45 ありがたき光栄です……?
世界の摂理から『汝らの時を眺めることにするか』と言われ、見られないように完全透明化でオスカーといちゃいちゃすることを提案したら、みんなが固まった。
オスカーが耳まで真っ赤になって片手で顔を隠す。
「それは……、なんというか……」
「ジュリアちゃんエロすぎ……。想像するだけで鼻血吹きそう」
「え」
スピラは何を言っているのだろうか。
ルーカスが楽しそうにカラカラと笑った。
「ぼくらがいるところでも、完全透明化しちゃえばいちゃつけるね?」
「やめろ。想像させるな」
(きゃあああっっっ)
ルーカスが言ったことが浮かぶと一気に恥ずかしくなる。そういうつもりはなかった。世界の摂理から見えなくしようとしただけなのだ。
「ううっ、あの、完全透明化したとしてもみんなの前でとかはしませんよ……?」
「え、しないの? 期待したのに」
「ルーカスさん?!」
『もうよい。まぐわいそうな時には覗かぬ。それでよかろう』
「えっと……、はい。それで」
要求としてはそのとおりなのだけど、なぜか釈然としない。それはそんなしぶしぶ引き受けることなのだろうか。当たり前ではないのか。
「よくないな」
「オスカー?」
話がまとまりそうだったところでオスカーが蒸し返す。
「その条件だとジュリアが一人で着替えている時などには見られることになるだろう?」
「え、何それうらやましい」
「スピラさん?!」
「あはは。そういう本音はしまっておこうね。ぼくもうらやましい」
「ちょっ、ルーカスさん?!」
「誰にも見せたくない。自分は見たいが」
「オスカー?!」
ペルペトゥスが考えるようにあごに手を当てる。
「ジュリア嬢が一人でいる時、あるいはオスカーと二人でいる時の両方を禁じればよかろうか?」
「それを言いだしたら、私だってオスカーを見られたくないです!」
全力で主張したのに誰からも共感を得られない。なぜ生暖かい目で見られるのだろうか。
『我は全でありこの世のすべてを知覚する者。ヒトの子の裸体など今更である』
「なら、わざわざ見る必要もないでしょ? 見られる側はイヤだからね。そういうの含めてプライベートなことは覗かない。関わってくるならそれは最低限守ってね?」
『……クッ』
ルーカスの正論に、世界の摂理が詰まったように聞こえた。
『クククッ、フハハハハ!』
「え」
直後、笑い声がひびく。
『我を同等に扱うか、ヒトの子よ』
(これ、怒らせた?!)
相手の顔が見えない。声だけだとなんともわからないのが不安だ。相手はあの世界の摂理なのだ。どんなことをされるかわかったものではない。
『ますます気に入った。汝らが共にある時を眺め、汝らに我が名を呼ぶことを許そう。我が名はムンドゥス。世界の摂理である』
「うん、私たちが教えたから、名前はとっくに知ってるよ?」
「スピラさん、そこつっこんじゃダメなとこだと思うよ。こういう時は心にもなくても、ありがたき光栄ですって言うのが大人だから」
「えっと……、ありがたき光栄です……?」
「ありがたき光栄だ」
オスカーと二人でそう言って、お互いに心にもない感じがおもしろくて、顔を見合わせて笑ってしまう。
ムンドゥスに顔があったら苦笑するところだろうか。気は抜けない相手だけれど、前ほどイヤな感じはしなくなった。
魔法卿と奥方に戻った連絡を入れて、魔法卿の予定を押さえてもらう。
翌日、人払いがされた執務室で、当代魔法卿とオスカー、ルーカス、自分の四人で顔を突き合わせた。
「ご協力いただき、ありがとうございました。私たちの問題は解決したので、魔法卿付きを解除していたたけたらと。あの、ムリにお願いしてすみませんでした」
「ダメだ」
「はい?」
まさかの完全拒否だ。
そもそもルーカスが大きな島ひとつを人質にとって魔法卿に飲ませた条件だったのに、しぶられる意味がわからない。
「特に、ルーカス・ブレア。お前には引き続きここで補佐をしてもらう」
ルーカスが肩をすくめる。
「必要ある? オスカーたちがいない間、だいぶ仕事の流れを変えたり、みんなのやる気をあおったりして、魔法卿の業務を減らしたでしょ?」
「だからこそだ。クセが強いやつしかいない魔法使いたちを手玉に取って、命令するでなく自分からやると言わせられる人材などそういない。師匠を中央から離れさせているのもお前の仕業だろう?」
「あはは。かいかぶりすぎじゃないかな」
「魔法協会に入る条件が魔法使いであることであり、中央に抜擢される条件も魔力の高さや才能、魔法使いとしての功績だからな。お前のようなタイプには初めて会った。魔法とは別種の才能だな。
魔法卿や冠位という立場には、いざという時に魔物や闘争から人々を守る力が求められる。だからお前に魔法使いとしての一般的な出世はさせられないが、トラヴィス同様、俺付きとして囲っておきたい。相応の報酬は出させる」
「その気になればぼくくらいの人材は見つけられると思うけどね」
「労力が惜しい。俺から離れたければ、お前が後進を育てろ」
ルーカスが苦笑して、もう一度肩をすくめた。
「ぼくのライフワークはバカップルウォッチングなんだよね」
(バカップル……?)
「オスカーたちはディーヴァ王国ウッズハイムの、オスカーの実家の離れに住むつもりなんでしょ?」
「ああ。ジュリアがよければ」
「はい。私もその方が安心です」
「なら、ぼくもウッズハイム支部に行くか、近くのホワイトヒル支部に戻るかがいいんだよね」
「それについては問題ない。ジュリア・クルス、オスカー・ウォード」
「はい」
「なんだろうか」
「お前ら、どっちかが空間転移を使えるんだろ?」
ギクリ。世界の摂理に魔法を取られたままだったら、使えないと言いきれた。けれど今は問題なく使える。
ずっと隠してきたことだ。心臓がイヤな騒ぎ方をして、何も言葉が浮かばない。
オスカーが静かに尋ね返す。
「なぜそう思ったのだろうか?」
「前々からその可能性は感じていたんだ。オレに隠そうとしているようだったから敢えて言わなかったが。
確信したのは、お前らを中央の魔力開花術式の部屋に入れた後だな。退館記録を残さずに、目撃情報もなく、あの場からいなくなれる魔法は空間転移くらいだろう?」
そこは違うのだけど、世界の摂理絡みのことを全て話すのはもっと違うと思うし、最終的にはあの部屋から空間転移で帰った。すごく微妙だ。
どう答えればいいのかがわからない。




