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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
日の出の塔 封印結晶の間
122/233

地雷天使ラナの義務


 ラナを名乗る地雷天使は、その大きい青い翼を二、三度はためかせて封印結晶の間に降り立った。


 新宿で出会った地雷天使レナは大河よりも少しだけ年齢が上の容姿をしていたが、ラナは中学生かそれより下の年齢の様に大河の目には映った。


 姉である地雷天使レナより遥かに小柄なラナは、その体躯にしては不恰好にも見えるほど大きいサイハイブーツをゴツゴツと鳴らしながら、朱音が肩を貸す大河の目の前へとリズム良く歩み寄る。


「……えーっと、私としましてもー。今のタイミングが凄い空気が読めてないなーっていうのは理解してるんですー。でもでもですねー? こればっかりは私にはどうしようもできなくてですねー。全部決められてて、イベントが終わると同時にこっちに飛ばされちゃうんですよねー。NPCって辛いですよねー」


 もじもじと身を捩りながら、ラナは視線を忙しなく動かして居心地悪そうにもごもごと呟いた。


「あ、あんた……なに?」


 唖然とする大河の様子を一瞥し、そしてラナの顔をまじまじと見て朱音が問いかける。


「えっとー、私はラナ。地雷天使ラナですー。巡礼者(プレイヤー)をメタ的に補助するNPCの一人でー、主にイベント進行とかを司っていますー。姉のレナと共にシステム面の制御とかもやったりするんですけどー、そっちはあくまでもサブっていうかお手伝いっていうかー。あんまり詳しくはないんですよねー。本業はこうやってイベント達成者に報酬を授けたりー、イベントの進行が想定外のトラブルで詰んじゃわないように介入したり手助けしたりー。あ、あとジョブシステム周りの改善活動もやってましてー、それとそれとハウジングシステムとかー、テイムシステムとかのデバッガーだったりー、港区で行われている経済活動の解放イベントがもう少しで終わるのでー、そうなったら経営システムとかもやんなくちゃでー、ぶっちゃけもう手一杯で涙目ぴえんぴぎゃんっていうかー、もう無理っていうかー、助けてヘルプっていうかー。とは言ってもお姉ちゃんに比べたら全然仕事量少ないから泣きつくわけにも行かなくてー、他のシステム天使たち、特に戦闘システムを司っている人からは毎日毎日お叱りの長文メッセがウザいくらい──」


 朱音の問いかけにびくんと肩を揺らして、ラナは朱音からわざとらしく目線を逸らして早口で捲し立てた。


「な、なにを、しに、きたって……?」

 

 思考がまとまらずは早口の内容に追いつけない大河が、弱々しく口を挟む。


「──はっ、そうでしたそうでしたー。都市解放イベントの報酬と称号の授与をですねー。行いに来たんですよー」


 ラナは大河の虚ろな目をまっすぐに見て、その無表情な顔でわざとらしく驚く。


「その前に、大河さんは今立っているのもやっとなのでー、すこーしだけ元気にしてあげますねー。はい、ぎゅー」


「ちょっ、なにやってるの!?」


 そう言ってラナは両手を広げ、普段の位置よりも大分下がっていた大河の頭を抱きしめた。


 声を上げたのは大河でも朱音でも無く、未だ【看護(ナーシング)】で大河を癒し続けていた悠理だった。


「【神託(オラクル)】もどきー」


 ラナの気の抜けた声と同時に、キラキラとしたエフェクトが大河の身体の至る所で光る。


「離れてよ!」


「はいはーい、もう終わりましたよー」


 悠理の避難の声に応えたのか、それとも丸々無視したのか。

 ラナはあっさとと大河の身体から離れ、ブーツの(かかと)を合わせてまっすぐに立つと、大河の頬を両手で挟んで優しく持ち上げた。


「はいー、これでしばらくの間、大河さんは普段と変わらない体力と思考を保てますよー。これは【神託(オラクル)】って言う上位の回復魔法スキルのシステム的模倣なんですけどー。ほらー、ゲームのイベントシーンって倒れてるはずの仲間が普通に立ってたりピンピンしてたりするじゃないですかー。それをどうにか成立させようって、みんなで考えて作り出した簡易スキルなんですけどねー、ただ難点があってー。無条件での全回復は巡礼者(プレイヤー)への過度な介入になっちゃうって指摘されてー、しばらく経つと元の傷を負った状態に戻ったり、昏倒しちゃうっていう制約が課せられたんですよー。ほんとアイツなんもしないくせに文句だけやたら細かくてウザった──おっと、これ以上は禁忌に触れちゃうー」


 大河の頬を両手で挟みながらそう早口で捲し立て、唇の端をペロリと舐めとる仕草を見せる。


「これでいつもどおり動けるようになってるはずですー」


 そう言ってラナは大河の頬から両手を離し、一歩後ろへと下がった。


「あ、ああ。ありがとう……」


 ラナの言った通り、急速に頭が冴え渡ってきた大河が朱音の肩から腕を離し、自分の身体の様子を確かめるように色々なところを触る。


「じゃあー、これ以上空気をぶち壊して皆さんに恨まれる前にサクッと終わらせますねー。イベント達成者はクラン、『パークレジデンス自治組合』の皆様ー。代表者はサブリーダーである渡辺瑠未さんー」


 そう言ってラナは未だ何が起こっているのかを消化しきれていない、椎奈の背中を撫で続けていた瑠未へとその右手を差し出した。


 拳大の光の塊が、ラナの掌の上に急に現れてはスーっと瑠未の元へと飛んでいく。


「そしてクラン──えっとー、大河さんたちはクランネームを設定されていないのでー、とりあえず結成順であるクラン362と呼ばせて頂きますねー。代表者は常盤大河さんー」


 先ほどと同じ様に左手を大河へと向け、拳大の光の塊を飛ばしてきた。


「まずお二つのクラン共通の報酬をお伝えしますねー。まずは20万オーブとー、カース・セイレーン・ディーバの討伐素材各種ー。素材に関しては攻撃頻度に応じた確率での獲得となりましてー、中にはレアドロップも含まれていますのでこれは後ほど確認してくださーい」


 そう言ってラナは大河と瑠未のちょうど真ん中の位置に当たる場所へと歩を進める。


 そして『陽子』の隣で腰を下ろしていた瑠未へと顔と身体を向けた。


「次にー、パークレジデンス自治組合にはあのビルの専有権と内装変更用のインテリア・装飾品セットー×20。そして外観・内観変更用の工務チケット(大)無料版を四枚。工務チケットはイベント終了後にショップでも有料販売されるようになりますー。(大)だとあのビルだと大体4フロア分くらいの間取りの改築や見た目が変えられるようになりますよー。これはイベント開始の際に池袋に点在していたクランにのみ与えられる権利でー、外部から来た巡礼者(プレイヤー)には与えられない報酬なのでー、クラン362の皆様には申し訳ないんですけれどもー」


「び、ビルの専有権?」


 未だラナが何を言っているのか噛み砕けない瑠未が、ラナに問いかける。


「はいー、都市解放が成って、もうすぐ池袋は異変開始時期と同様の街並みを取り戻しますー。その際、外部から来た巡礼者(プレイヤー)や他のコミュニティー・クランの方々が皆様の住居を強奪しようと画策する事が十分考えられますー。それを防ぐための専有権。つまりあのビルを丸々クランの物と主張できる権利ですー」


「その権利を持っていれば、誰も奪えなくなる……の……?」


「専有権を保持するクランのリーダーから権利を強奪、または譲渡されない限りは、部外者はあのビルに一歩も踏み入れられなくなりますよー? だけど注意してくださいー。ジョブスキルの中には土地の権利を不法に掠め取るスキルだったりー、身分を詐称して他人に成りすまし、ビルに侵入してしまう事もできるスキルなどがありますからねー? 他にも専有権を奪い取る方法はたーくさんあるのでー……あ、あとクランリーダーが許可する事で他者を招き入れる事は普通に出来ますので、クランとあのビル──クランのアジトを運用する際は十分お気をつけくださいませー」


 ラナの説明の半分ほどが理解できない瑠未が、困った様に他の調達班のメンバーの顔を見て、そして最後に圭太郎の顔を見た。


「うん、瑠未姉大丈夫。なんとなくだけどオレが把握してるから、後で教えるね」


 現代っ子でゲームに明るい圭太郎の言葉に安心したのか、瑠未はほっと胸を撫で下ろした。


「もしわかんなくなったらー、『ぼうけんのしょ』でシステムの検索もできますのでご安心くださいー。アイテムの説明欄もキチンとお読みいただければ幸いですー」

 

 そう言ってラナはパンと軽く手を叩き、そして今度は大河へと向き直る。


「続いてクラン362の皆様への報酬なのですがー、大河さんが特別報酬の獲得条件を複数満たしておりますのでーたくさんありますー。まずは『湖底ダンジョン・サハギンファミリーの巣穴を個人(ソロ)で突破する 難易度★×9』の達成報酬である15万オーブと、各種レアドロップ素材詰め合わせセットー」


 ラナは相変わらず眉一つ動かさず、淡々と話しを続ける。


「そして『水野陽子の正体を単独で看破する 難易度 |★×11』の達成報酬ー、『セイレーンの竪琴』と『呪いのクリスタル』、そして『水精霊の結晶剣』。これは上級職へとジョブチェンジする為のアイテムですがー、大河さんたちはまだジョブチェンジの条件面が未達なので、使用するのはもう少し先の事になると思われますー。あ、売却するとかなりの高額になりますのでご自由にどうぞー」


 大河はぎゅっと唇を噛んで、ラナを睨んだ。


「俺は……報酬なんて、要らない」


 そして弱々しく、確固たる拒絶の言葉をぶつける。

 そんな物が欲しくて、『陽子』を殺したわけじゃない。

 

 それを手にした途端に、その恩恵を与えられた途端『陽子』の存在が軽くなる気がして、肺を締め付けられるほどに忌避感が募った。


「無理です。無理なんですよ。大河さん」


 ラナは大河の言葉を、しっかりと否定した。

 その声はさっきまでの間延びしたものでは無く真摯に、感情の篭った声だ。


「レナ姉様から聞いていると思います。今の廃都──東京は、巡礼者(あなた)を容易く殺してしまう悪意に満ち満ちています。だからこそシステム天使(わたしたち)は、少しでも巡礼者(プレイヤー)が日々を生き残れるようにと、こういったイベント報酬の場を無理やり設けて大切な事が伝えられるようにと画策しました。だからこの報酬は、無理にでも受け取って貰います。捨てるのも売るのも貴方の自由です。ですが、可能性だけは受け取ってください。ソレを活用したおかげで生き残れる場面があると、少しでもその可能性を感じられるのなら、私たちは何を言われようとこのアイテムを巡礼者(プレイヤー)に押し付けます」


 その無表情の瞳の奥に、明確で強い意志の光が宿っている。

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― 新着の感想 ―
こういうタイプの物語だとメンタル弱い奴から死んでくから、生き残ってるってことはある程度メンタルが強かったり、覚悟が極まってるのかと思いきや主人公も味方も一律に弱点が精神攻撃みたいなタイプなのが不思議。…
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