20 ジュリアさんタイム②
男性の最年長、管理部門の部長ビリー・ファーマーの後には、臨時依頼部門の部長コーディ・ヘイグが続いた。ヘイグは父と同い年で、年長の方だとすると、ここの支部の平均年齢は低い。
魔法使いに定年退職はない。歳が上がるほど魔力が増えるため、高齢でも仕事はできてしまう。本人が面倒がって引退するケースの方が多い。収入は高くそこそこの歳まで働けば生活には困らないし、急な出費があったら臨時依頼を受ければいいから、早く引退する人も多い。
ヘイグは父の若い頃の話を色々と教えてくれた。他の支部と合同で仕事をした時に母に一目惚れしたらしい。細かいことまでよく知っているのは、ヘイグがずっと父の相談相手だったからなのだろう。
(オスカーにとってのルーカスみたいな感じかしら)
そんな距離感だと思う。魔法使いとしては父の方が出世したけれど、それで関係が変わることはなかったようだ。
(ルーカスによると、私のことも全部話してるのよね……)
ヘイグ本人はその辺りには触れなかったけれど、そう思うと苦笑したくはなる。
次々に人が変わるものだから、頭を切り替えるのが難しい。
仕事の話、趣味の話、食べ物の話、魔法の話、魔法協会の話など、いろいろなことを聞いた。
お見合い候補たちがいたら気まずかっただろうから、彼らがホワイトヒルに残っている今日このタイミングでよかったと思う。
順当に進んで、残るはルーカスとオスカーの二人になる。
(そういえば、ルーカスさんと二人で話したことはなかったわね)
オスカーと女装したルーカスと三人で話した時を思いだす。
(主導権を握らせちゃダメな気がするわ……)
何を聞きだされるのか、何に気づかれるのか、わかったものじゃない。こっちから聞くくらいの方が安全な気がする。
「ジュリアちゃんと二人で話せるなんて嬉しいな。前の時はオスカーがついてきちゃったからね」
ルーカスは軽く笑ってそう言うけれど、そう仕向けたのだろうにと思う。
「あれ? もしかしてジュリアちゃん、気づいてた? あの時はオスカーを焚きつけるためにああしたって」
「まあ、そうなんだろうなとは」
「あはは。やっぱりジュリアちゃんはおもしろいや。あの日が初対面だったのに、ぼくがそういうことをするってわかっちゃうなんて」
ドキッとした。
(ううん、きっとかまをかけられているんだわ。大丈夫。動揺したら負けよ)
「ルーカスさんは、私たちが話しあえるようにしてくれたんですよね。その後も……、ウォード先輩を焚きつけたり変装させたりして、護衛につかせたり」
「ぼくが主犯だって聞いちゃった?」
「フィン様が乗りこんできた時も、私とウォード先輩が一緒にいられるように動いていたように思っています」
「うん、そうだね」
「なぜですか?」
「なぜって、何が?」
「そうする動機がわかりません。ルーカスさんには関係がないことだし、なんの得もないかと」
「しない方がよかった?」
「あ、いえ。そういう意味ではないです。……困ることもありましたが、感謝している部分もあります。ただ純粋に、なんでかなって」
「そうだね……、人間の動機は損得だけじゃないし、それよりもっと大きな動機があるの、ジュリアちゃんはぼくより知ってるんじゃないかな」
「損得より大きな動機ですか?」
「うん。『感情』」
(あ……)
その通りだ。損得だけを考えるなら、自分には時を戻す動機がない。自分を突き動かしていたのはオスカーへの思いだ。その結果として得た今を、得だと言われるならそうかもしれないけれど。少なくとも、そう考えて動いていたわけではない。
「僕がオスカーに協力してる理由は単純だよ。君のことが好きなオスカーが好きだから」
(んん?)
「あはは。ジュリアちゃん、おもしろい顔になってるよ。
この場合の好きは、君たちの間にあるような恋愛的な意味じゃないよ。ぼくにはそういう感情はよくわからないし」
「わからない……?」
「うん。あ、でも、どうだろう。ジュリアちゃんがオスカーに向けてる感情をぼくに向けてくれるなら、恋愛もできるかもしれない」
(んんん?)
「あはは。やっぱりぼくは、ジュリアちゃんも好きだな。ほんとおもしろい。
君たちの中には、どちらも打算がないでしょ? ただ純粋に相手を思ってる。それが好きなんだ。
ほとんどの女の子はもっと打算的だからね。魔法使いとつきあうステータスとか、生活の安定とか。あるいは、打算がない代わりに理想の押しつけとか。
それらが悪いとは言わないけど、それらが透けて見えるとぼくは冷めちゃうんだよね。意地悪のひとつもしたくなって、そんな人だとは思わなかったって言われる。
そんな人って、どんな人だろうね? そういうところも含めて、ぼくはぼくなのに」
(……そっか)
どくしんのルーカス。彼は見えすぎるのだ。
「それに……、オスカーって、すました顔で結構なんでもこなすでしょ? 魔力値も適性も高いし、魔法もさくさく覚えるし。見習いの時期がいくらか被ってたぼくとしては、前はほんと、かわいげのない後輩だったんだよね」
初耳だ。ルーカスが楽しそうにオスカーに絡んでいるところしか知らない。今も昔も。
「でもジュリアちゃんを好きになってからコロコロ表情が変わるようになって、おもしろいのなんのって。
だから構わずにいられないし、君たちの気持ちが重なるといいと思ってるんだ」
そう言って微笑んで、少し考えるようにしてから、今度はイタズラっぽい笑みを向けられる。
「……ちょっと違うかな。気持ちは重なってるもんね」
反論のしようがない。ただただ恥ずかしい。
「それでも一緒にいられない理由、なんとかなりそう?」
具体的にはわかっていなくても、そこまでわかっているのはさすがルーカスといったところか。
けれど、その理由はどうにもならないことだ。
「……いいえ」
「そう」
どこか残念そうにしてから、ルーカスがケロッとして言った。
「ま、オスカーはなんとかするつもりみたいだけどね」
「え……?」
「お姫様はナイトに助けられるのを待っていればいいと思うよ」
オスカーとの交代の時間が来る。
(全く意味がわからない最後の言葉を説明して……!)
そう思ったことに気づいてか気づかないでか、ルーカスは笑顔で手をひらひらさせた。




