番外 [前オスカー] 後輩として入ってきた上司の娘がかわいすぎるんだが、どうすればいい? 後編
ワイバーンが街を襲う事件があった。彼女はまだ見習いながら、ペアになった自分とうまく連携して、見事な手腕を見せてくれた。
(これは……、褒めて、……撫でてもいい、のか……?)
彼女はああ言っていたけれど、そう気軽にできることではない。結局、数ヶ月保留になっている。
(いや、それだけというのも……。いや、しかし……)
ぐるぐると考える。
数日後、昼休みが始まる頃に、二人きりになるタイミングがあったから切りだしてみることにした。
「……クル……、ジュリアさん」
久しぶりに名前を呼んだ。ビクッとして、赤らめた顔で見上げられる。
「なんでしょう……? ウォード先輩」
「その……。今回は特に、よくがんばった、と思う。もしよければ……、昼くらいおごらせてもらえたらと思うのだが」
「いいんですか?」
「ああ」
「それは……、ルーカスさんも一緒に?」
「いや、二人でと考えているが、ルーカスも一緒がよければ……」
「いえ。二人がいいです」
ドクン。他意はないはずだと自分に言い聞かせても、期待せずにはいられない。
「いつがいいだろうか」
「いつでも。今からでも、明日でも」
「食べたいものは?」
「なんでもいいですが……、ウォード先輩の好きなものを教えてもらえると嬉しいです」
(……待ってくれ。かわいすぎるんだが?)
好きなものと言われても、この街に来て寮に入ってからは高級店に行く機会はなかった。彼女を連れていけるような店は思いつかない。
普段の昼食はダッジが選んだ店にそのまま行っていたり、ルーカスに連れられるがまま適当に入っていた。
好きだと言える食べ物自体は思い浮かぶ。ルーカスとよく飲みに行く、昼は食堂、夜は酒場になる店のものだ。
「……大衆食堂になってしまうが」
「そういうところ、行ってみたかったんです」
(なんでそんなに嬉しそうに言うんだ……。かわいいな……)
「……わかった。これから行くか?」
「はいっ!」
ルーカスに一言断ってから、彼女を案内して行く。
ふいに、指先が触れた。それだけで全身に電流が走る。
(落ちつけ……、偶然だ)
彼女がうつむき加減になると、あまりはっきり表情が見えない。
自分ばかり、心臓がうるさい気がする。
「おいしい! なにこれ、おいしいです……!」
「気に入ってもらえたならよかった」
こんなにガヤガヤとうるさい場所にお嬢さんを連れてきてよかったのかと後悔していたが、目を輝かせて食べてくれて救われた。
「チキンフライ! 覚えました。ウォード先輩はこういうのが好きなんですね」
「……自分の好みを知ってもしかたないだろう」
彼女にとっては不要な情報なのではないか。単純にそう思って言ったら、彼女の手が止まった。
「もっと知りたい……と言ったら……?」
ぶわっと、全身が熱くなる。
(それは……、そういう意味だととらえてもいいのか?)
「……ジュリアさん」
熱を逃すように彼女を呼んだ。それなのに、もっと熱くなった気がする。
「自分も……あなたが好き……」
なものを知りたい。そう言うつもりでいたのに、彼女が真っ赤になるものだから、続きを口にすることができない。
「……嬉しい」
つぶやくように紡がれた音が、幻聴ではないかと疑った。周りの雑音が消えて、小さな声なのに妙にクリアに聞こえた。
「私も……、ずっと。……好き、です……」
頭の中で鐘が鳴った気がした。
「……自分でいいのか?」
「あなたがいいです」
視線が絡まる。これまで以上に熱を帯びた瞳に、思いが募る。
どちらからともなく顔が近づいていく。
そこで我に返った。
(事故とはいえ、こんなところで言うことではないだろう……)
自分のうかつさを猛省した。
「……週末、時間をもらうことはできるだろうか」
「はい……、もちろん。喜んで」
( か わ い い の だ が ?! )
「なら……」
霧散しそうな理性を必死に集めながら、一緒に待ち合わせの時間と場所を決める。
仕切り直しだ。
夜の一人反省会に、これからの期待が混ざって膨らむ。
(初デート、に、なるのか……?)
何を着ていけばいいのか、何をすればいいのか。
(何かプレゼント……、迷惑にならないものを……)
考えることが多くて忙しい。
でも、それ以上に。
彼女に手が届いてしまったことで、一層、自分が彼女で塗りつぶされた気がする。浮かれている気もして、どうにも、気が変になりそうだ。
(明日からも職場で普通にできるだろうか……)
午後はなんとかやりすごしたつもりだったのに、ルーカスからさらりと「おめでとう」と言われた。そんなに筒抜けだったのか、相手がルーカスだからなのかはわからない。
(クルス氏に知られたら……、決闘になるかもしれないから、魔法の腕を上げないとな)
浮かれすぎて思考が明後日に飛んでいることに、自分では気づけない。
初デートの前に、生まれて初めて花屋に入った。街の一角にある小さな店だ。ほとんどの花の名前はわからなかった。
(何を買えばいいんだ……?)
「いらっしゃいませ」
「らっしゃい」
夫婦のように見える中年の男女から声をかけられた。
「花を買いたいのだが……」
「用途は?」
「……彼女へのプレゼントに」
改めて言葉にするのは恥ずかしい。
夫婦が顔を見合わせて、微笑ましそうな笑みを浮かべた。
「その方とは長いの?」
「……初デートになる」
「なるほどな。どう思う?」
「そうね。ピンクのチューリップとか、どうかしらね」
(ピンクのチューリップ……)
示された花を見て安心した。自分でも知っている花だ。可憐なそれは、彼女によく似合う気がした。
「では、それを」
「何本?」
「……負担にならないよう、少なめがいいかと思う」
「なら、一本にしましょう。かわいく仕上げてあげるわね」
「頼む」
このくらいなら気負いなく受け取ってもらえる範囲だろう。
「がんばってね」
妻の方から笑顔で言われ、夫の方からは親指を立てられた。
(喜んでくれるだろうか)
自分の心音を聞きながら彼女に差しだしたら、感激したような笑顔で受けとってくれた。
(かわいすぎる……!)
かわいい後輩がかわいい彼女になって、最高にかわいい奥さんになってくれた。
それを幸せだと言わずになんと言うのか。
間違いなく幸せだった。
最後の瞬間に彼女や娘を守れなかった、その唯一の後悔を除いては。