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38 実家にノーラを預ける


「ジュリア! 帰ってきたか!」

「お帰りなさい、ジュリア」

 ノーラをホウキに乗せてゆっくり旅をして十日ほど。少し懐かしい実家に戻った。両親とは事前に魔道具の手紙をやりとりしてある。


「ただいま戻りました、お父様、お母様」

 一時的な帰宅だと伝えてあるのにも関わらず、二人ともとても嬉しそうだ。久しぶりに会う父を苦手には感じない。元気そうで自分も嬉しい。


 ノーラがおずおずと挨拶をする。

「おじゃまします」

「この子か」

「まあ、かわいらしい。どうぞ、まずは上がって? ウォードくんとブレアくんも」

「ありがとうございます」

 母がやわらかな雰囲気でみんなを迎え入れてくれる。

 客間で、両親とオスカー、ルーカスが向かいあい、自分とノーラがお誕生日席で向かいあう形だ。自分が父の近く、ノーラが母の近くに座った。


「今回はずいぶんと遠くから来たのでしょう? 中央魔法協会の更にずっと東よね?」

「はい。連日ホウキに乗りすぎて体が痛いです」

 何もチートを使わなかったぶん、ウソをつかなくていいから話がしやすい。

「ここを出て、もうひと月以上か。元気そうで何よりだ」

「ありがとうございます」


「で、その子をうちに置きたくて来たんだったな」

「はい。手紙に書いたように家には帰せない状況なんです。ここなら、私の部屋があいているのでちょうどいいかなと」

「ジュリアは帰って来られないのか?」

「まだしばらくはムリですし、いろいろ落ちついたら今度は結婚して家を出るでしょうし、部屋がなくなってもそんなに困らないかなと」

 後半を話したとたんに父の眉間にシワがよった。ものすごくイヤそうだ。


「オスカー・ウォード。手は出していないんだろうな?」

「ちょっ、お父様?!」

「ああ。むしろ自制心を褒められたいくらいだ」

「ほんとにね。ぼくにはムリ」

 ルーカスがおどけて言って父ににらまれた。


「ふふ。私はいいと思っているわ。戸籍がないと不便でしょう? 孤児院を通してからうちの養子にすれば、ここで生活しやすくなると思うの。もちろんノーラちゃんがよければね」

「養子……、いいの? ですか?」

「かしこまらなくてもいいわ。すぐに決めなくても、そうしたいと思った時でいいわよ」


「そうなるとノーラ・クルスになって、私の妹になるんですね」

「ええ。娘が増えるのは嬉しいわ。ジュリアが大人になって、あまり会えないから尚更ね」

 母は父のように不機嫌にならないし、帰ってくるようにも言わないけれど、もしかしたら少しさみしいのかもしれない。そんなふうに感じる。


「なります! なりたいです。ジュリアの妹に」

「あらあら。歓迎するわ」

「すごい……! 夢みたい。わたしがお姫様になれるなんて」

「すみません、ただの冠位魔法使いの準男爵家ですが」

「そうじゃなくて! 立場じゃなくて、なんていうの? 物語のお姫様みたいにフリフリのドレスを着て、見せてもらったようなステキなお部屋に住んで、その上、こんなに美人で優しいお母様とカッコイイお父様ができるなんて。わたしにとっては夢みたいなのよ!」


 美人で優しいと言われた母も、カッコイイと言われた父もまんざらでもなさそうだ。

「それならよかったです」

 父よりオスカーの方がカッコイイと思うけれど、今は言わないでおく。


「ジュリアは今日は泊まっていくのか?」

「そうですね……、一晩ノーラちゃんとお部屋で過ごして、いろいろ伝えておくのはいいかもしれません」

「それは必要だと思うわ。ジュリアのものを勝手にさわるわけにはいかないもの」

「いくつか、旅先には持って行きたくなかった大事なものがあるので。それだけはお伝えしますね」


「どのくらいこっちにいるのかしら?」

「明日の朝には発ちたいと思っています」

「忙しいのね?」

「そうですね。いろいろ待たせていることがあるので」

 リリー・ピカテット商会の面々にも今回は会わない予定だ。エディフィス王国でケルレウスの卵が食べられていない確認はとれたけれど、捜索自体が進んだわけではないし、解呪の件でブロンソンたちを待たせてもいる。


 ブロンソンにはいったん、次の依頼に向かってもらっている。ノーラを連れて帰宅するのに時間がかかるため、向こうの次の依頼が終わってから解呪に行く予定に変更してある。


「おばあ様たちが来る時とかに使う客間がありますよね? オスカーたちの魔法協会の寮は引き払ってしまっていて、街の宿に泊まってもらうのもなんなので、泊まってもらってもいいでしょうか」

「いやダメだろう、ひとつ屋根の下だぞ?」

「でも別のお部屋ですよ? 私の部屋とは階も違うし、お父様とお母様もいますし、ルーカスさんもいますし。同じ宿の隣の部屋よりずっと離れていますよね?」


「あら、いいじゃないの。この時間なら用意させるのも問題ないもの」

「しかしなぁ……」

「ウォードくんとブレアくんが外の宿に泊まることになったら、ジュリアはついて行って夜に戻るのでしょう?」

「そうですね、そのつもりです」

「なら、ここに泊まってもらった方が、ジュリアに長く家にいてもらえるじゃない」


「……しかたかいな。いいか? しかたなくだぞ?」

「ありがとうございます、お父様。大好きです」

「……オスカー・ウォードは?」

「もちろん、愛しています」

「クルス氏、聞いたら絶対被弾するんだからやめておけばいいのに」

「うぐぐ……」


「驚いたわ。ジュリアの家は本当に明るいのね」

「そんなに違いますか?」

「ええ。家長に女性が意見するなんて、怒鳴られて数時間お説教が普通じゃない?」

 照明の話かと思ったら、家の雰囲気のことのようだ。ノーラの普通が想定外で、全員一瞬止まった。


 最初に答えたのは父だ。珍しく眉が下がっている。

「いやそれは普通じゃないだろう」

「ええ。少なくともこのあたりだと、奥さんにそうしたらドメスティック・バイオレンスになるし、子どもにしたら虐待ね」

「ドメ……? 虐待……??」

「どちらも暴力で相手を支配することだが、この場合は精神的な暴力だな。部下にしたらハラスメントだ」


「いろいろな呼び名があって難しいのね」

「名前は違っても根本は同じだ。恐怖で相手に一方的に言うことを聞かせようとすることを言う。それは人としてダメだろう」

「……当たり前のように言うことを聞けない私が悪い子だから。ポンコツの出来損ないだから、しかたないの。兄弟はみんないい子なのに。お母様からも、なんでお父様に逆らうのかって……」

 ぽろぽろと涙がこぼれる。


「ノーラ?」

 母がやわらかい音で呼んだ。ノーラが手で涙をこすって顔を上げる。

「あなたはもうクルス家の娘です。ここでは、自分の意見をちゃんと言えることが美徳なの。だからあなたはきっと、とてもいい子よ?」

 ノーラが声をあげて泣いた。こらえようとしているのにこらえられないという感じだ。


「安心していい。ジュリアなんか私をひっぱたいたからな」

「ううっ……、それはなんというか……、ごめんなさい……」

「いや、あれは私も悪かったから互いに水に流せればと思っている。意見が合わないこともあるだろうが、ちゃんと気持ちを伝えあえるのが家族だろう。そんな家族になっていけるといいと思う」

 ノーラがぶんぶんと首を縦に振る。嗚咽おえつが収まらなくて言葉は出せないようだけれど、気持ちは十分に伝わった。


(ここに連れてきてよかった……)

 父と母ならきっと、ノーラの新しい居場所になってくれるはずだ。


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