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8 今日の一番の目的


(オスカー、行っちゃった)

 今日はずっと二人だけでいられると思っていたのに、そうじゃない時間が長かった。一緒にいたくてセノーテの中に誘ったのだけど、早々に出て行かれてちょっとさみしい。


 水の中に浸かっていると、確かに魔力が回復していくのがわかる。それはとてもありがたいが、少し残念な気持ちもある。

(オスカー、ちょっと困ってた、わよね……。やっぱりキスはしたくない……?)

 彼からの提案だったから、してもいいのかと期待したけれど。その答えは保留されたままだ。

 自分が分け与えるのと違って、もらう方が加減が難しい。そういう意味では、今の形の方が安全ではあるが。


(……私ばっかり、彼がほしいみたい)

 優しく抱きしめてくれたり、ホウキに乗せてくれたりしたのもすごく嬉しくて幸せだったけれど、もっと触れたいし触れてほしいと思う自分がおかしいのだろうか。

 つきあうことになったのだから、キスは解禁されないのかと思う。


 ルーカスが言っていたことを思いだす。

「ちゅーのひとつでもしてやったら?」

 現実味を帯びたけれど、彼がそれを望んでいるかがわからない。

「オスカー……」

 聞こえないのを知りつつ名を呼んで、指先で自分の唇に触れる。

「大好き……」

 どこまでも好きが止まらなくて、少しでも多く触れたくなる。彼は落ちついているのに、自分はずっとこんな感じで恥ずかしい。今まで全てあきらめて、ガマンしすぎた反動もあると思う。



(……そろそろいいかしら)

 全回復ではないけれど、空間転移で帰ったり、もう少し何かあって対応したとしても大丈夫そうなくらいだ。

 陸に上がって服と髪を乾かしてから、ホウキに乗って外に出た。

「お待たせしまし……」

 言いかけて、視界に入った彼の姿に悶絶する。


(待って! 上! なんで脱いでるの?!)

 彼は上を濡らすほど深く入っていなかったはずだ。目のやり場に困る。

 ほどよく引き締まった、鍛えられた体だ。つい、あの腕の中に居られた時を思いだしてしまう。

(お願い、雑念どっかいって……)

 心臓がバックバクだ。


「ヌシ様!」

「あ、こっちに来ていたんですね」

 ピカテットが視界に飛びこんでくれて助かった。

 その後ろでオスカーが急いで服を着て整える。

「ヌシ様。ヌシ様はオイラのこと、雌ってわかってますよね」

「え」


「あ、やっぱり、魔物の性別はわかりにくいですか? オスカーともそんな話をしていたんです」

「そうなんですね。はい。詳しい人はわかるかもしれないけど、私はわからないです」

「ヌシ様の元にいれるようになった時のために、プリティな雌の名前をぜひ、考えておいてください」

「ふふ。そうですね。わかりました」

 オスカーの近くに降りてホウキを消す。


「あと、ニンゲンって面倒らしいですね。オスカーにどうしてつがわ……」

 オスカーが俊速で、ピカテットの口を塞いで連れ去った。

「?」

 いつの間にかオスカーを名前で呼んでいるし、自分がセノーテにいる間に二人はだいぶ仲良くなったらしい。





▼  [オスカー] ▼



 ジュリアには聞こえないように少し離れて小声で釘を刺す。

「さっき自分に言ったことを、絶対に彼女には話すな」

「さっき?」

「自分が彼女と……、番いたいと思っていることについて、だ。自分にしたのと同じ質問も禁止だ」

「ダメなのか?」

「ダメだ。もし言ったら丸焼きにする」

「ニンゲンって面倒だな。ただの本能の話なのに」

「ああ。魔物おまえたちと違って面倒なんだ……」





▼  [ジュリア] ▼



「じゃあ、帰りましょうか」

「ああ」

 差しだした手に、そっと手が重ねられる。まだどこか壊れ物を扱うような手つきが、とても愛しい。

 ピカテットは肩に止まらせて、空間転移で元来た辺りへと戻る。

「……あ」

「日が傾いてきているな」

「すみません、時差のことをすっかり忘れていました……」


「門限はあるのか?」

「正確には決められていないのですが……、夕食を食べて帰るなら一報入れた方がいいくらいでしょうか」

 先週のことがなければ、今日は帰りが遅くなるかもしれないと言って出たと思う。けれど、朝の時点ではすぐ帰る可能性が高いと思っていたから、帰る時間については何も言ってきていない。


「そうか……」

 オスカーが考えるように視線を落とす。

(帰りたくない、なんて、言ったら迷惑よね……)

 明日は普通に仕事だ。彼もあまり遅くならない方がいいだろう。それはわかっているけれど、まだ離れたくない。


「……帰したくない、が。あまり遅くなるのはクルス氏が心配するだろうし、もうシェリーさんは夕食を用意していそうだからな……」

(ひゃあああっっっ)

 彼が帰したくないと思ってくれているのが嬉しすぎる。が、両親との関係を考えると、彼が言うとおり今日の夕食は帰った方がいい気がする。

 その前に、元々の今日の一番の目的を果たしたい。


「あの……、帰る前に一ヶ所、つきあってもらいたいところがあるのですが」

「どこへでも」

「ありがとうございます」

「ピチチ!」

 ピカテットが鳴き声をあげた。魔物と会話する魔法は解けたようだ。街中で話されても困るから、ちょうどいいタイミングだ。

 それぞれでホウキを出す。帰りも乗るかと聞かれるのを期待しなかったわけではないけれど、自分から言うのはしばらく封印だ。ドキドキしすぎて心臓が持たない。


 暗くなり始めた空を、並んでゆっくり飛んでホワイトヒルに向かう。

「帰ったら、両親に報告してもいいですか? ……その、ちゃんとおつきあいすることになったことを」

「ああ。もちろんだ」

「それで……、次はいつ、仕事以外で会えますか?」

 忙しいのに申し訳ないという気持ちで聞いたのに、オスカーが嬉しそうに笑ってくれる。嬉しい。

「週末、どちらか片方。ジュリアの都合がいい方で固定できればと思う。もう片方は訓練に使えるとありがたい」


「えっと、それは……、毎週……?」

「できれば、あまり休みを入れない方が効率が……」

「あ、いえ。そっちじゃなくて。その……、毎週、私が時間をもらっていいのかなって。私はすごく嬉しいけど……」

「……むしろ自分が、ジュリアといたい」

(ひゃあああっっっ)

 とっくに心臓を貫かれているのに、何度でも輪をかけて刺さってくる。嬉しくてついニヤけてしまう。


「あの、じゃあ……、できれば土曜日が」

「わかった」

 都合だけで言えば、土日のどちらでも構わない。特に予定があるわけではない。

 けれど、日曜日にこんな気持ちでいたら、絶対に翌日の仕事に支障をきたすと思う。既に明日、普通にしていられる自信がない。間に一日挟んで落ちつけた方が助かるから、土曜日がいい。


 ルーカスが教えてくれた小物の店の前でホウキを降りる。

 先週購入して魔道具師による耐性付与を依頼してから、受けとりに来る気力がなくてそのままにしていた。

 受けとりに来たことを告げると、店員がすぐに用意してくれる。頼んだ通り、プレゼント用の箱に入れてある。確認後、持ち運びやすいように袋に入れてくれた。


 店を出てから、それほど人目がなくて邪魔にならない場所でオスカーに差しだす。

「一日早いけど、明日は二人になれるかわからないので」

 明日、昼か夜に食事にさそうのも考えたけれど、どちらにしろプレゼントを職場に持って行かないといけなくなる。なんだかんだと邪魔が入りそうな気がするから、今日渡すことにした。


「お誕生日、おめでとうございます」


「……」

(あれ? 無反応? っていうより、固まってる……?)

「知って……、ああ、前の……」

「はい。今日は、あなたの誕生日をお祝いしたくて。時間を作ってほしいと……」

 ふいに抱きしめられた。

(ひゃああああっっっっ)

 嬉しいのと恥ずかしいのと嬉しいのと嬉しいのと嬉しい。

 心臓が飛び出しそうだ。


「……ものすごく、嬉しい」

 耳に落ちる声がくすぐったい。

 大好きを込めて、しっかりと彼を抱きしめ返す。そうできるようになったことが、すごく嬉しい。

「正直……、幸せすぎて、どうしていいかわからない」

「……私もです」


 視線が絡まる。

「ジュリア」

「はい……」

 自分を呼ぶ声がどこまでも甘い。

 心臓が早鐘を打ち続けている。

(キス……?)

 場所は気になるけれど、期待してしまう。


 オスカーの顔が赤い。どこか言いだしにくそうにしながら、勇気を振りしぼったように言葉が続く。

「手を、繋いでも?」

「……はい」

(かわいい!!!)

 オスカーがかわいすぎる。大好きで大好きで大好きだ。

 空間転移の時のような必要性があってではない。純粋に思いを重ねるための触れあいは、やはり特別な感じがする。


 そっと手が触れあう。普通に握られたのを握り直して、恋人つなぎにした。それだけでドキドキが止まらない。

「……家の前まで送っても?」

「いいんですか?」

「ああ。……少しでも長く一緒にいたい」

(ひゃああああああっ……)

 さっきからなんということを言うのか。殺しにきているとしか思えない。

 ホウキで飛んだり馬車に乗ったりすればすぐの距離を、手をつないだままゆっくり歩いていく。

 もう少しだけ。今日の終わりに抵抗するかのように。


「……二月ふたつき以上先の話になって申し訳ないのだが」

「はい」

「セイント・デイは一緒にいられるだろうか」

 魔法卿に、絶対に仕事を空けて奥さんといるように言ったうちの一日だ。

 十二月二十五日、セイント・デイ。恋人たちの聖なる日とされている。


「はい、もちろ……」

 答えかけて、止まった。その日は確か、特別な日だったはずだ。

「……すみません」

 繋いだ手がわずかに、驚いたように揺れる。


「一緒にはいられるのですが。一緒に、行ってほしいところがあります」

「行ってほしいところ?」

「はい。今日話した、ダークエルフの師匠なのですが。普段は世界中を流れていて、どこにいるかわからなくて捕まらないんです。

 今は向こうが私を知らないから、魔道具で手紙を出しても受けとってもらえるかわからないし。

 けど、一年に一日だけ。セイント・デイには、特定の場所にいるのがわかっているので。その日に会いに行く以外、会う方法がなくて」


「……わかった。なら、その日は先にジュリアの師匠に会って……、戻ったら、少しいい店で食事でもどうだろうか」

「嬉しいです」

「予約しておく」

「ありがとうございます」

 今くらいの時期ならまだ間に合うだろうか。セイント・デイ当日は、人気の店などは一年前に予約が埋まると聞いたことがある。直前のキャンセル待ちを狙う方法もあるらしいから、早いのがいいのかはわからないが。


 ゆっくり歩いていたはずなのに、もう家が見えてくる。

(もっと遠ければいいのに)

 思わず手に力が入る。


 門の前で足を止める。

「では、また明日、職場で」

「はい。また明日」

 そう口では言っても、中々手を離せない。断腸の思いで、ゆっくり指をといていく。

「あの……」

「なんだ?」

「……お誕生日。おめでとうございます」

 告げて、彼の首に腕を回して、つま先立ちで背を伸ばす。


 ちゅっ。

 小さな音をたてて、彼のほほに口づける。


「……おやすみなさい」

 恥ずかしくて顔は見れないまま門の中に飛びこんで、そのまま庭を走って家の扉を開けた。


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