6 [オスカー] 近づきたいけど守りたい
オスカー視点、ジュリアとの出会いからこれまでのこと。後半。
ジュリア視点のままいきたい方は飛ばしてOK。
クルス嬢の不調を耳にしたのは出会った翌日だった。
クルス氏の言い方だと病気ではないらしい。自分に原因がある可能性が思い浮かんで、それはさすがにうぬぼれすぎだろうと思いながらも否定しきれなかった。
そんな状態が数日続いて、心配な気持ちが増していった。
(……見舞いに行ってもいいものなのだろうか)
一度会っただけの関係だ。場所を知っていて当然の立場とはいえ、家に押しかけるのは迷惑だろう。常識的にはそう思う。
「行けば? お見舞い」
職場を出たところでナナメ後ろから声がして、驚いて振りかえる。
「……ルーカス。お前は心が読めるのか?」
「あはは。そんな特殊能力はないけど、なんとなくね。行きたいんでしょ? ジュリアちゃんのとこ」
「もし原因が自分なら、お詫びくらいはした方がいいかと思っている」
「うん。その建前でいいんじゃない?」
「建前……?」
本心なのにルーカスは何を言っているのか。
「……もし行くなら、見舞いの品は何がいいだろうか」
「花でも買っていけば?」
「花……」
残るものじゃなくて、すぐになくなるもの。見舞いの品としても定番。それはとてもいいアイディアに思えた。
生まれて初めて花屋に入った。街の一角にある小さな店だ。ほとんどの花の名前はわからなかった。
(何を買えばいいんだ……?)
「いらっしゃいませ」
「らっしゃい」
夫婦のように見える中年の男女から声をかけられた。
「花を買いたいのだが……」
「用途は?」
「……女性の見舞いに」
友人とは言えない。知人とは言いたくない。自分たちの関係をどう表現していいかわからないくて、性別だけを告げた。性別によって選ばれるものが違う可能性を考えたからだ。
夫婦が顔を見合わせて、微笑ましそうな笑みを浮かべた。
「その方とは長いの?」
「いや、先日知りあったばかりなのだが」
「なるほどな。どう思う?」
「そうね。ピンクのチューリップとか、どうかしらね」
(ピンクのチューリップ……)
示された花を見て安心した。自分でも知っている花だ。可憐なそれは、彼女によく似合う気がした。
「では、それを」
「何本?」
「……負担にならないよう、少なめがいいかと思う」
「なら、一本にしましょう。かわいく仕上げてあげるわね」
「頼む」
このくらいなら気負いなく受け取ってもらえる範囲だろう。
「がんばってね」
妻の方から笑顔で言われ、夫の方からは親指を立てられた。なぜかはわからない。
(喜んでくれるだろうか)
ほんの少しの期待と、迷惑かもしないし、そもそも会えないかもしれないという不安に、花を持って移動する気恥ずかしさを感じながらクルス家を訪ねたのだった。
心配したとおり会えなかったが、伏せっているところに突然訪ねたのだから当然だと思うことにして、使用人にまた来ると伝えた。
ほんの一瞬、二階の一部屋に彼女が見えた気がしたのは、会いたいという気持ちが見せた幻だろうか。
昨日は室内に通されて、顔を見れただけで嬉しかった。
つい余計なことを言ってしまったのは浮かれていたからだと思う。
「好き」
心臓が止まったかと思った。
すぐには現実を認識できなくて、答えられないでいるうちに話を変えられて、蒸し返すことができなかった。
一緒に出かけられるかもしれないとわずかに期待を持ったところで、彼女が泣き崩れた。
(なぜ……?)
わからないままに彼女を見ていた。痛々しくて守りたくて、どうにもかわいくて、何か力になりたい。なのに、何を言っていいのか、どうしていいのかがわからなかった。
「ごめんなさい」
改めて告げられたその音から強い拒絶を感じて、世界が反転した気がした。その後、自分が何を言ってどうしたのかはよく覚えていない。失礼がなければいいと願うしかない。
彼女がわからない。
かわいい表情がころころ変わる。が、どう考えてもその理由に思い至らない。
(前に自分に似た男に何かされたのだろうか……)
そんな考えが浮かんだこともあったけれど、それはないだろうと思う。そんなことがあれば、クルス氏が平静でいたはずがない。であれば、職場で筒抜けになっているはずだ。あるいは自分やルーカスが魔法協会に入る前のことなのか。
わからない。
わかっているのは自分の前で彼女が泣いたことと、近づくのを拒絶されたこと。
それなのに「好き」だと言われたのが真実ではないかと思ってしまって、その瞬間ばかりが思いうかんでしまう。
「なんであんなにかわいいんだ……」
反則すぎる。
寮の部屋で一人で転げ回った。
会いたい。彼女に近づきたい。
が、泣かせたくない。守りたい。
だから、彼女が近づかないことを望むならそれを叶えようと思う。それが唯一、自分が彼女の力になれることなのかもしれない。
胸のあたりが苦しいけれど、自分が耐えればいいだけなら、その方がいいはずだ。
それが一晩かけて出した結論だ。
「よう」
「ダッジか。おはよう」
少しずつ出勤者が増えてくる。隣のデスクに座ったのは元々二人でクルス嬢の研修にあたる予定だった先輩、カール・ダッジだ。
「なんだ、しんきくさい顔をして。無事にフラれてきたのか?」
「放っておいてくれ」
ダッジにも自分からは話していない。昨日の朝、ルーカスと少し話していたところを聞かれてしまっていた。
「抜けがけしようとするからだぞ。いい気味だ」
「そんなつもりはないが……」
「お前になくても周りからはそう見えるんだ。言っておくが、オレはまだあきらめてないからな」
「……何をだ?」
「ジュリアさんに決まってるだろ? 魔力開花術式には来なかったが、クルス氏にうまく取り入れば会える機会があるかもしれないだろ?」
「そうだろうか……」
数年に一度クルス氏の別荘で合宿をすることがあると聞いている。家族の参加も歓迎される場だが、クルス氏が妻や娘を連れてきたことはないらしい。
噂によれば「オオカミの住処にヒツジを連れてくるヒツジ飼いがどこにいる?」というようなことを言っていたそうだ。その話が本当ならクルス氏経由という道がある気はしない。
それを知っていたから、クルス氏が帰っていないだろう時間に見舞いに行っていたのだ。家にいたら取り次いでもらえるとは思えない。
ダッジと話していたところにクルス氏も出勤してくる。今日も不機嫌だ。
クルス氏がいるところでは若手の間での彼女の話はピタリと止まる。いい顔をされないのがわかっているから、前からだ。
ルーカスが自身のデスクに向かい、自分も改めて始業の準備を始める。
「ヘイグ、聞いてくれ」
クルス氏が立ち寄ったのは、ルーカスの部門の部長、コーディ・ヘイグのところだ。最近は恒例になっている。
ヘイグ氏はクルス氏の先輩で昔なじみな上、クルス嬢よりもいくつか年上の娘の父親でもあるらしい。ヘイグ氏の娘は既婚だと聞いている。
耳だけが二人の方に向く。
「なんだ、エリック。昨日の夜も今朝もお嬢さんに会えなかったのか?」
「なんでわかった?」
「じゃなきゃそんな顔で真っ先に俺のところに来ないだろ?」
「そうだな……。もう何日も一緒に食事をしていないし、顔も見せてくれないんだ。シェリーは少し話せたらしいんだが、今はそっとしておこうと言われた。どうすればいい?」
「どうするもなにもシェリーさんが言うように、しばらくそっとしておいたらどうだ?」
「私がさみしい!!」
「ぶわっはっは!」
「笑いごとじゃない」
「思春期の娘なんてそんなもんだぞ? それに、嫁に行ったらほとんど顔を見せやしないんだ。今から慣れておけ」
「……想像するのもイヤだ」
「そこは大人になれ」
「何か気晴らしでもさせられたらと思うのだが……」
「聞くだけ聞いてみればいいんじゃないか? 聞けそうなタイミングがあればだが。本人が出てくるまではムリに関わろうとしない方がいいぞ。嫌われたくなければな」
「そうか……、そうだな」
クルス氏がため息をついて、肩を落としたままデスクにつく。
(昨夜も今朝も……、クルス嬢はクルス氏と食事をしていないのか……)
純粋に心配でもある。昨日の見舞いに持っていった品が、少しでも彼女の役に立つといい。