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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
南中野ブロック

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我らの名は


「た、たたた、助けてくれ! 殺さないでくれ!」


「すいませんごめんなさい! 許してください!」


 大河は足元で惨めに命乞いをする松木と畑瀬を無言で見つめる。

 少し離れた場所には、まだ息のある下っ端メンバーが気絶しているのを確認した。


「終わったぜ」


「疲れたー」


 病院の玄関からハヤテマルを担いだ海斗と、汗だくでふらふらな廉造が歩いてきた。


「お疲れ二人とも。凄かったよ」


 松木らから目を離し、大河は二人に笑って見せた。


「いやー、お前には負けるぜ。俺と動きが全然違うもんな」


「廉造の歌のおかげだよ。いや、本当に助かった」


「まぁね! もっと褒めてくれたっていいんだよ!?」


 そのまま戦いの興奮冷めやらぬ三人が、感想戦を続ける。


 あの場面だともしかしたら反撃を喰らっていたかもしれない。

 あそこでああしていれば連携が上手くいっていたと思う。

 もう少しこうしていたら、もっと効率良く戦闘を終わらせられた。


 それは廃都・東京を半年も旅をし続け、生き続けられた者たちの中に自然と芽生えた意識から来るモノ。


 常に死の恐怖に晒され続けた経験が、三人に共通認識を育んでいた。


「常盤くん!」


「大河!」


 しばらくあーでもないこーでもないと会話に華を咲かせていると、アンダードッグのメンバーを引き連れた愛蘭と香奈、そして悠理が病院から出てきた。


「大河、みんな! 怪我してない!? 大丈夫!?」


「ああ、俺も海斗さんも廉造も平気だ。大丈夫だよ」

 

 大河は駆け寄ってきた悠理の身体を受け止めようと手を広げ、しかし自分の身体が返り血まみれだと気づいて一歩後ずさる。


 悠理はその大河のその所作に今すぐ抱きつきたい気持ちをグッと堪え、なんとか踏みとどまった。


「こ、これは……凄いわね……」


 周囲に雑に転がっている夥しい死体を見回し、愛蘭はもう笑うしかなかった。


「愛蘭さん、この二人と、あそこで寝ている奴の事をお願いして良いかな。どこかに閉じ込めて尋問してほしいんだ」


「尋問?」


「うん。『新中野ファラオ』が今の中野でどの位置にいるクランだったのか。アジトの詳しい間取りとか、残っているメンバーの数とか。それと他のクランに関する情報もできるだけ沢山。松木からは大した情報が得られないと思うから、煮るなり焼くなり好きにしていいよ。みんなで相談してくれ。あ、畑瀬って奴とあそこで伸びている奴は別々の場所に閉じ込めて話を聞いた方が良いかも。命惜しさに嘘吐かれたら面倒だもんな」


 大河がテキパキと指示を出すと、アンダードッグのメンバーたちがあたふたと動き出した。

 今の戦闘での大河の戦闘力を見て、多少なりとも頼れる存在だという事が理解できたのだろう。


「海斗さん、アプリのクランの項目から全員分のバトルリザルトが見れる様に設定してるからこいつらから略奪できたアイテムで要らない奴は『倉庫』って名前の方のアイテムバッグに移しておいて欲しいんだ」


 そう言いながら血に濡れた手を上着で拭おうとしていると、いつの間にかヒーラーズライトを顕現させていた悠理が【水流】の魔法で手洗い用の水を出してくれた。

 大河は悠理に軽く礼を言って、その水で手にこびり付いた血を流す。

 初級の魔法故に威力が全く無いこの魔法は、こういう場面で活用できる。


「了解……って、うわ。めんどくせぇなこの量は」


「悠理や他の人に頼んでも良いんだけど。ある程度戦闘慣れしている人じゃないとどれが使えるかとかちょっと判別できない物もあるからさ」


「おっけ。廉造、お前も手伝え」


「えー、僕もうくたくたなんですけど……」


 げんなりと肩を落とした廉造と共に、海斗は病院内へと歩いていく。


「何人か、死体に触れそうな人とかいるかな?」


「え?」


 中々落ちない血に苦戦しながら香奈にそう告げると、とても怪訝な顔で聞き返してきた。


「こいつらをこのまま放置してたら変な病気になりそうだから、どこかに積んで後で一気に燃やそうと思ってさ。近くのガソリンスタンドから軽油とか取ってくれば楽そうだ。それと、マーカーを探して回収しないと」


 この中野でクランに属している者は、無条件でクラン・ロワイヤルへの参加権が与えられている。

 それは身体のどこかに真っ赤な丸に数字が刻まれているマーカーとして現れ、他者がそれに触れる事でポイントを獲得できるのだ。


「貴方は……本気で勝ち残るつもりなの? クラン・ロワイヤルを……」


「この中野にはこいつらより人数が多くて、しかも普通に強いクランがまだ沢山あるのよ?」


 香奈、続いて愛蘭が大河に向かって問いかける。


「気に食わないんだよね。今の中野の状況とこいつらみたいな悪党がさ。まぁ俺も人殺しの悪党だけど。悠理、上の人たちがちょっと興奮してたみたいだから、落ち着かせる為にも一緒に食糧の備蓄の確認をしてくれないか? 俺らの分と全部一緒にしていいからさ。何が足りないとか後で教えてくれ」


「うん、任せて」


 大河の言葉に軽く頷いて、悠理は病院へと小走りで駆け出す。


 大河はその後姿をしばらく眺めて、それから一人で『新中野ファラオ』のメンバーたちの遺体を車道を挟んで向かいの広いスペース──おそらくバス会社の車庫へと次々と放り投げていく。


「と、とりあえず私と、あと何人かが死体運びとマーカーの回収を担当するわ」


 しばらくして数人の男性を引き連れた香奈が、無数に転がる死体を見て青ざめながらやってきた。


「大体運び終えているから、後はマーカーを見つけて触れるだけだ。さっき試しにやってみたんだけど、マーカーの中心の数字に触れないと意味無いっぽいよ。赤いままなのが未回収で、黒く変色してる奴がまだ触ってないマーカーね」


「う、うう……死体に触れるの、やっぱ少し怖いわね」


「すぐ慣れるよ」


 大河が生まれて初めて人の死体に触れたのは、あの新宿駅。

 異変の初日の事だ。


 新宿駅の地下広場にて、虫に食い荒らされた人たちをあの場に居た生存者たちと手分けして一箇所に集めた時。

 

 やはり最初はおっかなびっくり、恐る恐ると言った感じで扱っていたが、死体の量が尋常ではなかったので一時間もすれば平気に触れるようになっていた。


 香奈たちの気持ちも分からないでも無い。

 かつての東京を普通に生きていれば、死んで間もない人間の遺体などに触れる機会などそうそう無い。

 医療関係などに従事して居なければ、だが。


「もうじき日も暮れる。さっさと終わらせよう」


 大河が皆に指示した仕事が全て終えたのは、中野に夜の帷が降りきった頃だった。


 アンダードッグがこの日に獲得したポイントは、リーダーの畑瀬の10ポイントを合わせて36ポイント。


 クラン・ロワイヤルのファーストステージを突破するには、残り14ポイントが必要となる。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「うん。やっぱり名前、変えようか」


 場所は院長室。

 夕飯を食い終えて皆思い思いの時間を過ごしていると、一人掛けの黒皮のソファでスマホをいじりながらしばらく口を開かなかった大河が、唐突にそんな事を口走った。


「なんだ急に」


 ソファに横になってあくびを噛み殺していた海斗が、むくりと起き上がる。


「何の名前?」


 香奈、愛蘭と軽く世間話をしていた悠理が、首だけを向けて大河に問いかけた。


「このクランの名前、いろいろ考えてたんだけどさ。やっぱりアンダードッグ──負け犬だなんて名前は縁起と感じが悪い。卑屈すぎるのも嫌だ。だからさっさと変更しよう。みんな、何か良い案出してくれ」


 大河がずっと見ていたのは、『ぼうけんのしょ』のクランの項目画面だ。


 そこにはクランの名称、クランリーダー、貯留しているオーブの総額などが表示されている。

 画面下部にはいくつかの選択項目が更に書かれていて、そこから在籍メンバーの画面や、各種設定変更画面へと移動できる。


 もっと細かく言えばメンバー一人一人の身体能力値(ステータス)や装備品、現在就いているジョブやスキル・アビリティなどの情報も見れたりする。


 リーダーとしてクランのさまざまな設定やルールを変更できる立場を得た大河は、夕食を終えてからずっとこの項目画面と睨めっこをしていた。


「名前って言われてもなぁ」


「海斗兄貴とか得意そうじゃない? 夜露死苦(ヨロシク)とか愛羅武勇アイラブユーとか、そういうの」


 ボリボリと頭を掻く海斗に向けて、ソファの背もたれの向こうから廉造がニヤニヤと笑って茶化した。


「お前、俺を何時の時代のヤンキーだと思って──あ、いやでも、確かに中坊の頃とかは何とか連合だの、何とか(かい)だの、そういうのに入ってたツレは居たな……俺は群れすぎるのが嫌いだったから誘われても断ってたけど」


「そういうの、まだ生存してたんだね。昔のヤンキー漫画の話だけかと思ってた」


「俺は北関東の生まれだけど、まだ生きてるぞ。中途半端に栄えてる地方都市とかならそういう文化が根強く残っていたりするんだ。中学のOB連中だったり、地元の先輩とかから引き継いで辛うじて生き残っている暴走族とか走り屋チームとかがな。確か東京でも八王子とか練馬あたり、あと北区とか足立区には生息してるみたいだぞ?」


「ああ、あそこらへんは確かに治安悪いイメージあるもんね……」


「俺の勤めてた会社にも居たんだよ。元どこどこの特攻隊長だったとか、今でも中坊のケツ持っていたりするやんちゃなおっさんがよ。昔の話しだすと長ーんだこれが。嘘か本当かわかんねぇ自慢話を、聞いてもいないのにペチャクチャと」


「武勇伝語りたがる人多いよねぇ……芸能界でも昔ワルだったって人と何名か挨拶した事あるけど、一度話し出すと止まらない人が結構居たなぁ……」


「本人たちはその頃が相当楽しかったんだろうな。周りからしてみれば良い迷惑だがよ」


「ストップストップ。話が逸れすぎ」


 脱線したまま止まらなかった海斗と廉造の話を無理やり止めて、大河はソファから立ち上がり悠理の隣へと座り直した。


「何か無いの? 良い名前」


「うーん……中野富士見町の名前入れる?」


 悠理の提案に大河はやんわりと首を横に振った。


「いや、ここらへんはモンスターの出現率が低すぎて食材の確保が難しいから、拠点を変えようと思うんだ。だから駅の名前を入れるのもな」


「え、ここから引っ越すの?」


「愛蘭さんや香奈さん達が良ければ、だけどな。ここに思い入れがあるってんなら、なんとか考えてみるけど──」


 大河は悠理の肩越しに愛蘭や香奈の顔を見る。

 二人はお互いを見合わせてしばらく悩んだのち、ゆっくりと口を開いた。


「ここに嫌な思い出がある人も多いから、ウチは引っ越しに賛成かな」


「私も基本的には賛成だけど、引っ越し先次第って感じ。子供たちはようやくここの生活に慣れ始めているから」


 二人の言葉に軽く頷いた大河は、ソファに深く背中を預ける。


「引っ越しの件はまた明日、クランのみんなが居る時に相談しよう。他にも夜の見張りとか、戦闘の訓練とかやる事いっぱいあるからさ。今までの悪い記憶を払拭するためにも、クランの名前を変えるのは良い事だと思うんだ。精神論だからなんの根拠も無いけど」


「良いと思うぞ。こういうのは心構えに来たりするんだよ。ビッとカッコいい名前にすりゃあ、メンバーのやる気だって変わるだろきっと」


「兄貴のそういうとこ、やっぱりヤンキー上がりなんだなって思う」


 放っておけばまた漫才じみたやりとりを初めてしまう海斗と廉造を一旦無視して、大河は考え込んだ。


(クランの名前……か。俺はこういうの苦手なんだよな。センスが無いっていうか、知識とか語彙が無いからな……)


 大河は自分の浅い経験からいくつかのクランネーム候補を頭の中に並べる。


(中野キング……だっせぇな。俺らの目的地である吉祥寺から取って……るいや、他のメンバーとは何の繋がりもないから意味不明か……俺とか悠理の名前を先頭につけたり……うわきっも。やめようやめよう。バカップルみたいじゃん)


 大河と、そして悠理に自覚は無いが、側から見た二人は間違いなくバカップルである。


 大河は一度顔を上げ、海斗や廉造、悠理や愛蘭や香奈を眺める。

 

 あーでもない、こーでもないとクランネームの候補を挙げているが、皆どれもしっくりと来ていないようであった。


(うーん……難しいな。(りょう)だったらこういう場合、パッとカッコつけた名前をいくつでも出してくるんだが……例えば……)


「東京ケイオス……とか」


 今の廃都、東京の元となっている架空のゲーム、その名も『東京ケイオス・マイソロジー』。

 その名をぼそりと呟いた大河へと視線が集まる。


「ケイオスってどういう意味だ?」

 

 海斗が首を捻りながら大河へと聞き返す。


「カオス──混沌って単語の別の読み方だよ。えっと、確かカオスの方が古代ギリシャ語だかなんだかの読み方で、それを英語読みするとケイオスになるんだった筈。前に立った舞台でそういう設定があったんだ」


「へぇ、良いんじゃないか? ほどほどに厨二病っぽいな。こういうのは勢いだからな」


 大河に代わって説明を始めた教えたがりの廉造の言葉に、海斗が頷いた。


「最後にスとかズって付くと一気に野球チーム感出てくるよね。良いんじゃ無い? 今の東京と中野を表す言葉として、カオスってぴったりだと思う」


「少なくともアンダードッグよりかはマシに聞こえる気がするわ」


 香奈も、そして愛蘭にもなぜか好評だ。


「あ、いや、今のは」


「今までこのめちゃくちゃな東京を旅してきた大河が言うんだから、カオスって単語にも説得力があるよね」


 言い淀む大河を尻目に、悠理までもがその名前に乗り気である。


「じゃあ決まりだな。今日からこのクランは『東京ケイオス』だ。変にカッコつけているようでカッコがついてない、絶妙にダサい感じが良い」


 そして海斗が決を取り、結論が出てしまった。


「え、えー……?」


 その名前をなぜか自分が思いついたかのように誤解され、大河は気恥ずかしいやらなにやらで言葉が出てこない。

 

 心中で死んだ親友へと『何やってくれてんだお前』という理不尽な文句と、『すまん、お前の手柄を奪ってしまった』という謝罪がごっちゃになっている。


「……まぁ、みんなが良いんなら良いんだけどさ」


 もうこれ以上何も考えたくなくなってしまった大河が了承し、ここにクラン、『東京ケイオス』が爆誕したのだった。

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