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1 これからに向けて


 よく寝た。

 そう感じて心地よく目覚められたのはいつ以来だろうか。ずっと、悪夢を見ない日の方が少なかった。

(きっと、あなたの言葉が守ってくれたのね)

 手を伸ばしてはいけない彼の姿を思い浮かべて、ぎゅっと布団を抱きしめる。

「大好き……」

 つぶやきがこぼれる。

 あの恐ろしい光景に、ぬくもりが勝つ日が来るとは思っていなかった。


(……やっぱり、お礼くらいは伝えたい)

 両親に知られても違和感がない内容にすることにして、朝食後、使用人に手紙に必要なものを手配してもらう。

 オスカーとルーカスに同じ内容で書いた。


『助けていただき、ありがとうございました。心から感謝しています。』


 これだけなら他の人が見たとしても、領主邸で守られたことや連れ帰ってもらったことを指すように見えるはずだ。その短い文に込めた真意を、あの二人ならきっと読みとってくれるだろう。


『近いうちに魔力開花術式を受けに参ります。』


 その報告も添えた。

 きっと父から聞いているだろうけれど、自分で伝えたいと思った。特に、オスカーには。

 魔力開花術式を受ければ、隠さないといけないことがひとつ減る。既に魔法が使える状態で受けるのは少し心配だけれど、何か起きても何も知らないふりをすればいいだろう。


 魔道具ではない手紙は、使用人に魔法協会まで届けてもらうことにした。オスカーがいつまで休みになっているかわからないけれど、今の自分は彼らが寮にいることを知らないことになっている。


(確か二人とも他の街から来て、協会の独身寮にいたのよね)

 男女のエリアが分かれていて彼の部屋があるエリアに女性は入れないから、つきあっている間、一度も部屋に行ったことはない。

(オスカーの部屋……)

 結婚してからの彼の部屋と、独身時代のそれは違う感覚だ。もし今の彼の部屋に上がることになったら心臓がもたない気がする。

(って、そんなありえないことを考えてる場合じゃないわ……)


 記録用の魔道具の、領主の息子(フィン・ホイットマン)の暗殺について書いた部分に、領主邸で起きたことを書き足す。

 なぜ毒殺ではなくなったのか。なぜその気配すらなかったのかは、今でもわからない。わからないけれど、自分の行動が関係しているのだろうということだけはわかる。

「……ルーカスさんくらい色々見えたら楽なんだけど」

 どんなに魔法を覚えても、頭自体は平凡なことが恨めしい。



 久しぶりに母とアフタヌーンティーをすることになった。

「だいぶ顔色が良さそうね」

 安心したように言われて、そんなに酷かったのだろうかと思う。

(……うん、酷かったわね、きっと)

 今回倒れたことだけじゃなくて、その前から。未来の記憶を持って戻ってきてからずっと、本来のこの年代以上に不安定だった自覚はある。


「……ご心配をおかけしました」

「いいのよ。勝手に心配するのが親なんだから」

 母が冗談めかして笑う。内心で心から同意した。

 自分が親だった時も勝手に心配していた。あの子はそんな心配をよそに、すくすく育ってくれたが。


(……もう会えないけれど)

 クレアに会えないのはオスカーに会えないのとは違う。自分がオスカーを選ばなければ、あの子があの子としては存在しえないのだ。それに、例えもう一度オスカーと共に歩く未来があったとしても、これだけ色々と変わっていたら、あの子があの子になるかはわからない。そうならない可能性の方が高いだろう。

 そう思うと涙が込みあげそうになって、ぐっとこらえる。


「オスカー・ウォードくん」

 突然名前を出されて、驚いて涙が引っこんだ。心臓に悪い。

 なんだろうと思いながら母の言葉を待つ。

「ジュリアのためにだいぶ無茶をしたみたいね」

「……そう、ですね」


 母が言っているのは、魔力切れのまま魔法を使って連れ帰ってくれたことか、あるいは自分を守るために盾になったことか。

 父を相手にウソをついたのも、両親は知らなくても、大きな無茶のひとつだろう。それは孤児院での出来事を伏せてくれたところから、もう始まっている。

 彼の献身のおかげで今の自分がいるのは痛いほどよくわかっている。返せないくらいたくさんのものを、今も昔ももらってばかりだ。


 母が穏やかに続ける。

「ジュリアは、彼との未来は望まないのかしら?」

 カップを取り落としそうになって、そっと皿に戻した。

(……望まないはずない)

 そんな未来があったらと、誰よりも望んでいるのは自分だ。

(でも、望んじゃいけない……。オスカーがそれでいいって言っても。彼の命が自分のせいで断たれる未来は、二度とあっちゃいけないから……)


 ひとつ息を飲んでから、しっかりと母を見て笑みを作る。上手に笑えているかはわからないけれど。

「……はい。これからはいい同僚になれたらと思っています」

「そう……」

 母はどこか困ったように笑ったけれど、すぐにふっきるように声のトーンを上げた。


「なら、フィン様のこと、真剣に考えてみる?」

 衝撃が大きくて机につっぷしそうになったけれど、これもまたぐっとこらえる。

(ちょっと待って……。どうしてそうなるの……。

 ううん、お見合いをしたんだから、当然といえば当然……、なのかしら……?)

 どうすればいいのかがわからない。必死に言葉を探す。


「……フィン様のお気持ちもあるかと思います」

「向こうからは、こんな状況で申し訳ないけれど、ジュリアがよければぜひおつきあいをさせてほしいとのお願いが来ているわ」

(……ちょっと待って)

 好かれるようなことをした覚えはない。元からフィンは自分に好意的だったとは思うけれど。


(確かに、状況的には、私の方がお断りする理由が明確なのよね……)

 この前のことが怖かったからもう領主邸には行かない。この話はなかったことにしたい。そう言えば、向こうが謝りこそすれ、角が立つことはないだろう。


(でも……、私が行かなかったら、フィン様はやっぱり殺されていたんだろうし……。まだ犯人は捕まっていないし)

 魔力開花術式を受けておおやけに魔法が使えるようになれば、プラスアルファの護衛としてフィンのそばで守れるかもしれない。ここまで関わって見殺しにするのも後味が悪い。


「一度、フィン様と二人でお話しをさせてもらえますか?」

「ええ、そうね。ジュリアが戻った報告をしたら、ぜひお見舞いにとも言われたのだけど。回復してからとお伝えしていたから、すぐにでもお会いできると思うわ」

「ありがとうございます」

 フィンがあの出来事をどう捉えているのか、自分のことを本当はどう思っているのか、これからのことをどれだけ真剣に考えているのか。聞く必要があることはたくさんあるし、場合によっては真意を話した方がいいかもしれない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] あ。しまった。すみません。番外編でジュリア視点はなかったのですね。勇み足しちゃいました。 でも本編が只今、絶賛切ない中なので、番外編のオスカー様のジュリア視点を拝読したら泣いちゃうかもしれ…
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