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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
パークレジデンス池袋(仮)
105/232

不在②


 夕暮れ迫る朱色に染まった湖面を、スミレの背中がゆっくりと流れていく。


「きゅう!」


「ああ、俺にも見えた。ありがとうな。急いでくれて」


「きゅううっ!」


 スミレは種族の象徴でもある長い一本角を激しく揺らしながら、大河の言葉に大袈裟に喜ぶ。


「俺の考えすぎなら、それで良いんだ……」


 大河は思い詰めた表情で、今回の短い旅の目的地の一つをじっくりと眺める。


「頼むぜ、(りょう)


 視界の中で徐々に大きくなっていく、一本のビル。


 念の為サンシャインを大きく迂回し、半日掛けて辿り着いたそのビルは、パークレジデンス池袋よりもかなり小さく、水面から見える階層は4階分しか残っていない。


 スミレが目立つのか、それとも偶然か。

 最上階からこちらを指差し、何かを喚いているような人影が見えた。


「まずは、こっちに敵意が無い事を全力でアピールしないとな。行こう、スミレ」


「きゅうううっ!」


 スミレの愛嬌と悠理と相談して決めた文言だけを頼りに、大河とスミレはゆっくりとそのビルへと近づいていく。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「しー姉! 頼んだ!」


「うん! 【石槍(ストーンスパイク)】!」


 ドン・サハギンを中心とした三匹のサハギン・マフィアの群れが、空中に突如現れた灰色の三角錐──石の槍に貫かれて絶命した。


 ルナアーチの持つ魔法スキル、【石槍(ストーンスパイク)】は、一体の敵を指定するとある程度その周りのモンスターまで攻撃してくれる優れたスキルだ。


 その分、体力の消耗が他の魔法よりも若干多いが、今調達班たちが居る地下二十四階層は何らかの突発的なトラブルさえ無ければ、特に苦もなく攻略ができるようになっていたので問題は無い。


 すでに帰還陣は見つけてあるので、いざとなれば潔く撤退すれば良い。


「よし、休憩にしよう。ありがとうしー姉」


「ううん、けーくんの指示が良かったから簡単だったよ」


 圭太郎と椎奈の会話をきっかけに、調達班の面々が思い思いの体勢で身体を休ませる。


 余力がある内にこの階層の戦闘に慣れておき、常に余裕を持ってダンジョン攻略をする事が、圭太郎が最初から掲げていたチームのスタンスだ。


「十五階のアレ以来ビビってたけど、大河兄が居なくてもなんてことなく攻略できたな」


 つい先日、大河と同じハードブレイカーへと『剣』を成長させた剛志が床に転がっているサハギン・マフィアの死体を蹴りながら圭太郎に話しかけた。


「全体の難易度的には上がってるんだけど、やっぱりオレらのレベルが上がったのと、大河兄に鍛えて貰ったのが効いているんだと思う」


 二刀一対の短刀、快刀・乱麻を腰の鞘にしまいながら、圭太郎は周囲を見渡す。


「みんなは大丈夫?」


「ああ、怪我をしても悠理ちゃんがあっという間に治してくれるから、みんなまだ平気だよ」


回復役(ヒーラー)ってやっぱ大事ねぇ」


「死角から襲ってきても、朱音ちゃんが倒してくれるもんね」


 大河の指導が始まってから増えた調達班の人数は二十三人。


 それぞれが四人でパーティーを組み、前後左右を確認する事で死角を潰すよう動いているのだが、それでも乱戦となるとどうしても意識の空白が生まれてしまう。

 それをカバーしているのが、チームから外れて単独行動を許されている朱音だ。


 未だ経験が浅い者を中心にフォローしながら、身体数値(ステータス)上誰よりも優れている『知覚』をフルに活用して索敵を担っている。


「いやぁ、大河が居ないの地味にしんどいわ」


「大河の分の仕事も、朱音さんがやってるもんね」


 一人床に手足を伸ばしてダレている朱音に、悠理がスマホから取り出した飲料水のペットボトルを手渡す。


 本来、遊撃として動く朱音にアバウトながら的確な指示を出していたのが大河だ。


『朱音さん、そっちがなんかクサイ』


『今は前に出るより、後ろに居た方が良いかもしれない』


『今だ! 突っ込め朱音さん!』


 などの、直感的ゆえに朱音にとってかなり分かりやすい指示を飛ばしながら自分も多くの敵を葬っていたのが大河だ。


「ずっと一緒にいると薄れてくるけど、アイツやっぱデキる男よねぇ……」


「えへへ」


「なんでアンタが照れるのよ」


「だって、大河が誉められるのが嬉しいんだもん」


 顔を赤らめて満面の笑みを浮かべる悠理から、朱音は目を逸らす。


「片方が居なくてもイチャつけるとかよぉ。マジでよぉ……」


「なに? どうしたの朱音さん」


「なんでもないわよ! 圭太郎! こっからどーすんのかそろそろ決めないと、アンタらが良くても先にアタシが潰れるわよ!」


「わ、分かってるよ! しー姉は、体調はどんな感じ?」


「ボクは大丈夫だよ。まだイケる」


 ダンジョンに潜っている間、椎奈と圭太郎は必ず隣に立つよう気をつけていた。


 貴重な遠距離攻撃を持つ椎奈は調達班全体の火力ソースでもあり、主力でもある。


 さらにはルナアーチの持つアビリティによって、決まったジェスチャーをすることで詠唱無しに三つまで魔法が使える椎奈は、悠理が来る以前は前線での回復要因としても重要な存在だった。


 他のメンバーよりもレベルが高い椎奈は魔力の身体数値(ステータス)が誰よりも抜きん出ていて、初級の回復魔法である【手当(トリート)】も他のメンバーのそれよりも回復量が多く、そして若干ではあるが回復速度も速かったのだ。


 無詠唱のメリットは咄嗟に動けることが大きい。


 手をかざす動作を【手当(トリート)】の発動トリガーとしてセットし、それだけですぐに回復が始まる。

 ほんの数秒、もしくはコンマ単位の誤差かも知れないが、それが命運を分けるかも知れないとなる馬鹿にはできない。


「剛志はハードブレイカーとその盾、まだ慣れてないだろ?」


「ぐっ、ぶっちゃけちょっと使い難いなぁとは感じているけどっ、大河兄にも前に出過ぎるなってキツく言われてるから、まだ平気だ!」


 大河から譲り受けたお下がりの盾は、ドワーフの大工房で購入した時の使っていなかった余り物だ。


 メインで使っているラウンドシールドが壊れた時の予備として持っていたが、大工房で修繕した時に強度を高めているので、しばらく出番は無いだろうと剛志に譲り渡した。


「みんなが我慢してあんな高いオーブを俺に使ってくれたんだ。ここで弱音なんか吐いたら、大河兄に笑われちまう」


(別に大河は、そんな事で笑わないんだけどなぁ)


 剛志の言葉に、悠理は胸中で軽くツッコミを入れる。

 むしろそんな簡単な事で笑ってくれるなら、どんなにありがたいことか。


 かの想い人は穏やかで優しい性根だが、笑うというには静かすぎる笑みくらい、爆笑なんていつかのドワーフたちの宴会でしか見れていない。


「うーん、とりあえず……また十五階層みたいなモンスターを呼び寄せるトラップが仕掛けられていても嫌だし、二十五階層には降りないってことで」


「じゃあ、もうすこしここでオーブ稼ぎと食材稼ぎをする?」


 圭太郎の判断に、椎奈が可愛らしく小首を傾げる。


「うん、まだ見て回ってないところもある。もしかしたら繭──宝箱があるかも知れない。今まで通り、みんな離れないで探索しつつ、モンスターを狩ろう」


「うん、分かった」


 椎奈は楽しそうに二つのおさげを揺らして頷いた。


(こう見ると、年齢より幼く見えるんだよねこの()


 悠理は、そんな椎奈を注意深く観察していた。


 圭太郎と陽子、そして瑠未と接している時の椎奈は、とてもじゃないが中学三年生には見えない。

 遠慮なく甘えているようにも、頼り切っているようにも見える。


 少しあざとさすら垣間見えるその振る舞いに、悠理はあの無限回廊で迷っていた時の自分の姿がダブる。


 閉鎖的なダンジョンと、いつ終わるかも分からない同じ景色んのループに情緒を狂わされ、大河という頼れる存在に身も心の依存し始めていたあの時を。


 依存しているのは今も変わらないと自覚はしつつも、それでもあの時の錯乱っぷりに比べればかなりの落ち着きを取り戻してはいる。


 そんな思い出すのが少し恥ずかしい頃の自分と今の椎奈が、悠理の目には重なって映るのだ。


(逆に大河への態度が、ものすごく悪い……私や朱音さんには少し距離を置きながらもそう怖がっているそぶりを見せないのに、大河にだけ明らかに嫌悪感を持っている……)


 隠しきれないのか、隠そうとしていないのか。

 

 側から見ていても気分の良い物じゃないそれに、悠理はかなり苛立っている。


 大河がなんとかしようとしていると分かっているので口を挟んだりはしていないが、そうでなければ問い詰めて説き伏せていたかも知れない。


(なにより、この()が大河に何かをしようとしているのなら──)


 この手で、それを止める。

 さらに言えば、殺すことも厭わない。


(さすがに、あれだけレベルの離れた相手に対して何かをしようとは思っていないだろうけど)


 成美 悠理にとって、どれだけ人間関係が増えようと、どれだけ親しい存在になろうと、大河以上は存在しない。

 仮に朱音がなんらかの理由で大河へと殺意を向けたとしても、悠理は戸惑うことなく朱音を後ろから刺せる。


 育ちの良さと本来の気質から上品かつおしとやかに見られているが、悠理の本質は、苛烈なまでの深い愛なのだ。


(大河が見えない、気づかない部分は──私が)


 悠理の想い人は、アンバランスな男だ。


 何の感情も乗せずに人を斬り殺せる一面を持つ一方、情に脆く絆されやすいという不安定さを併せ持つ。


 それこそが悠理が大河に惚れ込んでいる要因で、もっとも愛すべき部分ではあるが、あまりにも弱点となりやすい性質──弱みでもある。


(あの人は、なんでもかんでも自分でなんとかしようとしちゃうから)


 椎奈と、悠理。


 似て非なるように見えて、根っこの所で全く同じ感情を持ち、それを軸として動く女。


 悠理は大河が、椎奈は圭太郎が全てだ。


 性格も生き方も違う二人にとって、愛する男の為なら狂っても構わないという情念だけが共通している。


 それはあまりにも危うい感情と動機。

 いつ破裂してもおかしくない、時限爆弾。


「圭太郎!」


 休憩中に見張りに立っていたメンバーの一人が、突然大声を張り上げた。


「ど、どうしたの!?」


 呼ばれた圭太郎が、快刀・乱麻を鞘から抜き放ちながら慌ててそこに駆け寄っていく。


「こ、これ! 今まで気づかなかったんだけど、試しに角の先を覗いたらこんなものが! ほら、ここを見てくれ!」


 彼が居るのは、丁字路になった道の一方の角。


 休憩を取る為に立ち止まった一向が、あえて進まないようにと確認していなかった道。


 その先に、それはあった。


「こ、これは……」


 圭太郎はソレを見ながら、緊張で乾く喉にゴクリと唾液を送った。

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