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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
パークレジデンス池袋(仮)
102/234

指導①


「大河兄! どこ行くの!?」


「んー? 圭太郎と剛志と、あと椎奈を連れてレベル上げに行ってくるな」


 大河の腰に纏わりついてくる子供の頭を、優しく撫でる。


 一人が寄ってくると、自然ともう一人、更に一人と、時間が経てば経つほど大河の周りに子供たちが集まってくる。


「いいなぁ! 僕も大きくなったらダンジョンに入ってモンスターと戦うんだ!」


「ここで『剣』を出したら陽子姉と瑠未姉にめっちゃ怒られるから、プラスチックのバットで素振りして練習してるんだよ!」


「でもお前、全然上手くないよな!」


「ゆうちゃんだって!」


「俺はお前より上手いぞ!」


「なにをー!」


「なんだよ!」


「喧嘩すんなって。ほら、もう出発すんだから離れた離れた」


 大河は喧嘩を始めた二人の頭を優しく掴んで、そっと引き離す。


「一日留守にするけど、土産持ってきてやるから仲良く待ってろな?」


「お土産!? わかった!」


「待ってる!」


 その様子は尻尾を振った中型犬の群れにじゃれつかれているみたいで、見ていて飽きない。

 自分がこんなにも子供の面倒見が良いとは、大河は思っても見なかった。

 それを悠理に伝えると、『良いパパになれるね!』となんだか怖い返しをされたが、変に否定するとなんか怖いので無難な言葉でお茶を濁したりして。


「んじゃ三人とも、準備できてる?」


「はい!」


「うす!」


「……はい」


 元気よく返事をする圭太郎と剛志に一拍遅れて、椎奈が静かに頷いた。


「えっと、今日は目白から少し歩いた草原のフィールドで、野菜系のモンスターを狩るついでに連携を深めようって感じで」


 未だに先輩ぶるのが苦手な大河は、特に椎奈に対してどう接して良いかが分からない。


 今の言葉の反応を見てみようと視界の端でちらりと見るが、暗い表情のまま足元を見ているだけでなんの感情も読み取れなかった。


(やっぱ、嫌われてんのかな)


 今までの人生で人に明確に嫌われた記憶が無い。

 中学の2年間は親友の綾以外の同級生と、ほぼほぼ接点を持たずに過ごしていたので、嫌われるというよりは認識されない──もしくは居ても居なくても影響の無い奴──という扱いだった。


 それは大河が自ら望んで構築した人間関係なので、誰にどう思われようと特にダメージを受けたりはしなかったのだが、このマンション内では違う。


 狭い生活環境の中での共同生活だ。

 頻繁に顔を合わせるし、会話も必要となる。


 もっと言えば、調達班の主力メンバーである椎奈とはダンジョン攻略において連携を取る必要があり、今のような不和があってはそれもままならない。

 

(あー、こう言う時どうしたら良いかわかんねーんだよなー……人生経験って大事なのな……)


 もし、もっと積極的に人に興味も持っていたら。

 もし、もっと積極的に人に関わろうとしていたら。


 中学時代に意識改革をしていれば、もっと円滑なコミュニケーションができるようになっていて、椎奈とも普通に会話できたかもしれない。

 

 かつて親友に言われた言葉が思い起こされる。


『僕以外ともちゃんと喋れるようにならないと、困るのは未来の自分なんだよ?』


(おう、綾よ。まさに今の俺が困っているぞ。助けてくれ)


 腕を組んで天井を見上げ、もうこの世にいない親友に助力を求めるが、返事が返ってくることなどあるわけがなかった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「剛志! そっちは深追いしなくていい! どうせ残り一匹になったら捨て身で突っ込んでくるだけだから放っておけ!」


「うす!」


「椎奈は圭太郎だけじゃなくて剛志のフォローもしてやってくれ!」


「う、うん」


 草原フィールドでの狩りは、問題点こそ豊富にあるものの危なげは無かった。


 圭太郎と椎奈のレベルは10、剛志は8。


 これは新宿で生活していた時の大河と悠理のレベルとほぼ同じで、更に目白寄りの草原フィールドに現れるモンスターは、目白のシティフィールドとほぼ変わらないラインナップ。


 もう何匹討伐したか数えきれないほど慣れている相手なので、攻撃パターンも大体読めている。


 なにより圭太郎の戦闘センスがずば抜けていて、正直大河が面倒を見る必要なんて無いんじゃないかと思うほどだ。


「やっぱ問題は、椎奈と剛志の方か……」


 元々戦闘経験が豊富でレベルが高く、自分の適性を熟知している圭太郎には大河の目から見て直すべき所が見当たらない。


【敵の背後を取り、弱点部位を攻撃しトドメを刺す(200体)】


 と言う隠しフラグによって成長した圭太郎の『暗殺双剣(デュアルダガー) 快刀(かいとう)乱麻らんま』は、持ち主の戦闘スタイルと元々の気質にかなり合致していて、敵の背後を取りつつ致命の一撃を与える戦法がかなり強力なのだ。


「圭太郎、ジョブスキルの方はどんな感じだ?」


 池袋にはドワーフの大工房のように、ジョブオーブを合成できる施設が(今の所)存在していなかった。


 なので調達班の面々はチュートリアルクエストをクリアした者から初期職のジョブオーブを融通してもらい、それを使い回して熟練度を貯めていたらしい。


「うん、かなり……手応えがあるって言うか……なんか、楽しい」


 圭太郎の今のジョブは、『戦士』と『盗賊』のジブオーブを合成した『暗殺者』だ。


(怖いこと言うなぁ)


 大河は圭太郎の様子に若干引き気味だった。


 なにせにぎにぎと右の赤い短刀、『快刀』の握り具合を確かめつつ危ない笑みを浮かべている。


(大多数を守ったり指揮したりってのに向いてないんだよな。あの『剣』のアビリティ……)


 圭太郎の『剣』はその名前の示す通り、暗殺──不意をついての一撃に特化した『剣』だ。


 相手の背後に位置していた場合攻撃の威力が上がる【背襲】。

 暗所に存在する場合に限り自身の素早さが二倍になる【暗駆】。

 息と動きを止める事で敵に感知され難くなる【潜影】。


 快刀・乱麻には以上の三つの強力なアビリティがある代わりに、攻撃スキルが無い。


 朱音の伏龍と違いデメリットや副作用こそ無いし効果は強いのだが、用途が微妙に限られているアビリティばかり。


 考えれば考えるほど、指揮をしながらのダンジョン攻略に向かない。

 

 なら何故圭太郎がこの『剣』を成長させたかと言えば、洪水の第一波が来る前に組んでいたパーティーでは、敵陣をかき乱しながら背後を取って隙を付くというアタッカーポジションだったせいだ。


 大河が聞いた話では、そのパーティーのリーダーは三十代後半のサラリーマンで、彼が昔ハマっていたMORPGの内容が今の東京に適用できると言う事をメンバーに力説した結果、メンバー四人がそれぞれ好んだ役割(ロール)を分担する様になったらしい。


 最前線で敵からの注目を集め、被弾しながら敵を撃破するタンク。

 中距離から魔法を放つマジックアタッカー。

 最後列で味方の傷を癒す事に集中するヒーラー。

 乱戦の最中に敵の中枢へと飛び込み、確実に相手を葬るアタッカー。


 それらの役割(ロール)を設定し、どのようなモンスター相手にも盤石な布陣で挑めるようにしていた。


 この場合、圭太郎はアタッカーである。

 よりゲーム的に言えばDPSなる種別に分かれるが、あまりMMOに明るく無い大河と圭太郎には知る由もない。


 『剣』を快刀・乱麻に成長させたのもその時だ。

 堅実に攻撃のリソースを増やす手段として、最も攻撃頻度の高い圭太郎の武器を強化する方針だったらしい。


「暗殺者のスキル、普通に強いしお前向きだったと思うぞ」


「だよね……最近は食糧確保にオーブを割いてて全然レベルアップできなくて、快刀・乱麻のアビリティだけじゃ頭打ちな気がしてたんだ。久しぶりに自分が強くなったって実感がある」


 圭太郎はさっきとは逆の左手に握る『乱麻』を持ち上げ、またにぎにぎと握り具合を確かめる。


 弱点部位を正確に撃ち抜く事で防御力を無視できる【バックスタブ】。

 自分の影から相手の影へと瞬間的に移動する【シャドウライン】。


 暗殺者のジョブが持つこれら二つの攻撃スキルは、体力の消耗こそ激しいがスキル使用後のクールタイムも短く、使い勝手の良いスキルだ。


 他にも自身の周囲の地形をある程度読み取るアビリティや、跳躍中にもう一度跳ぶ事のできるアビリティなど、暗殺者のジョブは大河の『剣闘士(グラディエーター)』に比べてかなり汎用性が高いジョブだった。


(俺も今からでもジョブを変えた方が良いかな……)


 実は今のジョブやスキル、更にスキル使用に必要な盾の装備を持て余している大河は、圭太郎のスキルが羨ましくて仕方がなかったりする。


(でも、朱音さんや悠理との連携は上手くハマってるからなぁ)


 なまじ現状が上手くいっているせいで、ジョブを変えた事でパーティーの戦術が破綻する事を恐れているのだ。


「えっと、圭太郎に関しては暗殺者のスキルに慣れるってのがメインの課題かな。剛志はまず初期職の熟練度を全部上げないことには始まらないし、椎奈は──」


「魔法を、ちゃんと使い分けることですよね」


「──はい」


 言葉の途中で割り込まれた大河が、椎奈の暗い視線に若干気圧される。


「ボクの欠点は、ボクが誰よりもわかってる──ます。だから言われなくても大丈夫──です」


「う、うん。じゃあ、言わない……」


 冷たく突き放された印象さえ感じ取れる物言いと視線に、大河のメンタルがメコっと音を立てて凹んだ。


「し、しー姉。そんな言い方しなくても」


「だって、前からけーくんに言われていたことだもの。変な言い方したのは──ごめんなさい。ボク、目上の人が苦手なんです」


 ぺこりと頭を下げた椎奈に、大河は慌てて首を振る。


「あ、いや。敬語が苦手なのは俺も一緒だし、人付き合いが苦手なのは俺も──何言ってんだ俺。だから、あの、気にして……ない……から」


 嘘である。


 歳の近い、しかも女子に面と向かって苦手と言われ、大河は生まれて初めての傷を心に負ってたりする。


(ああ、昔の俺もこんなんだったのかなぁ。これから気をつけよ)


 なぜ椎奈の一挙手一投足がこんなに気になるかと言えば、それは椎奈の姿がかつての自分とダブるからだ。


(圭太郎もなぁ。なんていうか、俺と似ているところあるしなぁ)


 特に気にも留めていなかった過去が、圭太郎と椎奈という形になって大河を追い詰めている。


 人のふり見て我がふり直せ──では無いが、かつての自分が周りからどう見られ、どう受け止められていたかが如実に分かってしまい、心が締め付けられるようだ。


「じゃ、じゃあ。俺は剛志をメインに指導するから、二人は今の課題を協力して克服しよう。ここは目白と草原の境目だから、建築物さえ見失わなければ迷うこともない。だけどあんま離れるなよ?」


「はい!」


「うす!」


「……わかりました」


(本当は椎奈に、戦闘が長引くと圭太郎に援護が集中する癖を指摘しようと思っていたんだけどなぁ)


 しかしそれを言うとより椎奈から拒絶される気がして伝えられなかった。


(やっぱ俺、先輩に向いてないんじゃ)


 大河は腕を組んで、空を見上げる。

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