回復役(ヒーラー)である郁の護衛だ。


「なんだか思ってたより楽勝なのかも」


 そう独り言を漏らす悠理は、今回は郁がメインで回復を担っているので、基本やる事が無い。


 なので陣形の中心でモンスターの分析を担当したり、索敵の補助に回っていたりする。

 

 大河に比べれば悠理の感知系のステータスはそう高く無いが、千春や祐仁に比べればまだまだ悠理の方が索敵に優れているのだ。


「悠理さん、あの傷は……」


 郁が指差すのは、健栄の左肩を真っ赤に染めている切り傷だ。


「うん、出血が多く見えるだけでそんなに深くなさそうなので、【看護(ナーシング)】を使うまでもないですよ。【手当(トリート)】二回くらいで充分だと思います」


「そっか……見た目が派手に出血してたら、どうしてもね」


「初級の回復魔法は手軽さと体力消費がかなり少ないのがウリなんで、わかんなかったら一回試してみるって感じが一番慣れる近道かな? その逆で、【看護(ナーシング)】は深い傷も治せるけどその分時間もかかるし体力もごっそり持っていかれるので、郁さんがヒーラーズライトを手に入れるまでは【手当(トリート)】をメインに使って行くのが良いと思います」


「うん、ありがとう」


 悠理の言葉に、郁は朗らかな笑みを浮かべた。


 パーマがかった茶髪がよく似合う、おっとり系の美人。

 三十代にも関わらず、二十代と言われても何もおかしくはない。


「こうして実際に使ってみると、悠理さんの回復魔法との違いがはっきりわかるわ」


「私はレベルも魔力も高いし、ヒーラーズライトのアビリティもあるから」


 そう言って悠理は、その手に持つ祈祷剣杖ヒーラーズライトを郁に見せた。


 初級以外の回復魔法の効果は、巡礼者(プレイヤー)の魔力値の高さに比例する。


 今現在の悠理のレベルは25。

 その魔力値はレベル27になった大河とですら、三倍もの差もがある。


 一般的なRPGと違い、『東京ケイオス・マイソロジー』にはMPという概念が無い。

 スキル・魔法ともに巡礼者(プレイヤー)の体力を用いて発動し、その体力が尽きると昏倒し戦えなくなる。

 

 なら魔力とは何かと言えば、シンプルに魔法の効果を高める──いわゆる魔法版筋力の役割を持っていた。


 その数値が極めて高い悠理の回復魔法は、同じ【看護(ナーシング)】でも郁のソレと違い強力で、しかも回復速度が段違いだった。


 それに加えてヒーラーズライトのアビリティの効果も加味され、悠理本人に自覚は無いがこと回復というジャンルにおいて、今の東京では間違いなくトッププレイヤーである。


「たりゃああっ!!」


 雄々しい──とはとても言い難い、可愛らしい雄叫びが廊下に響いた。


「立ち止まるな! 絶対に次が来ると思って動き続けろ!」


「は、はい!」


 大河の檄に大声で返事をし、一体ののっぺらキッズを縦に両断した勢いのまま千春は廊下をごろごろと転んだ。


「周囲の確認ができない動きをするな! それだと止まってから状況を確認するまでに時間がかかるだろ!」


「すいません!」


「ほら、後ろから来るぞ! 戦闘が終わるまで絶対に剣を下げるな!」


「くっ! はい!」


「相手が死んだと思っても警戒を緩めるな! 自己治癒能力を持つモンスターだって居る!」


「了解です!」


 千春はダンジョンに潜ってからずっと、大河による付きっきりの指導を受けていた。


 中学一年生という幼さを気にしてか、それとも千春の醸し出す妹感に大河が感化されたのか。


 正解はどちらもである。


「こっちは俺が片付ける! お前はそっちの三体にだけ集中しろ!」


「わかりました!」

 

 千春の背後に陣取り、大河は迫る来るのっぺらキッズ五体を充分に引きつけてからハードブレイカーの一閃でまとめて両断する。


 これは大河のこの半年に及ぶ戦闘経験により磨かれた戦術。


 フィールドにおいていつ遭遇するか、どれだけ出てくるかわからないモンスターの襲撃に備え、いかに体力を消費せず無駄を省いて敵を葬るかを熟考した上で編み出された技能である。


 複数の敵を自分に集中させ、ぎりぎりまで引きつけてから少ない手数で殲滅する。


 もちろん、それが通用するかしないかを見極める目も必要とされ、例えば海斗などが真似をしようにも恐らく上手くいかないだろう。


 ゲームシステムを用いない技能なので、これが出来れば体力の消耗を最小限に抑えられる。


 床に大量の血と共に散らばったのっぺらキッズたちが動かない事を確認し、大河は振り返って千春を見る。


 ダンジョンに入る前に上げた千春のレベルは10。

 それでものっぺらキッズ三体に対して優位に立って戦闘ができているので、このダンジョンの難易度はやはりそこまで高くないのだろう。


「はっ! やっ! とおぉおおっ!」


 幼さの残る声で気勢をあげて立ち向かう千春。


 大河はその姿に、今は池袋にいるであろう圭太郎や剛志──そして椎奈を連想する。


(結局アイツらに対して、なにもケジメをつけれてない俺が……千春に対して偉そうに命令してて良いんだろうか……)


 同じように大河に憧れ、そして慕ってくれた圭太郎と剛志。

 そして今となってはもう、決定的にまで関係が拗れてしまった椎奈。


 大河はあの池袋の都市解放イベントの、その本当の結末──彼らに対する真の意味での贖罪を終えていない。


 圭太郎と剛志はおそらく理解してくれていた。

 だけど椎奈は、そしてパークレジデンス池袋に残して来た多くの子供たちは、大河を許す事なんてない。


 なぜなら子供たちにとって母親代わりであり、姉代わりであったあの女性を殺したのは──自分なのだから。


「これで! お終いです!」


 千春の全力を込めた『咎人の剣』の大振りが、最後ののっぺらキッズの首を勢い良く()ねる。


 血飛沫のアーチと綺麗な放物線を描きながら飛んでいくのっぺらキッズの生首が廊下の壁にぶつかって落ちた。


「ふっ、ふっ、ふっ、ふぅうううううっ」


 乱れた息を細かな深呼吸で整えて、千春は大河の教えに従って警戒を緩めず剣を再び構えた。


「──うん、戦闘終了だ。よくやった」


 その小さな頭をぽんぽんと叩き、そして撫でる。


「ふぅ、え、えへへ……リーダーに褒められました」


 振り返りにっかりと笑う千春のその顔はどこか犬っぽくて、おもわず頬が緩みそうになってしまう。


「色々ダメ出し食らってたけどな。ほら、怪我の確認をして郁さんとこにダッシュ。まだダンジョン攻略は終わってないんだから」


 笑みを我慢しているのを悟られまいと手短に話を済ませ、背中をポンと押した。


「はい! 郁さーーーーん! ちょっと脇腹に貰っちゃいましたーー!!」


 ててて、と。

 短い歩幅で駆けて行くその姿も犬っぽい。

 頭の後ろに結われている髪は、もしかしたら尻尾なのかも知れない。


 大河は脳裏に浮かんだそんな馬鹿っぽい感想を頭を振って消し、その背中の後を追った。


「ぜぇ! ぜぇ! ねぇ! 僕の負担だけ違わない!? なんで誰も労ってくれないの!? 僕、ずっと踊りっぱなし歌いっぱなしなんだけど!?」


 今にも倒れそうなほど疲労している廉造がそう叫んで、ようやくここで休憩を取ることになった。

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