49 六十年前の卵泥棒の行方
ケルレウスも行くならと、ブロンソンも祭壇の中についてくる。
螺旋状の階段が壁にそってついていて、真ん中は空洞になっている。
「さっきの映像だと……、空洞を落ちていってますよね……?」
「うん。人間の方の生存は絶望的だろうね」
「卵、割れちゃってませんかね……?」
「我らの卵はそんなにやわではないはずだ」
そう言って、ケルレウスが空洞を飛んで下へと向かう。ホウキを出して後を追う。魔法使い組がホウキでついてきて、ペルペトゥスは飛び降りた。
「ちょっ、ペルペトゥスがこの勢いで卵を踏んづけたら絶対割れるからね?!」
スピラが慌てて魔法で回収して自分のホウキに乗せる。ブロンソンは階段を駆けおりていく。さすがに体力がある。
それほど経たずに底が見えた。きらめく水色の卵が転がっている。
「ありましたねっ!」
「あったな……」
最初に着いたのはケルレウスだ。懐かしむようにして抱きよせる。
大きな卵を動かすと、その下に学者風の男の姿があった。ひゅっと呼吸が浅くなる。それほど血は出ていないが、首を含めて何ヶ所か骨が折れているようだ。即死だったのだろう。物の時間が止まる場所だ。ついさっき亡くなったかのような姿をしている。
「……お墓を作ってもいいですか? あと、遺品を持ち帰って、冒険者協会に家族を探してもらえたらと思うのですが」
「我はかまわない。この人間は敵ではなかったようだしな」
「ありがとうございます」
「嬢ちゃんはこういうのは平気なんだな」
遺品を確認していると、ブロンソンが感心したように言った。
「そうですね。血だまり以外は比較的。もっと、ずっと……、凄惨な経験があるので……」
答えるまでは平気だと思っていたのに、言葉になったのと同時に久しぶりに昔の光景が脳裏に浮かび、視界が赤く塗りつぶされる。
「ジュリア」
オスカーに呼ばれてハッとした。
(大丈夫。今は、大丈夫)
自分に言い聞かせてから呼びかけに答える。
「すみません。大丈夫です」
「いや……、ルーカス、任せていいか?」
「もちろん。ちょっと外の空気吸っておいで」
ルーカスがひらひらと手を振り、オスカーのホウキに乗せられた。
(ひゃああっっ)
近い。二人乗りは久しぶりだ。彼の心音を聞くだけで、ざわつきがすっと落ちつく。
祭壇エリアの外に出ても、そのままの体勢で軽く空を飛んでいく。
「……ジュリアはもっと甘えていい」
「甘えてばかりですよ?」
彼に身を寄せて軽く見上げる。運転中の視線が一瞬向いて、目が細められる。そんな表情がとても好きだ。
「大丈夫じゃない時があってもいいと思う」
「ふふ。あなたにはお見通しですね」
「逆もそうだろう?」
「私に内緒でケガをしていた件ですか? あれはまだちょっと怒ってます」
「……そうか」
オスカーが少しバツが悪そうになる。かわいい。
「私にとって一番大事なのはあなたなんです。自分のことも大事にしてくださいね」
「そうだな……。そのままジュリアに返しておく」
ブーメランで戻ってきて、つい笑ってしまう。
(一番大事……)
前回はまだしも、今回は迷惑をかけている記憶しかない。それでもそう言ってくれるのがすごく嬉しい。
「……少し、ワガママを言ってもいいですか?」
「ああ」
「みんなのところに戻る前に、あなたとキスしたいです」
「喜んで」
オスカーが素早くホウキの高度を下げる。着地したのは祭壇がある氷の塊の裏側だ。軽く抱きあげられて唇が重なる。
(だいすき……)
もっとと求めるように押しつける。触れあうと思考がとけて、彼以外を考えられなくなる。こんな時間がとても幸せだ。
一度戻って、祭壇への供え物と祈りを終えてから、ケルレウスの卵と学者風の男の遺体を魔法で浮かせて運びだす。そのくらいならできるからとルーカスが代わってくれた。オスカーからもルーカスからも甘やかされすぎていると思う。
学者風の男の遺体は祭壇の氷の隣に埋めた。遺品として小物を預かっている。
「そういえば、他の人たちはあれからどうしたのでしょうか」
「見てみる?」
スピラがブロンソンから魔道具を受け取って古代魔法言語を唱える。
(「動く五人の人間」……、なるほど)
学者風の男が抜けると、魔法使い、リーダー風の男、手下風の男三人の五人だ。あの続き、他の男たちが起きた後の様子を見るのには理に適っている。
映しだされたのは暗くなってきた頃、吹雪いている様子だ。どんどん雪と氷の塊が降りつもって厚くなっていく。その奥で起きているということだろうか。学者風の男が一服盛って、彼らを長く眠らせていたのかもしれない。
「ずいぶんと天気が荒れたんですね」
「ベルスが荒れていたからだろう。ほぼ一日総出で探して収穫がなく、気が立って暴れていたのを覚えている。どこも数メートルは氷が厚くなったのではなかろうか」
「あー……、それ、この中で埋まったままになってるんじゃないかな」
のぞきこんだルーカスが苦笑する。
「魔法使いがいたなら氷を溶かせますよね?」
「難しいんじゃないかな。さっき見た感じだと、ぼくと同じくらいのレベルの魔法使いだから。さっき上から氷を壊していた時もけっこう時間かかってたでしょ? 空気穴が塞がった状態で、あの狭さで、あの人数だから、空気があるうちに何メートルも増えた氷をどうにかできたとは思えないんだよね」
「掘ってみますか?」
「放置でいいんじゃないか? 誰も困らないだろう?」
「まあ、そうですが。一応冒険者協会に返した方がいいのかなと」
「掘ってみて、さっきの人と同じように少し遺品を回収してここに戻せば? まとめて遺品だけ見つけたことにした方が説明しやすいだろうから」
「わかりました。アースクイック・クラークス。プレイ・クレイ」
魔道具で見たあたりの氷を地割れの魔法で四角く囲うように割って、その下の地面を土魔法で変形させ、持ちあげる。土魔法で出入り口をあけたら完了だ。
「さすがジュリアちゃん。早いね」
「元に戻す前提じゃなくて、ただ割るだけなら簡単なので」
「うん。ぼくにはできないけどね?」
「すみません……」
小さな空間は完全にはふさがれないで残っていた。中の人たちは眠っているかのように凍っている。当然、息はない。
ふいに、ケルレウスが大きな声をあげて笑った。
「ケルレウス?」
ペルペトゥスが不思議そうに見上げる。
「ベルスは意図せず、卵泥棒を退治していたわけか。それを教えてやれないのだけが残念だ」
「ふふ。そうですね」
何がよくて何が悪いのかは難しいけれど、ケルレウスの溜飲は下がったのだろう。
冒険者たちは認識票を身につけていた。何かあった時に身元を示すための金属のタグだ。それだけ回収して、土の中に埋め直す。上に氷も戻しておいた。魔法で作った亀裂はそのうち自然に埋まるはずだ。
ケルレウスが寝床にしているところまで卵を運ぶ。先に戻っていたアースドラゴンのウロコの上にそっと下ろした。
「……まるで時が戻ったかのようだ」
しみじみとした声の色は複雑だ。ただ嬉しいだけではなくて、痛みと悲しみを伴って聞こえた。
「ベルスさんだけは……、どうにもできなくてすみません」
「いや……、忘形見が戻ったんだ。そのおもかげと生きよう」
ケルレウスの卵と思い出が本来あるべきところに戻った。ラシャドの子どもたちも改めて生きられることになった。目指していた最高の状態にできたと思う。
(大団円、よね……?)




