48 想定外すぎる卵のありか
近くを飛ぶケルレウスから、「世界の摂理の祭壇に行きたいのだったか」と聞かれた。急だったから少し驚いたけれど、答えはイエス以外にない。
「あ、そうですね。卵の行方がわかったら案内してもらえますか?」
「わかってもわからなくても、この後に連れて行こう。そこ、横の方に、ナナメに氷が飛び出た場所があろう?」
「はい。氷ばかりの中でもめずらしい形ですね」
「下に巨大な岩があり、それを氷がおおっているからな。そのナナメになっているところに祭壇の入り口がある」
「氷にあるんですか?」
「覆われた岩の方だが、性質上、上に何かあっても呪文を唱えれば反応するらしい」
「あ、そうでしたね」
上に建物が建っていたこともあったけれど、壊さないで入れた。同じなのだろう。
「じゃあ、お言葉に甘えて。今日の探索が終わったら寄らせてください」
「うむ」
「あ、このへんで休むみたいだね。普通に歩いたらひと晩くらいの距離かな?」
スピラが言って、いったん下に降りる。ホウキを消してから全員で様子をのぞく。
「魔法で下の氷に穴をあけてますね」
「朝になったら探されるのを見越して隠れる場所を作るつもりなんじゃないかな」
ルーカスの言葉はビンゴのようだ。いくらかの時間をかけて氷が切りだされ、氷の下の地面に到達し、小部屋ができていく。
「地面まで数メールくらいですかね。思っていたほど深くないんですね」
「場所によるな。このあたりはかなり氷が薄いエリアだ。深い場所だとかなり深く、積もった氷で昔と大きく地形が変わっているところもある」
「そうなんですね」
まったく知らなかった世界だ。過去視の魔道具の先にいる人たちは、このあたりの氷が薄いのを知っていたのだろうか。それともたまたまか。
「あれ、この人が広げてるの……」
部屋作りの間、浮いて少し揺れる卵がつながったロープを持たされているのは学者風の男だ。古い羊皮紙を広げて朝焼けの中で目をこらしている。
「バツ印の横に字が入っているの、古代魔法言語ですよね」
「うん。アド・アストラ・ペル・アスペラ」
「祭壇の扉を開く言葉か?」
「だね」
「描かれてるの、さっきケルレウスさんに教えてもらった祭壇がある場所じゃないですか?」
「ふむ。そう見えるな」
「ケルレウス、グレースと共にウヌらが来た後に案内したことは?」
「ない」
「当時の誰かが何かに書き残したのが宝の地図みたいな感じで受け継がれたのかもね。古代の研究をしていて、古代魔法言語が書かれた地図の場所を探索するために冒険者を雇った、っていう感じかな」
「雇う相手を選べなかったんですかね……」
「予算の都合とかじゃない?」
持たされた卵を見て複雑そうな顔をしている。卵を持ちだす時に口論をしていたようだったし、この人は反対だったのかもしれない。
小部屋ができ、土魔法で天井が作られる。残った土は平らにならされて、氷は溶かされて消える。全員が階段状に積まれた氷を降り、卵も運びこまれた。
階段の上にも仮の天井を作って、魔法で雪を降らせれば、ほとんど周りと見分けがつかない隠れ場所の完成だ。小さく空気穴があるようだが、それに気づくのは至難の業だろう。
「なるほど……、これを繰り返せば昼に探されても見つからないですよね……」
ため息がでる。計画的に盗みに来ているようにしか思えない。
「一回映像を切って繋ぎ直そうか。卵の再移動で指定したら時間を飛ばせるんじゃないかな」
「代わりますね」
「うん。そろそろ私もキツイや」
スピラが映してくれたおかげでだいぶ休めた。いくらか魔力も回復している。
「この魔道具、相当な魔力食いだね。普通の人間はすぐ干からびちゃうんじゃないかな」
「それ私が普通じゃないみたいですよね……」
「嬢ちゃんは普通じゃないだろ? 普通は少し前を映すだけでも大変らしいって言ったよな?」
「複雑ですが、それが役に立っているのでよしとします……」
卵の再移動を指定して魔力を流す。外は明るい。さっきからあまり時間が経っていないくらいの早朝の時間帯に見える。当日なのか翌日なのかは見分けがつかないが。
入り口が開けられて、卵が運びだされてくる。浮遊魔法はとけているようで、転がしながら押しあげられている感じだ。学者風の男が、外に出ただけで疲れきったように荒い呼吸をした。
それから、階段になっているところに雪を戻し、卵を転がしていく。
「これって……」
「元来た方向に向かおうとしているように見えるな」
「この人、ケルレウスさんたちに卵を返そうとしてるんじゃないですか?」
「うん。そう見えるね。雇った内容には入っていなくて、冒険者の方がお金になりそうなものに目がくらんだのかな。エディフィス王国がドラゴンの卵を高額で求めていた時期だろうから、その依頼も頭にあったかもね」
途中で羊皮紙を広げて進行方向を迷ってから、祭壇の目印になる氷へと向きを変える。
「元々の目的地がアレで、またこの場所に戻れるかわからないから立ちよっていこうとしてる感じかな」
後をついていくと、学者風の男が祭壇の扉を開いた。感動したように打ち震えて、一歩中に入った時、置き場が悪かったのか卵が転がって男の背中を押す。そのまま下へと一緒に転がり落ちて、自動的に祭壇の扉が閉まった。
「……これって……」
「あはは。ジュリアちゃんが自分本位になって最初からここに案内させてたら、その時点で見つかったかもね」
「ううっ……、なんだかどっと疲れました……」
骨折り損もいいところだ。今回は自分本位になった方がよかったのかと思うけれど、結果論だから仕方ない。それに、おかげでノーラを助けられた。そのあたりはむしろ塞翁が馬だろうか。
ひとつ息をついて、
「アド・アストラ・ペル・アスペラ」
呪文を唱えて祭壇を開く。魔道具の映像で見たのと同じように中へと扉が開いた。他の祭壇とも同じだ。
「なんだこりゃ……」
「あ、ブロンソンさんは初めてでしたね。世界の摂理と話すためにはいくつかの祭壇をまわる必要があって。ここが最後のひとつなんです」
「嬢ちゃんの解呪がらみか」
「はい。唱えた人しか入れないので、唱えて入ってください」
卵が転がって入れたのは、荷物と同じように無機物として扱われたからだろう。
「いや、オレはケルレウスの旦那と外で待ってるわ。部外者だからな」
「わかりました」
ケルレウスはサイズ的に入れないはずだ。
「我は入るつもりだ」
「え」
「アド・アストラ・ペル・アスペラ」
ケルレウスが唱えると扉が大きくなる。
「知らなんだか? 詠唱者のサイズに合わせて扉が開くようになっておる。本来のペルペトゥスは規格外でムリだが」
「前から気になってたんだが。ペルペトゥスの旦那はドラゴンなのか?」
「うむ」
「ブロンソンさんは強さがわかっていて推測できていると思うので言いますと、エイシェントドラゴンです」
「やはりそうか……。道理で軽く世界を滅ぼせそうな感じがするはずだ。解呪に使ったヤバい血は旦那のか……」
「はい。内緒ですよ?」
「言えるか。そんなもんの実在が知られたら世界がひっくり返るだろ」
「ですよね……」




