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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
南中野ブロック
150/233

千春


 殺戮から一晩明けて早朝。


 半袖のTシャツに膝丈のジャージ姿の大河は一人、病院の屋上から中野の街を眺めている。


 朝日が照らす街並みはその眩しさから創られる影と、夜の間に冷えた水分が朝に熱されてできた霧に覆われている。


「……」


 本当になんの意味も無く、朝焼けに向かってぼんやりとしていただけだ。


(今日はまずクランのメンバーに簡単な自己紹介をして……んで引っ越しをするかしないかの話し合いと……近くの狩り場も教えてもらわないとな……んで、畑瀬たちからどういう情報を得られたのかをまとめて……)


 少し早く目覚めてしまったので、散歩がてらに女性部屋以外の病院施設をぐるりと回ってこの屋上にたどり着いた。


 落下防止用の高いフェンスに、防水加工された緑のラバータイルの床。

 リネンなどを干す為だろうか、長い物干し竿が二本ほど並んでいる。


 大河が座っているのは屋上のドアを開けてすぐ横に設置されていたベンチだ。


 熱帯気候となっている今の中野では、朝露が非常に多い。


 その為、何も考えずにベンチに座った大河の尻は今はべっしょりと濡れていた。


 最初こそ驚いて飛び上がった大河だったが、一度濡れてしまえばもう気にしないとなかばヤケクソ気味に座り続けている。


(畑瀬とあの下っ端、どのタイミングで殺そうかな。かなり恨まれているみたいだから、ある程度痛めつけたら回復させてをしばらく繰り返すか……ファーストステージに突破に必要な残りの14ポイントは案外簡単に稼げそうだし……戦闘訓練がてらどっかのクランにちょっかいかけるのも良いかも知れない)


 昨日ある程度思い描いた、クラン・ロワイヤルの攻略手順を頭の中で詰めていく。


 大河の目論見が正しければ、セカンドステージまでならかなりの高確率で順調に勝ち進めると踏んでいる。


 問題はサードステージ。

 クランから代表者五名を選出してのトーナメントバトル。

 今のクラン『東京ケイオス』で勝ちが見込めるのは、大河本人と海斗の二人だけだ。


(廉造は避けれるし動けるけどスキルは前衛向きじゃないし、悠理なんて攻撃手段が少なすぎる。香奈さんの実力はまだわかんないけど、自信は無さそうだった……となると)


 少なくとも後一人。

 三勝を先取することで勝利となる5対5のトーナメントバトルで、大河と海斗の2勝が確実と考えても、あと一人必ず勝てるようなメンツが必要となる。


 その一人さえ見出せれば、残りの二人がわざと負けたとしてもなんの問題も無い。


(海斗さんと、愛蘭さんにも協力してもらって……多分イケると思うんだよなー)


 明けの空をぼんやり眺めながら考え込み始めた大河は、徐々に周囲への警戒心を薄れさせていく。


 その時──。


「おはようございますリーダー!!!」


「うわぁあああっ!!」


 突如耳を襲う高音の大声に、大河は一瞬飛び上がり思わず叫んでしまうほど驚いた。


「なっ! なに! えっ!?」


 キーンと耳鳴りが響く右耳を押さえながら、大河は声の主へと顔を向けた。


「早起きなんですね! 千春(ちはる)も少し早く目が覚めたので、朝の体操をしに来ました!!」


「お、おはよう?」


 そこに居たのは随分小柄な、色素の薄い髪をシュシュでポニーテールに纏めた可愛らしい女の子だった。


 見た目は小学校の低学年──いや高学年か。

 どちらとも取れる幼い容姿からは年齢が判別できない。


 黄色いオーバーサイズのTシャツに黒いスパッツだけというラフな格好で、首にタオルをかけている。


「あ! 香奈さんから聞きました! お引っ越しするんですってね! 楽しみだなー!!」


 少女はやけにオーバーな動きでくるりと回った。

 綺麗に一回転をした身体をぴたりと止まると、視線を大河にぶつけてくる。


 立っているのに座っている大河と同じ位置に顔が来るほど、少女の背丈は小さい。

 朝日を浴びてキラキラと光る大きな目が、大河の顔をまっすぐに見つめている。


「お、おう……今日みんなで相談するからまだ決まってはいないけどな。え、えっと、ごめん。名前なんだっけ?」


「あ、申し遅れました! 千春です! 百々瀬(ももせ)千春(ちはる)! 中学一年生です!」


 少女──千春は快活な声でハキハキと自己紹介をすると、勢いよくぺこりと頭を下げる。

 下げた勢いと同じ速度で頭を上げると、大河に向かって満面の笑みを向けた。


「昨日のリーダー凄かったです! あっという間に悪漢どもをばっさりばっさり! あ! もちろん海斗さんも凄かったんですけど、千春的にはリーダーの方がヒーローって感じで! とても好きです!」


「ヒーロー……?」


「はい! リーダーはとってもヒーローでした!」


 顔を紅潮させ、鼻息も荒く、千春は見た目にも分かりやすく興奮していた。


「いや俺はそんなんじゃ──」


 どこをどの角度で客観視しても昨日の大河は人殺しの悪党であり、とてもじゃないがヒーローと呼ばれる善行は何一つ行なっていない。


「瞳さんとか、(かおる)さんとか! このクランのたくさんの女の人がリーダーに感謝しています! だってリーダーが居なかったら、千春たちはあの悪漢どもにとても惨いことをされてたと思いますから! 昨日なんて、みんなすっごいキラキラした目でリーダーたちを見てましたよ!?」


 幼い容姿、幼い顔。

 まだ子供であるべき少女が、全てを理解して人殺しを肯定してくる。


(……どこか危うい子だな)


 千春の言動を見た大河の背筋に、少しだけ冷たい悪寒が走った。


「中野の街にずっと居たら分かります! 確かに人殺しはいけないこと〝でした〟! だけどそんな綺麗事、甘っちょろい事を言ってたらあっという間に誰かのおもちゃにされて殺されちゃうって、バカな千春でも理解できます! 今までの千春たちにはそんな理不尽に立ち向かえる強さも、人を殺す勇気もありませんでした! だから千春はリーダーにすごく憧れちゃいます! 千春も早く、理不尽を自分の手で跳ね除けられるような! 守りたい人たちをちゃんと守れるヒーローになりたいんです!」


 その顔は夢を語る少女のソレで、しかしその思想にどうしようも無い歪みが見える。


 直感的にこれはこのまま放置してはいけないと感じた大河が、千春の小さな両肩に手を置いた。


「あ、あのさ。千春。俺は──」


「大河、ここに居る?」


「あ! 悠理さん! リーダーはここにいますよ!」


 自分が人を殺すようになるまでにどれだけの事があったのか──それを伝えようとした矢先に、キャミソール姿の悠理が屋上へと顔を出した。


「あ、良かった。香奈さんから起きてたら院長室に来てほしいってメッセ来てるよ。大河、ベッドのそばにスマホ置きっぱなしで長い事戻ってこないんだもん」


「すいません悠理さん! 千春がリーダーを引き留めてお喋りしちゃってました!」


 来客用の病院スリッパをパタパタと鳴らしながら、千春は悠理の元へと駆け寄っていく。


「あ、ううん。千春ちゃんが悪いなんて思ってないから安心して。起きてから二時間くらい戻ってこない大河が悪いもの」


「二時間! そんなにここに居たんですかリーダー! 朝露でふやけちゃいますよ!?」


「あ、いや。一時間くらいは病院内と建物の周りを散歩してたからずっとここに居たわけじゃ……」


「そうなんですね! ここらへん、あんまり面白いものないからつまんなかったんじゃないですか!? あ! 悠理さん! 朝ご飯の支度する時間ですね! 千春、めちゃくちゃ手伝っちゃいますよ!」


「本当、良かった。じゃあお顔と手を洗ったら、他の人を連れて調理室に来てくれるかな?」


「はい! みんなを呼んできます! じゃあリーダー! また後で!」


 元気いっぱいに大手を振って、千春は階下へと続く扉へと小走りで駆けていく。


 完全にタイミングを外してしまい、千春に言いたい事を言えなかった大河は、それを呆気に取られて見送るしかない。


「大河、どうしたの?」


「──あー、いや……なんでもない……」


 悠理にどう説明した良いのかわからず、大河は完全に姿を現した太陽を目を細めて見る。


 今日もまた、中野に朝がやってきた。

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