信賞必罰③
タイトルを若干削ったり変更したりしました!!
いまだにタイトルを悩み続けています。
ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いしますυ´• ﻌ •`υ
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殺戮。
その光景は凄惨なものだった。
大河が、そして海斗がその手の刃物を振り回せば、その度に人間の手が、足が、首が吹き飛んでいく。
レベルによって上乗せされた身体能力が、二人の男を超人に変えていた。
只人では本来辿り着けない速度で相手へと肉薄し、瞬きする間に命の火が一つ、二つ、三つと消えていく。
悠理はそんな地獄の光景を、病院跡地の五階の窓から見下ろしてる。
その周囲にはたくさんの女性が同じ様に、しかしどこか熱に浮かされたかのように呆けて、食い入る様に見つめていた。
瞳やあと何人かの女性は、堪えきれない笑みを手で覆いながら。子供たちにその光景を見せない様にと配慮しながらも、なぜか目が離せなくなってしまった女性もいる。
血飛沫が上がり、臓物がまろび出て、腕がもげ、足が千切れ、苦悶の表情を浮かべたままの生首が宙を舞う。
それは普通なら嫌悪感をもってしかるべき場面。
しかし、今この場に居る殆どの女性が、目を逸らすことをせず見つめ続けている。
恨みがあった。
怒りがあった。
悔しさと、諦めがあった。
甚振られるしかなかった辛い日々が、胸につっかえて重くのし掛かっていた諦観が、まるで燃え盛る炎に炙られた雪が溶けるように消えていく。
奴ら『新中野ファラオ』は、この半年の間に何度もこの病院跡地に訪れては自分達を威嚇し、恫喝し、脅迫していた。
リーダーである布良がそれを表面上は諌め、なんとか揉め事や酷い事が起きずに済んだとばかり思っていた。
しかし実際には愛蘭や瞳や他数名の女性たちがその身を犠牲にして、仮初の平穏を保っていたに過ぎない。
知ってしまった今となっては、惨めに死んでいく『新中野ファラオ』の姿を見ても、何も同情はできない。
むしろ今殺されているのは、人間では無く害獣やモンスターかのようにまで錯覚している。
「良い気味よ」
誰かが胸から溢れ出る負の感情を抑えきれず、そう呟いた。
皆の耳にその言葉が届き、そして深い同感となって浸透していく。
「──がんばれ!」
「──っ! 頑張って!」
「ありがとう!」
「やれぇええええっ!」
堰を切ったかの如く、女性たちの口から大河や海斗への激励と感謝の言葉が飛び出てくる。
悠理はそんな彼女らを、複雑な表情で見た。
(この人たちは、あの人たちの死を喜べるほどに──辛い目に遭ってきたんだ)
それはなんて悲しいことなんだろうか。
誰かが誰かを目の前で殺しているのに、そこに悲しみや憤りなんて感情が一切無い。
そうなるまで追い詰められた女性たちが可哀想に思えるのか、それともまた別の感情なのか。
再び視線を階下の殺戮へと移す。
海斗が気迫の籠った雄叫びと共に人の群れに飛び込み、数人の男性を一瞬で切り刻んだ。
そして大河が、あの場の誰よりも速くそして力強くハードブレイカーを振るい、人の命を奪っていく。
「大河、嗤ってる……」
その顔に貼り付けられた鋭い笑みに、果たして大河本人は気づいているのだろうか。
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「こ、こいつ! 歌いながら踊っているだけなのに!」
一階の階段前。
エコーを握り歌い続けている廉造を取り囲む二人の男が焦っていた。
ふざけた歌を歌いながら、しかしヤケに見栄えがよくカッコよくもあるシャープなダンスを踊り続けている廉造に、男たちの『咎人の剣』が擦りもしない。
(ひぃいいいい、大河ぁああ! 兄貴ぃいいいっ! 早くこっちにも気づいてくれぇええ!)
廉造の胸中は冷え冷えとした恐怖で満たされている。
今使用しているスキルは【スルーステップ】。
練馬から中野へと至る道中で討伐したネームドモンスターから手に入れたレアドロップ、『ダンサー』のジョブオーブから得たスキルだ。
一定のリズムに合わせてステップを踏み続ける限り己の回避率が上がる効果を持ち、相手の物理攻撃の軌道を自動的に避け続ける。
実際はステップさえ踏めれば上半身の振り付けは不要なのだが、側から見て凄い間抜けに見える事を気にしたのと、廉造の歌って踊れるアイドルとしての矜持により出来の良い踊りとなってしまっている。
(ちょ、まじで、もう息が続かない! そろそろ限界! ヘルプ! 助けて! SOS!)
廉造が併用している二つのスキル、【戦いの詩】と【スルーステップ】は単体だけでもかなりの体力を消耗する。
二つを同時使用している現在、廉造の体力はほぼ底を尽きかけていた。
そうでなくてもエコーの持つ歌唱系スキルの使用条件はその刀身をマイクとして口元に構えなければならず、攻撃に使えない以上今の廉造には反撃の手段が残されていない。
なのに相対する二人の男は廉造を殺そうと殺気まみれに剣を振り乱している。
それらを無視して、大河と海斗へのバフ効果を途切れさせないようにと、廉造は歌い続けている。
この極限状態に精神が耐えられている事が、廉造の凄さだった。
ひとえに子役としてやアイドルとして多くの大舞台に立った事のある廉造のクソ度胸があってこそだ。
剣とジョブが体力の値を向上させる系統で無ければ、とっくのとうに気を失っていてもおかしくなかった。
「いや、悪い悪い。夢中になっちまってた」
「──ひぃっ、ぎゃあああああっ!」
男たちの間からひょこりと顔を出した海斗が、廉造に向かって申し訳なさそうに笑う。
その瞬間に、一人は無言で首と胴体を分かたれ、もう一人は右腕を根本から寸断されていた。
「──ぷはぁっ!! おっっっっっっそいんだけど! 死ぬかと思ったんだけど!!」
汗だくで目を血走らせた廉造が動きを止め、肩で息をしながら両膝に手を置いて蹲った。
「いやお前新記録なんじゃねぇか? よくあんだけ歌えたよな」
「そりゃあ頑張ったさ! 頑張りましたよ! 文字通り必死にね!?」
頬を伝い顎から滴り落ちる汗を右手の甲で拭いながら、ぜぇぜぇと掠れた声で廉造は怒鳴った。
「そう怒るなって。お前のおかげでもう終わりそうなんだからよ。ほれ」
海斗が背後にある玄関の先を、振り向かずに突き出した親指で指し示す。
「ぜぇ……ぜぇ……しっかし、本当に二人だけであの人数をやっつけちゃうなんて……ふぅ……ふぅ……兄貴も大河も本当に強いなぁ……」
細かい呼吸から深呼吸へと切り替えて、廉造は息を整えながら玄関の先へと目線を移す。
そこには無様に地べたを這いつくばる松木と、同じく地べたに横たわり、右肩から先を失い涙目で命乞いをする畑瀬──そしてその二人を冷たい視線で見下ろす大河の姿があった。




