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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
征服者の都市 中野《ヴィクトル・ウルビス・ナカノ》
135/233

New Challenger


 なぜか人が交差できる程度には開けている道を、大河と悠理は慎重に進む。

 道と言ってもアスファルトで整備されている物ではない。

 

 一面謎の植物が生い茂っているなか、なぜかそこだけが何も生えておらず土が露出しているのだ。


「大河は、中野って行った事ある?」


「あー、父さ──親父の友達が結構住んでて、何度か。と言っても中野駅の周りじゃなくて、西武線の駅の方だったからそんなに詳しくはないぞ。お前は?」


「私、実はあんまり来た事ないの。特にこれといった用事も無いし。流石に何回かは中野駅で降りた事はあるけど、駅前のアーケードでご飯食べてすぐ移動みたいな感じかなぁ」


「中野って言えば、中野サンプラザが有名だよな」


「あれ? 解体されたってニュース見た事あるよ?」


「え、もう無いのか?」


「ん? あれ、再開発で揉めてるってニュースだっけ? ごめん、あんまり覚えてないや」


 実際のところ、中野区のランドマークである中野サンプラザは老朽化が原因でその長い歴史に幕を閉じ、惜しまれつつも閉館はしたものの、爆発的な感染症流行の煽りを受けて再開発の計画が頓挫し、今は誰も立ち入れない廃墟となって数年間、中野駅に鎮座している。


 元々は自治体が運営する非営利施設として生まれ、後に売却され民間が管理運営する施設となった中野サンプラザは、中規模のコンサートホールや宿泊施設、イベントホールやレストランなどを内包していた。

 

 大小二つの二等辺三角形が寄り添うように建てられた外観が特徴的で、多くの有名アーティストなどがコンサートを開くなど、中野区のサブカルチャーの発信地として古くから親しまれていたのだ。


 とは言え、平成も後期になるにつれ都内の他の高層建築などのインパクトに負け、若者が通うほどの目新しさも無かったので、都内に住んでいると言えども来訪する機会が無くてもおかしくない。


 大河や悠理がその去就に関してあやふやなのも、別に不思議な事では無かった。


「大河、なにか見えてきたよ。あれは……門?」


 中野サンプラザや他の施設の話をしつつ密林の道を進んでいると、一風変わった場所に辿り着いた。


 それは大きな石造りの門。


 特に扉が設置されているわけで無く、左右に長く伸びる壁の一部分をくり抜いて後から装飾を施した形だ。


「ここ以外に入り口は無さそうだな……」


 大河と悠理は足を止めて、門の左右からずっと伸びている壁を眺める。


 大河が両手を広げても足りない程度の大きさと高さの石が何個も積み重なって、後から壁面を整えたのだろうか。


 壁の表面は凸凹で緑に苔むしていて、長い年月風雨に晒されたと思わしき見た目で近代感は微塵も感じない。


「どうする? 明らかに今までの道とここから先、違うエリアって感じだよね?」


「戻っても仕方ないだろうし、道の方向からあのピラミッドに続いてんのは間違いない。俺としては進んでも良いと思うんだけど、でもなぁ。なんか嫌な予感がするんだよなぁ」


 悠理の言葉に腕を組んで、大河は考え込む。


 今までの経験から、特徴的な建物があるエリアでは厄介ごとに必ず巻き込まれている。


 新宿駅。

 ノームの湖畔集落。

 

 そしてサンシャイン60。


 各エリアにイベントが用意されていると仮定して、そうなるとそのイベントの舞台があのピラミッドか、この門の向こう側全ての可能性はかなり高い。


 しかし、このまま道を戻ったとしてもまた当ての無い荒野を大断層とは逆方向──つまり練馬方面に進むしかルートは無い訳で、それは大河と悠理の本来の目的地、吉祥寺から遠ざかる事を意味する。

 

 吉祥寺が本来の場所とはまったく違う方向に移動でもしていない限り、だ。


「聖碑にも触れておきたいよね。クエストの受注とか、しばらくしてなかったし。高田馬場のドワーフさんたちの工房にも行っておきたいし──」


「──悠理!」


 ソレに気づいたのは、大河だった。


 素早く悠理の肩を抱いて胸に押し付け、大きく跳躍する。


「な、なに!?」


「攻撃されてる!」


 悠理が先ほどまで立っていた場所の地面に、数本の矢が勢いよく突き刺さった。


「どこだ!? 出てこい!」


 矢を放った者の姿が把握できない。

 

 ハードブレイカーを抜剣(アクティブ)状態にした大河の感知能力は、【解放者(リベレイター)】の称号の恩恵もあってかなり高い。


 その感知能力に、敵の気配が全く引っかからない。


(モンスター、ならまだ良いんだけど!)


 今までの戦闘で得た経験から、フィールドモンスターに今の大河を不意打ちできるような気配を消せる個体は存在しなかった。


 この密林の敵がそういう特性を持っていると仮定すると、この場所は大河以下のレベル帯の巡礼者(プレイヤー)とって、姿が見えない敵に死角から一方的に攻撃されるという、難易度が高すぎる魔境となる。


 大河の親友、あの新條(りょう)がそんな理不尽を巡礼者(プレイヤー)に押し付けるとは思えない。

 綾はクソゲーをも愛する筋金入りのゲーム愛好者だったが、さすがに無理ゲーは好みではなかった。


(一番最悪なのは、相手が──)


 悠理を左腕に抱きながら、大河は必死に周囲を索敵する。


 攻撃を放った瞬間こそ捉えられなかったが、矢が悠理に当たる直前には感知できた。


 つまり攻撃後の矢の気配までは消せていない、という事。


 全力で感知能力を稼働する大河の第六感が、頭上──樹木の上へと視線を上げさせた。


「──っちぃ! やっぱり人間かよ!」


 再び悠理を抱き抱えて、後方へと全力で跳躍する。

 その瞬間、大河が今まで立っていた地面に複数の矢がほぼ同時に突き刺さる。


「んっ!」

 

 悠理は振動と衝撃で舌を噛まないように必死に口を閉じ、大河の胸元に抱きついた。


(やっぱり、気配を消しているのはスキルかアビリティ! 攻撃動作に入ると気配が急に現れるって事は……圭太郎の快刀・乱麻が持っていた【潜影】と同じか、似た効果か!?)


 池袋で出会った圭太郎の持つ剣、『暗殺双剣(デュアルダガー) 快刀・乱麻』には、息と動きを止めている間は気配を読み辛くさせるアビリティ、【潜影】と言うアビリティがあった。


 それは目の前に居ても姿がぼんやりとしか認知できないほど強力で、暗殺や不意打ち、待ち伏せに非常に効果的だ。


 大河は頭上に潜む敵──複数人の巡礼者(プレイヤー)が【潜影】、もしくは似たアビリティを持つと想定し、悠理を抱えて動く。


「くっ、多分敵は三から四人……しかもすでに俺らを囲むように潜んでいる……【防護(プロテクション)】で悠理だけは守って……いや、矢の威力が思ったよりも高い。一人を始末している間に矢を連続で撃たれたら防護壁が保たないか……?」


 ブツブツと呟きながら戦況を確認しつつ、大河は視線を忙しなく動かし続ける。


 一人を視界に捉えて動きを追っている間に、残りの三人に移動されて気配を消される。


 頑張っても二人、無理して三人ならなんとか気配を掴めるが、一人一人が間隔を取るように動いている以上、一人を殺すのにどうしても数秒の時間が必要になる。


 その数秒でまた移動されてしまえば、再び感知するまでに悠理が危険に晒される。


「──っく! 悠理すまん! あの門の中に入るぞ! 壁を盾にする!」


「う、うん! わかった!」


 悠理の返事を聞いて、大河は瞬時に地面を蹴る。


 視線は前方、敵が潜んでいると思われる樹木から離さない。


 胸の中の悠理をキツく抱きしめて壁のすぐそばに着地し、警戒しながら門を潜った。


 その瞬間──。


「──っ!?」


「な、なにこれ!?」


 透明な分厚い膜に包まれる感覚が、二人を襲う。


 その疑問を深く追及する暇も無く、壁を背にして門の向こう側へと意識を集中させた。


『任務完了! 撤退!』


『お、おいアイツ高レベルっぽいぞ!? 本当に中野に入れて平気だったのか!?』


『知るか! 俺らはボスの命令を忠実にこなしただけだ! 相手のレベルを探れなんて言われてない!』


『もう門は潜っちまったんだ! このまま戦っても意味ないし、多分殺される! 俺は嫌だぞ! せっかく勝ち残ったのに、あんな化け物にここで殺されるなんて絶対嫌だからな! なんであの矢を避けられるんだよあり得ないだろ!』


 門の向こうから数人の男の声が響く。


 おそらく先ほど大河らを狙い撃ちした潜伏者たちの声。


 ずっと動き続けているからなのか、あれだけ薄かった気配が今はしっかりと感じられる。


 男たちはそのまま大河達が背にしている壁の反対側の壁に沿って、かなりのスピードで消えていった。


「……な、なんだったの?」


「──ちくしょう、やられた……」


 潜伏者たちの会話から、その意図を読み取った大河が苦い顔をする。

 悠理は大河の胸の中からその顔を心配そうに見上げている。


「どういうこと?」


「理由まではわかんねぇけど、アイツらは俺らを門の内側に入れたかったんだ……だから背後から攻撃してきた……ああ、なんて馬鹿なんだ俺は」


 潜伏者らの策略にまんまとハマった形になった自分の浅慮を嘆く。


 攻撃タイミング、攻撃頻度、攻撃してきた方向と角度、それらが全て大河と悠理をこの門の内側へと誘導する為の物だったとして、それに気づけるタイミングはいくつかあったはずだ。


「え、えっと、じゃあすぐに出ればいいんじゃない?」


「……多分、いや、間違いなく──出れない」


「──え?」


「お前もさっき感じただろ? あの、分厚いゴムに包まれたような感じ」


「う、うん」


 悠理は自分の顔をペタペタと触り、さきほどの感覚を思い返す。


「門に入れてはい終わり、じゃないんだろうな……」


 大河は恐る恐る、ハードブレイカーを門の中へと突き刺した。


「ああ、やっぱり……」


 こつん、と。


 ハードブレイカーの(きっさき)が、何かに当たった。


 左腕から悠理を離し、その手を門に突き入れる。


「ここに、見えない壁がある」


 門の中ほどにまで入った手が、透明な壁によって阻まれた。


 この感覚は何度か覚えがある。

 

 あの新宿地下街で、あのコンビニで。


 会計を済まさず店外に出ようとして、見えない何かに阻まれてどうやっても出れないと試した時の、あの感覚だ。


「な、なんで? どうして閉じ込められたの?」


「わかんねぇ、わかんねぇけど……でもこの中野に、俺たちをどうにかしたい『敵』が居るのは確か──」


『ニュゥウウウウウウウウウっ! チャレンジャァァアァァァァ!』


 突如響き渡る、男性の声。


 それは周囲の木々の葉をビリビリと揺らすほどの音量で、大河と悠理は思わず肩を竦めた。


『ファーストステージも佳境に入ったこの混迷極まる中野にぃいいい! 新たな挑戦者が来場いたしました事をぉおおお!! 全ての参加者の皆様にお伝えします! 名前も素性も定かではございませんが! 運営が差し向けた四人の凄腕と対峙して容易く生き残ったその実力は間違いなく高レベル! さぁさぁ!! 一体どの陣営が彼らを迎え入れるのか!? はたまた彼らが新しい陣営となるのか!? それはまだ誰にも、ワタクシにも! そして覇王にもわからない! クラン・ロワイヤルにまた新しい嵐が吹き荒れるぅうううう!』


「──な、なにこれ!」


「──クラン……ロワイヤル!?」


 あまりの音量に耳を塞ぐ大河と悠理、しかし響き渡るその男性の声は塞いだ手をも貫通して耳の奥まで届いた。


『お送りしたのは実況・解説を務めますワタクシ、DJカノー! DJカノーがお送りしておりまーす! それでは参加者の皆様! シーユー!! また番組でお会いしましょう! この後十七時から! お見逃しなく!!』


「うぉおおおお! DJカノー! こんどこそ絶対お前を殺してやるからなぁ!!」


「死ね! 殺してやる覇王! 妻と子の仇だ! 俺がお前らを絶対殺し尽くしてやるからなぁぁぁ!!」


「新人だって!? そいつ強いのか!? おいお前ら! スカウトに行くぞ! 断ったら殺そう!」


「先を越されるなぁ! 俺らが新人を引き入れるんだ! 断られたらすぐに殺そう!」


「覇王! 覇王! 覇王! 覇王!」


「覇王! 覇王! 覇王! 覇王!」


『覇王! 覇王! 覇王! 覇王!』


 残響が遠く響く密林の中、どこからともなく大勢の歓声が木霊して地面を激しく揺らした。

 熱気と殺意と興奮が籠もるその歓声に、大河と悠理はただひたすら圧倒されるだけだった。

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