信賞必罰①
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「嫌だぁ! 絶対に嫌だぁああああ!!」
「ええい! いつまでもくだらん事気にしてないで、さっさとクラン加入申請に許可を出せや馬鹿野郎が!」
ここは中野富士見町総合病院跡地。
場所は二階の建物中央に位置する、元々は大部屋の病室だった場所。
今はクラン『アンダードッグ』の皆が交流するための広間のような役割になっている。
そこで大騒ぎをしているのが、部屋の隅っこに追い込まれて涙目で震えている憐と、追い込んでいる海斗である。
「兄貴は知っているだろ!? 俺が他の人とフレンド登録とかパーティー登録しない理由! じゃあ見逃してよ!」
「お前なぁ! これからみんなでやってこうってのに、クランに加入しないなんて許されるわけねぇだろうが! 大体お前は気にしすぎなんだよ! 昔のアイドルやってた頃のお前ならわからんが、今の東京じゃお前なんざただの捻くれたクソガキだろうが!」
「な、なにをぉ!? アンタそのクソガキの歌にどれだけ助けられたと思ってんだ!」
「だからその歌ですら、クランに入らねぇと俺だけにしか適用されないだろうが!!」
もうすぐ『新中野ファラオ』が上納金と女性を求めてこの病院跡地へとやってくる。
それまでにできる事はしておこうと愛蘭や香奈に促して、大河らはこの病室で準備を進めていた。
アイテムの確認。
戦える人と戦えない人の把握と、どこに身を隠すかやどこに配置するかを手早く取り決めていた。
その中で話題に出たのが、海斗と憐のクラン加入申請である。
悠理に関しては、パーティーリーダーであった大河がすでにクランリーダー権を取得しているので、自動的にアンダードッグの一員となっている。
クランに入るか入らないかは、実は戦術的にとても重要な意味を持っている。
例えば回復魔法の効果が適用されるかされないか。
悠理の持つヒーラーズライトのアビリティ【魔力の波動】は、回復魔法の効果を一定距離内にいる〝味方〟全てに伝播させる破格のアビリティだ。
しかしそれはパーティーやクラン──つまり同じコミュニティに属している味方のみにしか効果が発動しない。
池袋に居た時は調達班のメンバーがまだ戦えるレベルであったし、すぐにヒーラーズライトに『剣』を進化させられる者が複数いた。
しかし今のアンダードッグは、その平均レベルが4から5。
つい先ほど、大河からの支援を受けてそのレベルを12まで上げた香奈がダントツのトップで、他のメンバーは少なすぎる戦闘経験と、毎月のオーブ税の搾取により剣の成長すらままならなかった者がほとんどだ。
だからこそ、悠理の強力な回復魔法は今のアンダードッグの生命線となる。
その恩恵を受ける為にクランに加入するのは、当たり前の事だった。
しかし、憐だけが頑としてそれを拒んでいる。
「お前なぁ! この中野を生きていく以上、もう俺とお前の二人だけでどうにかするってなぁ無理なんだよ! 頭の回るお前ならとっくに理解してるだろ!? もうコンプレックスとか、こだわりとかそういうのを気にする段階じゃねぇんだ!」
「そ、それは──うっ、ううううっ! 分かったよ! 分かりました! じゃあ申請送ればいいだろ!?」
観念した憐が投げやり気味に叫んだ。。
「手間かけさせやがって……たくっ。大河、頼む」
「あ、うん」
海斗と憐の口喧嘩をぽかんと見ていた大河が、海斗に促されてスマホを操作する。
「じゃあ憐、QR出してくれ」
「……あぁあぁぁ、嫌だぁぁぁ」
パーティー申請、そしてクラン加入申請をするためには、最初にフレンド登録をしなければならない。
それは『ぼうけんのしょ』アプリの〝フレンド登録〟の項目を開けばQRコードが生成され、それを相手側がカメラで読み取る事で自動的に登録される仕組みとなっていた。
「大河! 絶対に! 絶対に笑うなよ!!」
「笑う?」
スマホの画面を大河に向けた憐の言葉に、大河は首を傾げる。
慣れた手つきで『ぼうけんのしょ』のアプリ内からカメラを起動し、憐の差し出したスマホの画面に表示されているQRコードを読み取った。
瞬間、切り替わる画面。
そこには憐の名前と、いつ撮ったか定かでは無い顔写真が表示されていた。
この顔写真は、今まで東京で出会った誰に聞いても撮った記憶が無いと言う『ぼうけんのしょ』の最大の謎の一つだ。
もちろん大河の、そして悠理の『ぼうけんのしょ』にも、撮った覚えのないバストアップ写真が表示される。
写真に写る憐の顔は、今よりも少し髪が短い。
おそらく異変が起こったその当時の写真のままなのだろう。
顔写真の更新は『ぼうけんのしょ』アプリ内で行えるが、それを気にするほどの余裕のある者は今の所この東京には居なかった。
一点、気になる部分があった。
それは顔写真の真下に太字で表示されている、本来は憐の名前があるであろう項目の部分。
「加賀谷──廉造?」
「おおぉおおおおい!? 口に出すんじゃなぁああああい!!」
大河の言葉に超反応した憐が、座った姿勢から大きく跳躍し脅威の身体能力で大河へと飛びかかった。
「やめろぉおおおおお。本当にやめてくれぇええええ。コンプレックスなんだよぅううう。そんな芋い名前、本当に嫌なんだぁああああ」
「あ、あれ? お前の名前、確か三宮とか言ってなかったか?」
大河が気圧されるほど悲壮感漂う憐の圧力に屈して、少し後退りしながら憐──もとい、廉造に問いかける。
「芸名だよ! 芸名に決まってんでしょうが! 子役時代に事務所の社長が決めたの! 元の名前だとちょっと古い響きになるからって!」
「あ、ああそうか。お前有名人だったんだもんな」
「あああぁあぁぁぁあああ、違うんだ。父さんも母さんも僕が生まれた時はまだ栃木の田舎の方に住んでて、お爺ちゃんが名付けしちゃったんだ。僕のお爺ちゃんはかなり歳食ってて、それこそ戦前みたいな考えの人だから、周囲の反対を押し切って廉造なんていう昭和も初期みたいな名前にぃいいい」
嘆き悲しむ廉造が、頭を抱えて床に蹲った。
「廉造、お前興奮して〝俺〟から〝僕〟に戻っているぞ。せっかく今まで気ぃ張ってたのに」
初対面の人間に舐められないようにと、海斗に強力して貰ってまで直していた呼び名と一人称が台無しであった。
「も、もういいよぅ。みんなして笑いたきゃ笑えばいいんだ。幼稚園も小学校も、この名前で散々揶揄われてきたんだから。もう慣れっこだい……」
ゆっくりと立ち上がった廉造は、また部屋に隅っこに戻り壁に体育座りで丸まってしまった。
「名前なんかで笑うわけないだろ……良い名前じゃんか」
大河がそう話しかけても、廉造はもう何も言わなかった。
その数分後にはクラン加入申請にようやく許可を出し、廉造の名前は顔写真付きでアンダードッグ内の全てのメンバーに知れ渡る事となる。
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「本当に良かったの?」
30分後、『新中野ファラオ』の面々が病院跡地の前へと姿を現した。
大河や愛蘭、そして他のアンダードッグのメンバーは、その姿を二階から眺めている。
「何が?」
「松木さんよ。スマホを没収したとはいえ、本当に交渉に出しちゃって大丈夫?」
愛蘭の問いに、大河は一度頷いた。
「あの人は間違いなく裏切るんだろうけど、さすがにまだ何もしていない人を殺すのは気がひける。でもあんな人、生かしておくのも他の人に悪影響だと思うんだ。だからこうやって、みんなの目の前で堂々と裏切らせてやれば、心置きなく斬れると思って」
大河はあっけらかんにそう答えると、すぐ背後に立っていた悠理へと顔を向けた。
「じゃあ、悠理は子供たちや女の人たちを連れて最上階に行ってくれ。アイツらが襲撃してきたら、【防護】。大丈夫だよな?」
「うん。それよりも、大河が心配だよ」
大河の背中に手を添えて、悠理が小声で呟く。
「心配すんな。海斗さんと話し合ったんだ。アイツらは俺らより人数が多いけど、この中野のルールを考えればそんなにレベルが高いわけじゃないと思う。オーブの税は毎月一人一万で、ここはエンカウント率が低い南中野ブロック。松木や布良って人が差し出してた金額から考えても、アイツらも毎月オーブ税を払うのに苦労してるんだと思う。そうでなきゃ、いくら布良が死んだからってこんなに早く徴収しに来ないと思うんだ。つまり、アイツらも自分たちの強化にほとんどオーブを使えてない」
「わかった……でも、気をつけてね」
「ああ、ありがとう」
悠理はその言葉に静かに頷いて、後に控えていた子供たちや女性を連れて部屋を出ていった。
大河はもう一度、階下の『新中野ファラオ』のメンバーへと視線を向けた。
年齢層はおそらく三十代中盤から二十代前半。
逆立てた金髪の不健康そうな顔色の男が先頭となって、こちらに向かって歩いてくる。
おそらくその男が、松木の言う『新中野ファラオ』のクランリーダー、畑瀬だと推測できた。
なにせ大股で肩で風を切る歩き方が、とても偉そうだ。
「愛蘭さん、下の人たちに松木を離していいって伝えて。そしたらここまで戻ってきてって」
「ええ、分かったわ」
大河に指示された愛蘭が、スマホを操作して一階で待機していたメンバーへとメッセージを送った。
クラン機能の一つであるグループチャットが、全員のスマホに着信音を鳴らす。
「お、出てきたな。さぁて、どうするおっさん」
窓に頬杖を突いている海斗が、一階の玄関から小走りで駆けていく松木の背中を見てニヤニヤと笑う。
「どうするも何も、あのおじさんが取れる手は一つしか無いでしょ。今のままだとアンダードッグの人らには信用されないまま、辛い生活しか待っていない。じゃあ、もうあっちのクランに入るしか無いよね」
先ほどの騒動からようやく立ち直った廉造が、松木の背中に冷ややかな視線を送る。
「送ってきたよ!? どんな感じ!?」
一階で松木を解放する役を担っていた香奈が、同じ役割だった二名の若い男性メンバーを連れて部屋に入ってきた。
「今あっちのリーダーのとこに辿り着いた。なんだ、ずいぶん仲が良さそうじゃねぇか。ありゃ、交渉とかそういう話をしているわけじゃねぇな」
畑瀬と思わしき人物と松木が、やけに親しそうに会話をしている。
そんな光景を見て、海斗はつまらなさそうに鼻で息をした。
「思ってた通りになりそうだな。じゃあ、海斗さんと俺と廉造で階段前を固める。香奈さん、愛蘭さん。二階から上は頼んでいいか?」
もうこの先の展開が読めてきた大河が、振り返って香奈と愛蘭に指示を出した。
「う、うん。任せて」
「本当に、大丈夫なのね?」
神妙な面持ちで頷く香奈と愛蘭に向けて、大河は軽く笑みを返す。
「大丈夫だよ。慣れてんだ。悪党を殺すことなんて」
オーブだけならまだしも、女性を献上していた。
その事実に、大河は深く熱い怒りを覚えていた。
それは海斗も、そして廉造も同様で、『新中野ファラオ』の面々を、松木も含めて皆殺しにする決定は二つ返事で固まっていた。
「アイツらにはさ、できるだけ苦しんで死んでもらうから。だからみんなに見ててねって伝えておいて」
とりわけ一番辛い思いをしていたであろう、愛蘭や瞳──売られた女性たちの無念を、ここで晴らす。
なにより、あんな獣みたいなクソ野郎共を野放しにすれば、いずれ悠理に危害が及ぶだろう。
それが大河にとって、何よりも許せない。