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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
池袋→→要町→→中野

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旅路へ

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「スミレ、ここまでありがとうな」


「きゅうっ!」


 大河が鼻の下あたりを優しく撫でる度に、イッカクジュゴンのスミレは嬉しそうにその白い巨体をゆらゆらと揺らす。


「スミレちゃんが居なかったら、この大きな川を渡れなかったよ。はいこれご飯。たくさん食べてね」


「きゅあああっ!」


 悠理がスマホを操作して取り出した大量の鶏肉を見て、一際甲高い声を轟かせてスミレは泣いた。


 あっと言う間にそれをペロリと平らげたスミレは、名残惜しそうに大河と悠理を交互に見る。


「元気でな」


「また会おうね」


「きゅうううううう……」


 額の角を優しく振って、そしてスミレは振り向き川の水の中にその巨体を完全に沈めた。


 少しして、大河と悠理の立つ岸からかなり離れた場所で大きなイッカクジュゴンが水面から飛び上がり、大きな水飛沫を上げてまた水中へと戻っていった。


 大河と悠理は数分間水面を見続け、もうスミレの姿が浮上して来ない事を確認すると、二人で目を合わせて振り返り、川から離れる。


「いやー、ほんと。スミレが居なかったらどうなってた事やら」


「要町から先に大きな川があるなんて、予想外だったよね」


 池袋西口のホテルを出発し、前に陽子が教えてくれたルートで要町を目指していた二人の前に大きな川が姿を現した。


 反対側に辛うじて対岸が見えるか見えないか。

 それほどの規模の川の前で途方に暮れていたら、大河がスミレを呼び出す為のホイッスルがまだあと一回分使用できる事に気づいた。


 池袋を水没させていたセイレーン湖の水面はどこかに消えていたので、今スミレがどうなっているのか二人には知る由も無かったが、試しにとホイッスルを吹いて5分ほど待つと、あの愛くるしいイッカクジュゴンの巨体が川の中から勢い良く飛び出してきたのだ。


 どうやらセイレーン湖は完全に無くなったわけでは無いようで、池袋近辺をぐるりと一周するような形の川へとその姿を変えているようだ。


 そうして二人はスミレの背に乗って二時間かけて対岸の上陸できそうな場所へと渡り、すっかり懐いてしまった愛らしいスミレとの別れを済ませ、そして今ここに立っている。


 対岸の光景はまだビルが乱立する、池袋の街並みとそう変わらない景色。


 その中でも太い車道を道標にして、大河と悠理はゆっくりと歩く。


 途中でエンカウントするフィールドモンスターの強さはそれほどでもなく、大河一人で余裕で対処できた。


「朱音さんが居なくなって心配だったけど、なんとかなったな」


「……大河、凄く速くなかった?」


 モンスターの死体を蹴って道を開けている大河の姿を、悠理が目を見開いて凝視している。


「え、そうか? 特に変わった感じはしなかったけど……」


「そうだよ絶対。だって今の動き、全然目で追えなかったもん」


 そう言って悠理は自分のスマホをダウンジャケットのポケットから取り出す。

 今の池袋の外気温はすっかり冬本番といった所で、上着を三枚重ねてもまだ寒さが骨身に染みるほどだ。

 

 なので二人が身につけている色違いのダウンジャケットには、【防寒(中)】のアイテム効果が付与されている。

 これは池袋に入る前、朱音と一緒に新宿で購入したもので、大河が黒で悠理が青色のジャケットを羽織っている。


 ちなみに朱音は赤色である。


 付与された【防寒(中)】の効果はかなり強いようで、白い息を吐くような寒さの中でも、特に震える事無く過ごせていた。

 そうでなければあの寒風吹き荒ぶ川の中を、なかなかの速度で走るスミレの背中に乗って渡るなど不可能だっただろう。


「やっぱり、この【解放者(リベレイター)】って称号。凄い効果があるんだろうね」


 悠理のスマホに表示されている画面は、大河のステータス画面だ。

 画面上部には太字に白抜きで大河の名前が表示されいる。

 その横に、豪華なフォントで目立つように書かれている【解放者(リベレイター)】の称号。


 悠理が指先でその文字に触れると、画面が切り替わった。


【艱難辛苦の道を誰よりも先駆けて勇敢に切り拓き、閉ざされた可能性を押し開く戦士を、人々は畏敬の念を込めて解放者(リベレイター)と呼ぶ。その名にはかつて奴隷として虐げられていた古代の民を、隷属から解放した伝説が残されている】


 称号自体の説明欄にはそう記載されていて、その下により細かな文字で──。


【すべてのステータスの+20の値を追加。レベルアップ時の上昇値に+1を追加。複製上限〔3〕。継承条件:①継承先の巡礼者(プレイヤー)のレベルが30を超えている。②継承先の巡礼者(プレイヤー)が持つ『咎人の剣』の成長グレードが〔金〕以上。③継承先の巡礼者(プレイヤー)のジョブが上級職以上】


 と記載されていた。


「破格だよなぁ」


 大河はハードブレイカーを右肩に担ぎ上げ、けらけらと笑った。


「まぁ、その分その継承とかいうのの難易度も跳ね上がってるっぽいけど。そもそも継承する意味もあんま分かってないから、使う事ないかもなぁ」


 そんな言葉を軽い口調でつらつらと語っている大河の目が一切笑っていない事に、悠理はすぐに気がついた。


(複雑、だもんね)


 大河に新たなに与えられた【解放者(リベレイター)】の称号。

 それはつまり、『陽子』を殺した事で手に入れた罪の証でもある。


 たとえこの廃都のゲームシステムが称号を報酬だと伝えようと、大河にとっては違う。


 だが今の東京を生き抜く上で力が必要な事を、痛い程理解している。

 だからこそ己を無理やり納得させながら、着脱が可能な称号をあえてセットしているのだ。


 悠理はそんな大河を深く理解しているからこそ、変に話題を逸らしたり、変えたりなどしない。


 折り合いをつけようと必死になっている大河を、否定したりしたくないから。


「よし、日が暮れる前に宿を見つけようぜ。この様子だと、まだしばらく廃墟が続きそうだから、きっとどこかに聖碑や宿があると思うんだ」


 大河は大袈裟に右腕でハードブレイカーを振って、道の先を剣の鋒で示した。


「……うん、そうだね。急ごう」


 痛々しい大河の姿に、悠理の胸は締め付けられる。

 でもこればっかりは、時間しか解決方法が無い事も知っている。


 だからせめて、自分の身体を委ねることで少しでもその心を癒せるならと、悠理は大河の空いている左腕に自分の腕を通し、強く抱きしめた。


「ん? どうした? 寒いのか?」


「そうだね。まだ少し寒いかも。大河の身体ポカポカしてるから、少し暖めて貰って良い?」


「ああ、好きなだけどうぞ」


「ありがとう。大河」


 大河の左肩に頭を委ねて、悠理は目を閉じて歩き出す。

 誰よりも傷つき、誰よりも重荷を背負おうとする愛しい男の体温を感じながら。


 二人の新しい旅は、そうして穏やかに始まった。

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