密林の中
「うう……虫が出て来ないと良いんだけど」
悠理はヒーラーズライトを両手でしっかりと握りしめ、恐る恐ると言った歩調で密林の中を進む。
「この道、明らかにあのピラミッドに向かって伸びてるな……」
ハードブレイカーを右手に持ち、左手のラウンドシールドを身体の前に構えながら、大河は樹木の隙間から見えるかなり大きなピラミッドを見上げて歩く。
この密林に入る前に荒野の小高い丘から周囲を眺めてみたが、見える限りでは密林を迂回できるようなルートは存在しなかった。
遠くに見える大断層スレスレまで鬱蒼とした緑は続き、その反対側──方向としては練馬区の方にまで密林は続いている。
悠理と二人で相談した結果、あのピラミッドまでまっすぐ向かうルートが一番距離が短く、それを迂回したとしても何かがあるとは限らない。
妖精湯の聖碑を使って高田馬場の大工房にファストトラベルできなかった以上、どこかでちゃんとした聖碑を見つけて補給や『剣』の強化をしておきたいのなら、あのピラミッドをアテにした方が良いのでは無いか──という結論に至り今である。
外気温はすでに冬とは思えないほど上昇している。
冬用のインナーではかなり汗ばむほど蒸し蒸しとしているが、周囲に生えている見慣れない草や樹木がどういうものかわからない以上、下手に肌を晒すのは危ないと我慢して長袖を着用している。
「た、大河。アレ、ビルだよね?」
悠理の指差す方向に、大量の植物の蔦で巻かれたビルが見えた。
窓ガラスを突き破って飛び出している植生のせいか、それとも巻かれた蔦のせいでひび割れている外壁のせいか、とてもじゃないが人の営みの気配がしない。
他にも地面に沈下し傾いたマンションや、背の高い草に占領され足の踏み場もない公園など、目を凝らせば文明の跡が見受けられる。
ふと大河は足を止めて、一本の樹木に注目した。
「大河?」
「これ、電柱だ」
ガサガサと葉っぱを掻き分け、ソレに巻き付けられた蔦を引きちぎる。
「ここは……中野か?」
小さな葉っぱがコンクリートの隙間からびっしりと、元電柱だったソレを覆っている。
そこに、本来ここがどこであるかを示す青い板──『街区表示板』が大河の目線と同じ高さで貼られていた。
「中野区、江古田一丁目……」
悠理がそこに書かれている文章を小声で読み上げた。
近隣の練馬区にルーツを同じくする読みが違う同一地名・駅が複数存在する、中野区の外れ。
その街区表示版は確かにここが中野区であった事を指し示していた。
「ここが……中野……?」
大河は再び周囲の密林を見渡す。
記憶の中にある中野区とは、当たり前だが合致しない。
父親の友人が多く住む中野を幼い頃に何度か訪れた経験があるが、駅前と幹線道路以外は完全な住宅密集地であり、令和の世になっても未だに多くの木造アパートや古い集合住宅が乱立していた筈だ。
今大河と悠理が置かれているような、熱気篭もる熱帯雨林の密林で覆われた場所では決してない。
「草原が広がってた目白に、湖に沈んだ池袋……そんでジャングルに埋もれた中野……」
「相変わらず、わけわかんないね」
大河の呟きに悠理が頷く。
「今までの傾向だと、駅前とか目立つ建物に聖碑が置いてある可能性が高い。となるとやっぱり……」
「あのピラミッドかな」
二人は同じタイミングで、樹林の隙間から見える巨大なピラミッドを見上げた。
その頂上に玉座に座りながら下界を見下ろす人物が居ようなどと、見える距離では無かった。