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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
日の出の塔 封印結晶の間
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錯乱②



「くっ、くくくくっ、くはっ、ははっ! ははははははははっ!」


 椎奈のルナアーチから繰り出される魔法を紙一重で避けながら、モルヒネによって与えられる多幸感により大河はついに笑い始めた。


 大きく見開かれた目は瞬き一つせず、ブーストアイテムによる充血を伴って、その笑顔はとても破壊的に見える。


「なっ、なにがおかしいんだよ! 笑うなっ! 笑うなぁあああああっ!」


 儀礼剣の先端から魔法を発動させた際に生じる発光(エフェクト)を次々に光らせて、椎奈は涙声で大河へと攻撃し続ける。


「やめて! お願い二人とも! 正気に戻って!」


「大河! ねぇ大河、変だよ! どうしたの! 返事してよ! 大河!」


 【防護プロテクション】の障壁の中から、瑠未と悠理が二人へと懸命に呼びかける。

 しかしその声は届いていない。

 違う種類の興奮状態にある二人に届けるには、あまりにも距離がありすぎた。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「しー姉! 椎奈姉ちゃん! オレの話をっ、くっ!」


「いいの? よそ見なんかして」


 椎奈へと追い縋ろうとした圭太郎へと、ディーバの結晶の槍が襲い掛かる。


「よっ、陽子姉! ぐっ、じゃ、邪魔をしないでくれ! 今は椎奈姉ちゃんが!」


 別々の方向から飛来する三本の結晶の槍を、圭太郎はそれぞれ両手に持つ快刀・乱麻で打ち払った。


「ごめんね、けー君。私だって邪魔なんかしたくない。でも、もう私の意志では何も止められないの」


「陽子!」


 圭太郎へと話しかける陽子の背後から、朱音が飛びかかる。


 右拳に纏った紫色の発光は、伏龍に備わる【帯電】のアビリティによる属性攻撃。

 通常攻撃に【雷】の属性を常態付与する。


「……朱音、どうしてかしらね。池袋に不意に訪れたのはアナタだって同じなのに……なぜかアナタを憎く思った事はないの。悠理ちゃんもかしら」


「ふっ、おっらぁああああああ!!」


 ディーバを守護するように飛来した結晶の槍が、時に折り重なって壁とない、時にその鋭い無数の矛先を朱音に向けて、まるで生きているかのように動く。


 朱音はそれらを右手の伏龍で殴る。

 朱音が今まで培ってきた空手の技で、時に払い、受け流し、押し開き、乱打する。


「陽子! ねぇっ、陽子聞いてっ! くっ、アタシはバカだから、今のアンタに起こっている事のほとんどがっ、理解できてないっ! アンタがっそのNPCだかなんだかでっ、アタシらや子供たちを殺すために存在しているとはどうしても思えないっ! だからっ、ぐぅうっ! アンタの今の気持ちもさっぱり理解できてないっ! ごめんっ!」


 額に玉のような汗を浮かべて、力みによる顔の紅潮や受けた傷から滲む血の色のせいで、今の朱音の姿は全体的に真っ赤に染まっている。


「でもこれだけは言わせて! 大河は! アイツは決して悪い奴じゃない! アタシだってまだ二ヶ月ちょっと、それだけしかアイツの事を知らないけれど! それでもアイツは! この池袋に来てからずっと! アンタや子供たちのために全力だった! 陽子にだって色々あって、それでアイツの事を憎んでるだなんて言ってるんだろうけどさ! お願いだからっ! アイツの事っ、理解して欲しい!」


 ディーバを守る為に次々に襲い掛かる結晶の槍を必死に捌きながら、朱音は今にも泣きそうな表情で懇願を叫ぶ。


 ここに至るまでの大河の怪我を見た。

 ここに至るまでの大河の覚悟を聞いた。


 これまでの旅で茶化しあい、ふざけ合い、簡単に人を殺せるような負の側面だって垣間見て、それでも朱音は大河を悪人だと思った事は一度も無い。


「……ええ、分かってる。分かってるわ朱音」


 結晶のドレスを翻し、ディーバはその右手を空気をなぞるように振り回した。


 パキパキと音を立て、地面や壁から新たな結晶の槍が生え空中を踊る。


「この感情(おもい)が、あの子への理不尽な八つ当たりだって……ちゃんと分かってるから」


 ディーバの表情は何一つ変わらない。


 感情の色を感じさせない、空虚な澄まし顔。

 いつもの陽子の見慣れた顔に、いつもの陽子ではあり得ない奇妙なまでの透明感を持って、その輝いた瞳が朱音に向けられる。


 朱音はそれが、悲しくて仕方がない。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ひっ、うぅっ、ぐぅううっ!」


 泣きじゃくりながら結晶の槍を弾き返す。

 剛志は己の無力さに、ひたすら絶望していた。


 圭太郎の様に覚悟を持って、陽子(ディーバ)と相対している訳ではない。

 朱音の様に何かを割り切って、決意を伴って陽子(ディーバ)と相対している訳ではない。


 大河の様に全てを背負い、傷つく覚悟を持って、自身の身と心をすり減らしながらここに立っている訳ではない。


 ただひたすらに流されて、何一つ理解できぬまま、何一つ飲み込めぬまま、それでも何かをしなければならないからと戦い始めただけだ。


 一方的に圭太郎に張り合う自分が、大河(だれか)に憧れるだけで変われない子供のままの自分が、とても幼稚に思えて仕方がなかった。


 大河に師事し、強くなる事でそんな自分を変えられると信じたかった。


「うぁあああっ! ちくしょぉおおおおっ!」


 陽子の事は、好きだ。

 あのマンションの子供たちもみんな、大事に思っている。

 一つ年上の椎奈だって、男の自分が守れるようにならねばと思っている。

 いつも忙しそうに子供たちの世話をする瑠未の事だって、慕っていた。

 剛志にとって今はもう、あのマンションの中の全てが世界の全て。


 だからこそ、自分以外のみんなが眩しくて仕方がない。


 自分の不器用さに、そして愚かさに打ちひしがれる。


 カース・セイレーン・ディーバと化した陽子の、その身体に剣を向ける事ができない、自分の弱さに打ちのめされる。

 結局、自分以外の誰かがディーバを止めてくれる事を願ってしまっている。

 そんな自分の浅ましさが、酷く滑稽に感じてしまう。


 一歩踏み込めば、ディーバへとその剣が届きそうな場面はいくつもあった。

 しかしその姿を、いつもの陽子の顔を見る度に、どうしても足が止まる。

 どうしても腕が、身体が止まってしまう。


「俺はっ! 俺はぁあああああああ!!」


 降り注ぐ結晶の槍を、大河に憧れて手にしたハードブレイカーで打ち払いながら、とめどなく流れる大粒の涙がまるで自分の弱さの発露の様に思え、剛志はまた、自分の事が嫌いになっていく。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「はぁっ、はぁっ! ねぇ死んでよ! もういいでしょ!? もう、みんなボロボロじゃないか! ねぇ!」


「ふは、ふははっ! ははははははっ!」


 目元は苦悶の色に染まりながらも、なおも破滅的な笑みを止めない大河に得体の知れない恐怖を感じる。

 儀礼剣ルナアーチに内包されている中級魔法スキル。【業火(フレイム)】、【竜巻(トルネード)】、【洪水(フラッド)】、【石槍(ストーンスパイク)】、そしてもう一つ。

 これらは【火炎】などの初級魔法に比べ、非常に大きな体力の消費(コスト)を必要とする。

 MPという概念が無い『東京ケイオス・マイソロジー』。


 レベルが上がり、剣を抜剣(アクティブ)状態にする事で自身に上乗せされる数値(パラメータ)は、異変以前の椎奈ではありえないほどの身体能力を発揮させていた。

 その体力が、もうじき尽きる。

 

 感情に任せて乱発したどの魔法も、結局は大河に有効なダメージを与えていない。


 戦闘経験と複数のブーストアイテム、そしてこの混沌とした状況によって感覚が研ぎ澄まされている今の大河にとって、仲間との連携も無い力任せに放たれた魔法攻撃など、脅威足り得ない。


 椎奈の周囲をぐるぐると迂回する様に、天井や壁、地面を蹴って舞い踊る大河はじりじりとその距離を詰めてくる。

 

 大河が椎奈に肉薄するのが先か、それとも椎奈の体力が尽き果てるのが先か。


 どちらにせよ、その時はもうすぐそこまで来ている。


()だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!」


 幼い子供の様に頭を振って、椎奈は大河への怖気(おぞけ)と陽子を失う恐怖を必死に否定した。


「こんな奴に! こんな奴にぃいいいい!」


 儀礼剣を両手に構え、頭上に掲げる。


「うわあぁあああああああ!! 【雷剣(ライトニング)】!!」


 椎奈にとっての、最後の切り札を切った。


 力を込めれば込めるほど威力が増し、その雷の刀身を伸ばす魔法スキル。


 注ぎ込む力の加減がどうしてもうまくいかず、0か100かでしか発動しない自身の手持ちのスキルで一番扱いが難しい魔法。


 すでに目の前にまで迫り来る大河に対して、他の魔法の有効射程ではもう止められないと判断した。


 破裂音を伴って(ほとばし)る稲妻の剣を、その憎たらしくも悍ましい笑顔に向かって振り下ろす。


「死ねぇええええええええええええっ!!!」


 だがその剣は、虚しく空を斬って──。


「ごめん」


 ──床を砕く破砕音、その衝撃が椎奈の身体を強く揺らした。


 耳元で聞こえた大河の声は、消え入りそうなほど小さく、そして弱々しかった。

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