32 生きるため、帰るために
また剣を出してほしいと言ったらオスカーが固まって、ものすごく難しい、それでいてどこか悲しそうな顔になった。
「オスカー……?」
「それは……、できれば勘弁してもらいたい」
「ダメですか?」
「あの光景が脳裏に焼きついていて、ジュリアに剣を持たせるのが怖い。必要に迫られれば出すが……」
「……ごめんなさい」
他に方法が思いつかなかったとはいえ、彼に悪いことをしたとは思う。もしもう一度同じ状況になったとしても、迷わずその選択をするだろうけれど。
結局自分はどうあっても、彼の安全が最優先なのだ。彼に自分と同じ思いをさせてでもそれを選んでしまうのは自分のエゴだと思うが。
「いや、謝罪はもう受けたし、ジュリアがそうするしかないと思う前にどうにもできなかった自分の不足もあると思っている。だからこれは自分の問題なのだが」
「私の問題が二人の問題なら、あなたの痛みも半分こにしたいです」
彼の手を取って自分の腹部にあてる。そこに傷はない。あれは悪い夢だったのだ。目が覚めた今は忘れてしまえるといい。
「ん……」
オスカーが微笑んで優しいキスをくれる。けれど、珍しく眉は下がったままだ。
(どうしたら安心できるかしら……?)
「……直接触りますか?」
「直接……?」
近いままの距離で、戸惑うように尋ね返される。
「はい。私が無事で、傷がないのを確かめるために……、スカートの中から手を入れるのがいいですか……?」
彼の手を撫でながら尋ねたら、とたんにオスカーの顔が赤く染まった。
(え、何か変なこと……)
言った。思い返すと明らかに変なことを言っている。
(きゃあああっっっ)
こんな場所でドレスを脱ぐのはどうかと思ったのだ。背中のリボンやホックを外したら上が脱げてしまうから、それよりはスカートの中から腹部に手を伸ばしてもらった方がいいと思ったのだけれど、言葉にした破壊力がすごかった。
顔が熱い。恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。
「すみません……、変な意味ではなく……」
「ああ、わかっている……。むしろ、その……、自分の方こそ……」
ぐううぅぅーーー。
オスカーが恥ずかしそうにそう紡いだところでお腹から音がした。
(きゃあっっ)
自分のお腹が鳴った感覚がある。まじめな話をしていたのに、恥ずかしい。
「すみません……」
「いや。ジュリアも、か?」
「え。あなたも、ですか?」
どうやら同時に鳴ったらしい。顔を見合わせて、同時に笑みがこぼれる。
「心配をかけてすまない。問題ない。ひとまず食料を探しに行こう」
「はいっ」
もう一度ふわりとキスをしてから、オスカーが二人分の身体強化をかけてくれた。
強化された聴覚で魔物に気をつけながら、ゆっくり歩いてあたりを見渡し、食べられそうなものを探していく。
オスカーが焼き払ったエリアから少し奥に行くと、モジャモジャとした緑色の髪のような木に、ゴツゴツした赤い実がたくさんくっついているのが目に入る。実の表面は鮮やかなピンクと黄緑のウロコ状だ。
「オスカー、あれ、ピタヤだと思います」
「ピタヤ?」
「はい、ドラゴンのウロコに似ていることから、ドラゴンフルーツとも呼ばれる果物です」
「なるほど。食用か」
オスカーが魔法で短剣を出して近づいていく。
と、木がグルンと高速回転した。
「え」
実をモーニングスターのように振り回したピタヤの木を避けて、オスカーが後ろに下がってきて間合いをとる。
「ああいう植物なのか?」
「いえ、そんな仕様はなかったはずです。私が知っているピタヤがなる木は、ただの植物でした」
「なるほど? 似ている別物と考えた方がいいだろうな」
こちらに向かってくる様子はない。近づくとまた高速でぐるぐる回転する。
オスカーがロングソードに持ち替え、軽いステップを踏んだ。ザッと剣を振るうと、実がついた葉の先が落ちる。
(カッコイイっ!!!)
さすがだ。オスカーが回転攻撃を避けながら、切り落とした部分を拾って戻ってくる。
「葉が剣のように鋭くなっているな。プロテクションなしでうかつに触ると切りそうだ」
「実は食べられそうですか?」
「一応解毒の魔法をかけてから切ってみよう。コントラクタ・ポイズン」
果実の断面は、自分が知っているドラゴンフルーツのうち、果肉が赤い種類と大差ない。少し紫がかって見えるくらいか。
オスカーが切り分けてくれたものを口にする。ちゃんと甘くて、そこそこおいしい。
「水分も一緒にとれるのがいいですね」
「そうだな」
食べられるのがわかったところで、オスカーが何個か実を確保してくれた。
探索を続けて、肉のような果実やキノコなども手に入れて、開けた場所に戻ってひと息つく。オスカーがひととおり解毒魔法をかけて、物に応じて魔法で火を通してくれた。
「すみません、あまり役に立たなくて」
「いや? ジュリアに全面的に頼られるのは役得でしかない」
「ありがとうございます」
「植物性タンパク質も手に入ったのはありがたいな」
「味はまあ、おいしいと思えるのは半分くらいですが」
「調味料も道具もないから、ぜいたくは言えないな」
「場所を選べば、思いのほか落ちついて食べられますね」
「ああ。動きまわるタイプが多くないのはありがたい」
「そうですね。こういう場所って、植物系の魔物より毒を持った虫の方が危険なこともあるのですが、虫が一匹も見当たらないのが不思議です」
「そうだな。今のところトリやケモノもいないし、生態系を考えると異常なのだろうが……、そういう場所として受け入れるしかないのだろう」
「ですね。常識は通じない相手だと思うので」
世界の摂理が自分たちに何をさせたくてこんなところに送りこんできたのかはさっぱりわからない。生きるため、帰るためにできそうなことをするしかない。
「この後だが……、探索をしていくことになるが、最初に上空から全体を把握できたらと思っている」
「そうですね。ここがダンジョンなら空のように見える天井だという可能性もありますし、どこかに終わりがあるかもしれないですし」
「可能性は低いが、元の世界と地続きだったり、どこかの島に飛ばされただけなら話が簡単になるしな。それで……、自分のホウキで一緒に行ってもらいたいのだが」
「もちろん、喜んで」
「いいのか?」
「なぜですか?」
彼のホウキに乗せてもらうのは初めてじゃない。最近は特に多くなってきていたと思う。
「以前と違ってジュリアは魔法が使えないから、より完全に委ねる形になるだろう? それで上空は怖くないかと」
「怖い理由がないかと。あなたが私を落とすことは万にひとつもありえないですから」
「ん……」
オスカーからやわらかいキスをもらう。嬉しくてキスで応える。
(大好き……)
キスにまたキスが返ってきて、応えて、また返される。もっとと彼を求めたくなるけれど、今はその時ではないのはわかっている。何度かついばむように唇を触れあわせてから、お互いに少し距離をとる。
「フライオンア・ブルーム」
オスカーが出してくれたホウキにまたがる。何度も乗っているのに、不思議と新鮮な感じがする。守るような包みこむような形でオスカーが後ろに乗って、ゆっくりと高度を上げていく。
「少しでもイヤな感じがしたらすぐに教えてほしい」
「わかりました。ありがとうございます」
心臓が跳ねているけれど、それは高さが怖いからではない。力強い彼の胸に甘えるように身を委ねる。