29 ラヴァとの交渉
目指したのは、真っ赤なドレスのラヴァがいるところだ。相変わらず、あのドレスの色は苦手だと思う。
(トールとタグはお父様と交戦中で近づけない。ジャアは話ができる相手なのかがわからない。消去法で、話すのはラヴァ)
ラヴァと交戦していたのは、ヘイグが率いる数名だった。
「ヘイグさん!」
「ジュリアさん?! 危険だ! 下がれ!」
「あの魔法使い、ラヴァと話をさせてください」
「できる状況に見えるか?」
「見えなくても、話さないといけないことがあります。戦う必要自体がなくなるかもしれません」
「……わかった。サポートする」
ヘイグが部下たちに、敵の魔法の相殺を目下の目標として伝え、すぐに魔法を唱える。
「ヒュージ・ボイス」
光が集まってメガホンのような形になる。その前にスタンバイし、双方の攻撃が止まった一瞬に声を張りあげた。
「ラヴァさん! あなたたちの依頼人は亡くなりました! もうあなたたちに戦う理由はありません!」
静寂。
すぐに攻撃が再開される可能性も考えていたが、ラヴァはホウキで飛んできた。
「総員結界を張って防御体制」
近づいてきて突然攻撃を受ける可能性を考えたのだろう。話しあう邪魔にはならないような、身を守るための指示が飛んだ。
自分もヘイグの結界に収められる。
ラヴァが自分の前でホウキを止め、舐めまわすように顔を見てくる。
「冠位のお嬢さん、よねえ? 今回はお父上を呼ばないのかしらあ?」
「ラヴァさん。もうあなたたちに戦う理由はありません。撤収してください」
「あらあらあ。うふふ。度胸が座ったお嬢さんねえ?
理由があるかどうかを決めるのはアタシだし、アタシたちになくても、魔法協会は裏魔法協会を捕らえたいのでしょう?」
「あなたたちにその気があれば空間転移で逃げられるのだろうから、魔法協会がどういうつもりかはあまり関係がないと思います。
これは私個人の考えになりますが。今優先すべきは街にこれ以上の被害を出さないで、街の人たちの生活を守ることだと思います。あなたたちへの対処はその後です」
「あらあらあ、ふふ。後から対処する気満々みたいねえ」
「それを判断するのは私ではなく、父や上層部ですから。けれど、元々追われていたのなら、あなたたちにとってはあまり変わらない気がします。
むしろ、街や魔法使いの被害が大きくなればなるほど、上位の魔法使いが対処に向かうと思います。今手を引くのは、双方にメリットがあることではないでしょうか」
「メリット。……メリット、ねえ。依頼報酬っていう意味だと、もう全く、割に合わないとは思っているわ。どっちかっていうともうプライドの問題なのだけど」
(プライド……)
それなら、引かない可能性が高い。特大ファイアとヒールとホウキだけでどれだけ戦えるのか。そう考えながらファイアのための魔力を調整していく。
(大事なのはきっと、一撃目)
「あらあ、うふふふ。前回は逃げてしかいなかったのに、今回は戦う気満々っていう顔ねえ。かわいがってあげたくなるわあ」
(かわいがるってどっち?!)
どちらにもとれる。戦うつもりがあるのかないのかが読めない。
(助けて、ルーカスさん……)
こういう交渉ごとは明らかにルーカスの領域だ。向いてなさすぎる。
「そうねえ……、まずはあなたが言っていることが本当なのか、本当に依頼人が誰かわかっていて、本当に死んだのか。確かめてみましょうか」
「確かめられるんですか?」
「あらあ、簡単よ? あなたたちも使うでしょう? インフォーム・ウィスパー」
唱えたのは連絡用の魔法だ。
(普通はホウキの次に習うのよね。これも早く習わないと)
優先順位は高いけれど、魔力の扱い方が少しホウキより難しい。そのため、二つ目の魔法として教えられる魔法だ。
「魔法も魔道具も連絡系のものは、目的の相手が死んでいる場合はその場を動かないのよ。だから生死の確認に便利なの。依頼達成の証明に使うこともあるわ。
ダンジョン内にいる場合は例外だけれど、この短時間で移せる場所にはないしねえ」
連絡魔法に物騒な使い方があることに驚く。魔法は使いようだとよく言われるけれど、正に発想の違いだ。
「……確かに。あなたの情報は正しいみたいねえ」
(依頼人はおばさんに間違いないっていうことね……)
「もう少し確認の時間をもらうわねえ? インフォーム・ウィスパー。トール、タグ、ジャア。戦況の報告を」
三つの光が飛んでいく。
少し待っても、返事はひとつも戻ってこない。
「トールさんとタグさんは父と交戦中でした。ジャアさんは何人かの魔法使いといました」
「ジャアが作った中でも特におもしろい武器を持ってきたから、普通の魔法使いに、連絡が返せないほど苦戦することはないと思うのだけど。むしろ、衛兵や冒険者に強い子でもいたのかしらねえ」
(ジャアが作ったおもしろい武器……?)
魔法使いの先輩たちが太刀打ちできなそうだったのは、そこに理由があるのだろうか。
ジャアは魔法使いではなく魔道具師だという可能性が出てきた。
魔力開花はできて、魔法使いとして活躍できるほどの魔力はないけれど、その分、細かい調整が得意な場合には魔道具師になることが多い。これも安定した仕事だ。
魔道具師も、初級の二つの魔法、ホウキと連絡は使える者がそれなりにいると聞く。同じようにそれしか使えなくても、魔法使いになって配達を専門にする者もいる。
「依頼人が亡くなったら依頼は破棄で、成功報酬もなくなるのよねぇ。その上で戦況も不利なら確かに、これ以上戦う理由はアタシたちにはないかもしれないわねえ」
「なら……」
「でも、あなたはかわいがりたいわあ」
(私とは戦うっていうこと……?)
そう思って身構えたら、ラヴァが楽しげに笑った。
「ふふ。あなた、アタシたちの仲間にならない?」
「どうしてそうなるんですか」
「理由は三つあるわあ。一、かわいい子をかわいがりたいから。二、冠位がすごく嫌がりそうだから。三、あなたがおもしろいから」
数を示していたラヴァの手が、ふいに自分へと向く。
「ファ……」
自分が唱えるより速く、ヘイグが詠唱を完了する。
「フォール・ロック!」
ラヴァがいた場所に巨大な岩が落ちる。周りの魔法使いたちも立て続けに攻撃魔法を唱えた。
ラヴァがひらりと後ろに身を躱してホウキで上へと逃げ、笑う。
「残念。あなたにはナイトがたくさんいるみたいねえ。勧誘はまたの時にするわあ」
そのまま上空に上がって連絡魔法を飛ばしたようだった。
そう経たずにトールが他の二人を連れて現れ、ラヴァと共に空間転移で姿を消す。
(……ちょっと待って。前の時も裏魔法協会にスカウトされたけど、今回、早すぎない……?)
スカウトを受ける気は全くない。面倒なことにならないといいと思う。
「裏魔法協会はひと段落か? 助かった」
「いえ、守っていただいてありがとうございました」
「当然だ。二度とジュリアさんを連れ去らせたりしない」
(連れ去られたことになっていたものね……)
いろいろありすぎてうっかり忘れかけていた。
「全員で残りのワイバーンに対処するぞ」
「はい!」
「ヘイグさん、そのことでお話とお願いが……」
そう切りだして、これからの動きを打ち合わせる。




