海斗と憐
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「わぁあああああああああああっ!」
「うるせぇなぁ! 情けない声出してんじゃねぇよ憐!」
熱気が篭もる生い茂った密林の中で、二人の男性の声が響き渡る。
「かっ、かかかっ! 海斗兄貴がこんなとこ通ろうなんて言うからぁ!」
「お前だって賛成してただろうが! あんな険しい山登るぐらいならジャングルを突っ切るってよぉ!」
「それはその二つしか選択肢をくれなかったからでしょおぉおお!! 俺は練馬に戻りましょうって言いましたぁあああ!」
「ばっか野郎! ここまで何ヶ月掛かったと思ってんだ! あんなジメジメした雨ばっか降ってる街、二度とゴメンだ!」
「だからって! なにもこんな道を選ばなくても良いでしょうがぁああああっ!」
青々とした大きな葉っぱや硬い植物の蔓などを掻き分けて、男性二人は足も止めずにひたすら走り続ける。
二人の背後ににょきにょきと伸びる大きな熱帯雨林が、メキメキと音を立てて次々に倒れていく様子を見るに、どうやら何かから逃げているようだ。
「なんなんだアレ! あんなデカい猿、反則だろ!」
ツンツンとした赤毛の海斗と呼ばれた男性が、一度振り返って舌打ちしながら叫んだ。
「えっと、えっと! ジャイアントエイプって名前らしいよ!」
もう一人の細身の青年、憐と呼ばれた方が器用に走りながらスマホを操作して、画面に出た内容を海斗に伝えた。
「憐! お前なんかあいつを撃退できる歌とか踊りとか、そういうスキルないのかよ!」
「無いよ! 俺のスキルは味方のバフがメインって教えたでしょう!? そういう海斗兄貴は、こないだ手に入れた剣になんか強そうなスキルあったじゃん! ストライクなんちゃらって奴! あれ使いなよ!」
「馬鹿野郎アレはカウンター用でしかもタメが必要なんだよ!」
ぎゃあぎゃあと言い合いながら、二人は息も切らさずに熱帯雨林を駆け抜けていく。
「海斗兄貴! ほらあれ! あれ多分、中野の街なんじゃないの!?」
憐が隣を走る海斗の、その向こう側を指差した。
「んん!? どこだよ!」
海斗は刺された方向を振り向き凝視するが、木々の隙間から溢れる太陽光が眩しすぎて何も見えない。
「ほら! たまに葉っぱの隙間から見える奴!」
何度も何度も憐が指で示すものの、やはり海斗にはその姿が映らない。
感知系のステータスに秀でている憐と、筋力系に秀でている海斗では、その視力や光の捉え方も違うようだ。
「俺にはまだ見えねぇが、中野って事はついにここまで戻ってこれたんだな俺ら! よーし、もう少しだ! 気張れよ憐!」
「練馬でアンタに無理やり引っ張られてからのこの半年! 短いようで長かったね! ようやくおさらばできると思うと俺、嬉しくて仕方ないよ!」
「言うじゃねぇかガキ! 言っとくが、蒲田に無事たどり着くまでお前を逃すつもりはねぇからな!」
「なっ! なんで俺がそんな遠くまで!?」
蒲田は東京と神奈川の境、大田区にある街。
今現在二人が居るであろう中野区からは、異変前ですらかなりの距離があった場所だ。
練馬からここまで半年掛かった事を考えれば、この先どれほど時間が必要かさっぱりわからない。
「お前のきっしょい踊りとヤケにカッコつけた歌! かなり使えるって知っちまったからなぁ!」
「ちくしょう! アンタなんか助けなければ良かった!」
「俺と出会ったお前の不運を呪うんだな! あーはっはっはっは!」
「何がおかし──んぎゃああああああっ! 猿がもうそこまで来てるぅうううう!」
ちらりと振り返った憐の目に、フォークとナイフを手に持ち、ナプキンを首に巻いた茶色い巨大な猿が、涎を垂らしながら木々を薙ぎ倒す姿が映った。
「ウダウダ言わずに死にたくなかったら走れ!」
「ウダウダ言うし死にたくないから走ってるよ!」
それからも二人は、喧嘩をしながら熱帯雨林を走り回る。
息も絶え絶えで中野の駅前に到着したのは、それから二時間後の事だった。




