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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
南中野ブロック

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負け犬たち①


「大河、そっち任せた!」


「了解!」


 海斗の声に即座に反応して、大河は迫り来る猿型モンスターと対峙する。


 個体名『レギオンエテエイプ』。

 五匹程度の群れで現れ、その異常に大きな手足や長い尻尾を駆使して高所から襲い掛かる。

 本来は一匹ごとに役割やジョブを持つタイプのモンスターだが、今大河らが居る南中野ブロックは低レベルモンスターしか出てこないフィールドだからか、一行に襲い掛かったレギオンエテエイプはみな『歩兵』タイプしか存在しなかった。


「ふっ!」


 大河はそんなレギオンエテエイプを、振り上げたハードブレイカーの袈裟斬り一太刀であっという間に両断する。


 【解放者(リベレイター)】の称号により強化された今の大河にとって、この程度のモンスターなどなんの障害にもなり得ない。


「うおっ、凄ぇなやっぱ」


 海斗は大河の鮮やかな手並を見て、目を丸くする。


「俺も負けてらんねぇな!」


 海斗は舌なめずりをして正面へと向き直り、両手で構えた真っ白な日本刀型の『咎人の剣』を腰だめに構えて駆け出す。


 『サムライソード ハヤテマル』という名のこの『咎人の剣』は、その斬撃の速度と豊富なスキルが特徴的だった。


 納刀状態で力を溜め、相手が攻撃を放った後で居合を取る事で攻撃力が倍増する【カウンターストライク】。


 高威力のオーラを纏ったX字の斬撃を放つ【クロスブレイク】。


 中空に大きく跳躍し、一直線に高速の唐竹割りを繰り出す【カラタケフォール】。


 海斗の説明では他に三つの切り札的なスキルがあるそうだが、本当に切り札のようで大河たちには詳しく説明してくれなかった。


「はっ!」


 大河と同様に、海斗もまた複数のレギオンエテエイプを苦も無く切り刻み、そしてあっという間に戦闘は終わった。


(攻撃する瞬間の動きだけが、かろうじて見えるってくらい速い……)


 大河は海斗の動きの全てをその目に収め、その強さを分析する。


 会敵(エンカウント)してから戦闘終了までの所要時間、およそ二分弱。


 襲撃を確認したと同時に剣を抜刀(アクティブ)できたのは海斗と大河だけで、悠理と憐、そして香奈はあまりのあっけなさに身動きひとつできなかった。


「つ、強い……」


 香奈が呆気に取られて大口を開けている。


「前衛が二人も居ると俺が戦わなくても良いから楽だねぇ」


「いや、お前は元からあんまり戦わないだろうが」


「あのねぇ。モンスターの前で無防備に歌ったり踊ったりすんのめちゃくちゃ怖いんだけど? アレを戦いと言わず何を戦いと言うのさ」


 憐と海斗がそんな軽口を叩いている間に、悠理は大河へと駆け寄る。


「お疲れ。どんな感じだった?」


「ああ、やっぱり手数が増えるってのはシンプルに頼もしいな。なんだか朱音さんと居た時を思い出した」


 ハードブレイカーを肩に担いだ大河が、海斗から目を逸らさず答えた。


「……不安?」


「──ん? あぁ、まぁな。今のところ海斗さんも憐も良い人っぽいけど、すぐに信用するにはまだ……な」


 悠理の言葉に、大河はそう返してどこか悲しそうに笑った。

 こうまで人を信用できなくなってしまった自分が、そしてそうさせてしまった今の東京の状況がとても虚しく思える。

 海斗の戦闘をつぶさに眺めていたのも、自分との力量の差を見極めるためだ。


 大河自身も自分は今の廃都においてかなり高レベルに位置する人間だと自覚している。

 なにせ自分のレベルを超えた他の巡礼者(プレイヤー)と出会ったことがない。

 そして池袋で手に入れた称号の力もあって、大抵の巡礼者(プレイヤー)には単純なステータスの数字では負けないとも思っている。


 しかし、決して思い上がる事はできない。


 この中野で『覇王』と言うクランが特権をもって支配しているように、特殊なイベントによって信じられないほど強化されている巡礼者(プレイヤー)がいても何もおかしくは無い。


 大河があの池袋で、あのイベントを攻略したのと同じように。


「香奈さん。ぼうっとしてないで道案内してくんないと。香奈さんしかアンダードッグのアジトの場所分かんないんだからさ」


 海斗と大河の強さに呆気に取られていた香奈に憐が声をかける。


「──あっ、そ、そうだね。ごめん。こっちよ」


 我に返った香奈が慌てて一行の先頭を歩き始めた。


 一夜明けて今は早朝。時間にして六時前。


 この時間なら外はもう明るいし、他のクランの人間も活動していないと踏んで移動を開始した。


 季節的にはもう真冬の日付なのだが、今の中野の気候は紛れもなく真夏を思わせる暑さ。


 東京に異変が起きて以来カレンダーなど誰も気にしていなかったが、実はとっくに年が明けている。


 ほとんどの巡礼者(プレイヤー)はその違和感に気づけていないが。満月が満ちたまま欠けずに闇夜に浮かんでいるように、日の出の時間も異変が起きたあの日以来まったく変わっていなかった。


「もう少ししたら、南ブロックの端っこ──中野富士見町の駅が見えるわ。私たちアンダードッグのねぐらはそこの病院なの」


「俺ぁ中野で幾つか現場入ったことがあるが、駅から中野富士見町の駅までこんなに歩いた覚えは無いなぁ。もう二時間くらい歩いてるよな?」


 ハヤテマルを腰の鞘に収めた海斗が、頭の後で手を組みながら周囲の建物を見上げて呟いた。


「海斗さんは出発の時からずっと刀を出しっぱなしにしてるけど、しまわなくても大丈夫なの?」


 思いついた疑問を、悠理がまっすぐに問いかける。


「ん? ああ、これはハヤテマルのアビリティでな。他の剣と違ってこの刀は鞘に収めちまえば体力の消耗が止まるんだ。【帯刀】って名前でよ。刀を使わない体術スキルなんかも消費無しで使えるんだぜ? まぁ、体術スキルでモンスターを倒しても身入りが無いってのがデメリットだが」


 海斗は腰のベルトに差し込んだハヤテマルの、真っ白な鞘を悠理に見せながら説明をした。


 本来、『咎人の剣』は顕現させている間は常に所持巡礼者(プレイヤー)の体力を消耗させ続ける。


 それはレベルを上げていくことで無視できる程度に軽減されるのだが、長時間ともなれば話は別だ。


 大河ですら二時間もハードブレイカーを出しっぱなしにすれば、相応の倦怠感を感じ動きが若干鈍るだろう。


 そう言う点で言えば、鞘に収めるという条件付きとは言え、【帯刀】はかなり強力なアビリティだと言える。


 なにせレベルを上げた事で増えるステータス分の身体能力は、『咎人の剣』を抜刀(アクティブ)にしないと発動しない。


 そうでなければ増えた分の筋力や感知能力で、普段の生活がままならなくなるからだ。


 だから巡礼者(プレイヤー)は普段は剣を消し、戦闘時に抜刀(アクティブ)状態へと移行する必要があった。


 戦闘に慣れていない者にとって、時にそのタイムロスが命取りになり得る。

 

 【帯刀】はそのロスを完全に消滅させ、常に戦闘準備が整った状態でフィールド探索が行える。

 しかも剣を使わない体術スキルが、体力の消費無しで使用できるとなればぶっ壊れアビリティと言っても過言ではない。


 もちろん、悠理には説明していないがデメリットももちろんある。

 

 このアビリティは常時発動型。

 つまり剣を隠す事ができない。

 今の廃都はそのほとんどを低レベル巡礼者(プレイヤー)が占めているが、これが高レベルが増えてこの世界の知識が増えていくとなると、剣の形状や系統でどういう戦い方をするのかや、どういうスキルを持っているかなどの情報を見抜かれてしまう恐れがあった。


 この場合、ハヤテマルを所持している海斗には遠距離攻撃の手段が無い事が、分かる巡礼者(プレイヤー)には筒抜けなのだ。


「ちょっ、海斗兄貴!!」


「ん? なんだよ憐」


 側を歩いていた憐が、慌てて海斗の腕を引っ張った。


 背の高い海斗の頭を強引に下げさせ、その耳元に口を寄せる。


(まだそういうスキルとかアビリティの類は内緒にしとこうって昨日あれだけ言ったでしょうが!)


(おっと、いけねぇ。そういやそうだった。まぁ、これくらいは大丈夫だろきっと。大河も悠理もお前が心配するような悪人には見えねぇしな)


(それでもだよ! ジョブとかレベルとか、ステータスの数字とかは絶対に隠してよ! 俺があの二人のことを見極めるまでは!!)


(へいへい、了解了解)


 こそこそとそう耳打ちしあう海斗と憐に、大河は苦笑した。


(すまん憐……聞こえちまってるんだよなぁ)


 称号によって強化された大河の感知能力は、聴力まで強化されている。


 大河の隣を歩く悠理には聞こえていない声量でも、聞こうと意識してしまえば大河には容易く盗み聞く事ができるのだ。


 今回は内緒話を初めてしまった二人に意識を向けすぎて、聞こうともしていないのに会話の全てが耳に入ってきた。


 若干の申し訳なさを感じつつも、二人の素行や性格を知る貴重な機会だったと思い直し、大河は先頭を歩く香奈の護衛に付く形で歩き続ける。


「見えてきたわ」


 香奈が前方を指差して大河へと振り向いた。


「アレが私たちアンダードッグのアジト、富士見町総合病院跡地よ」


 その指の示す先を見て、大河は絶句する。


「アレがって言ったって……アジトとして使えるのかアレ……」


 大河の呟きに香奈以外の全員が無言で同意した。


 それはいかにも廃病院然とした建物で、割れてない窓など一枚も無い荒れ果てた建物だった。


 心霊スポットと言われてもすぐに納得できるほどに緑に覆われ、至る所の外壁が剥げ落ちているのが確認できる。


「電気とか、使えるのかアレ」


「一応はね。全ての部屋とまではいかないけれど、半分以上の部屋は普通に使えるのよ? 私たちみたいな『弱者クラン』は、立派なアジトを構えちゃうとすぐ他のクランから狙われちゃうから。仕方なくああいう建物を選んでしまうのよ」


 海斗の疑問にすぐに答えて、香奈は苦笑した。


「まずは仲間に今までの事を説明してくるから、この辺りで待っていて欲しいの。布良は一応、私たちのリーダーでもあったから……」


「ん、わかった。待ってるよ」


「お茶してますね。海斗さん、憐くん。冷たいお茶と熱いお茶あるけどどっちがいい?」


「お、じゃあ俺は熱い奴で」


「よくこんな蒸し暑いのに熱いお茶なんて飲めるなぁ。俺は冷たいので!」


 どこか呑気な一行の姿に苦笑して、香奈はアジトである富士見町総合病院跡地へと小走りで駆けて行った。

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