29 戦いの結末
ふいにローブの子に手をとられた。
「逃げるぞ」
「フィン様は?」
「ルーカスが別方向に連れていく」
「え、ルーカスさんたちの方が狙われますよね?」
ターゲットはフィンのはずなのだ。集中攻撃を受けたらルーカスだけで守りきれるとは思えない。
「ああ。ルーカスがもつ間に自分が戻る」
言い終わる前に走りだす。手を引かれるがままについていく。
(『自分』……)
なぜこの組み合わせになって、そういう結論になったのか。もし彼が、彼なら予想できる。
フィンの安全よりもジュリアの安全を。フィンから離せばそれを確保しやすくなる。本来の護衛任務からすると絶対にしなさそうな判断を、ルーカスと彼ならするかもしれない。
これまでのことを総合すると、ほとんど確信に近い感覚だ。
だから。
かまをかけることにした。確信を持っているかのように。
「……あなたがここを離れている間、本当にルーカスさん一人でもつと思うんですか? オスカー」
繋がれた手に力が入った。足を止めて振り返った目が見開かれ、言葉を失ったかのように口元が固まる。
(オスカー……)
間違いない。
方法はわからないけれど、変装しているのだろう。なんのために? 自分のお見合いに立ちあうために? なぜ? わからない。
ハッとした。
一瞬攻撃を避けることを忘れた彼を、全力で押し倒すようにして一緒に炎の矢を避ける。普段のオスカーならびくともしないだろうが、今の彼は軽い。
「っ……」
「ごめんなさい、今ここで言うことではなかったです。……あなたが使ったことにしてください」
彼が彼で、同時に、ルーカスたちから離れたことは僥倖だ。オスカーには魔法を見せてしまった前科があって、彼は隠してくれたから、彼を信じることにする。彼に頼んで唱えてもらうのは、魔力残量的に避けた方がいいはずだ。
「ヒュージ・ボイス」
唱えたのは拡声魔法だ。オスカーが使ったことにするにしても、もうそれほど魔力がない中で不自然でなく、一番効果がある下級魔法を選んだ。
光が集まって大きなメガホンのような形を浮かびあがらせる。
大きく息を吸いこむ。拡声魔法に向かって、お腹の底から叫んだ。
「お父様ーっっ!!! ジュリアはここです!! 愛していますっ!!!」
大音量が空気と木々を震わせて、あたり一帯に響きわたる。あまりの音量に、驚いたのだろう敵の攻撃が一瞬やんで、時が止まったかのようになった。
空に二本の紫電が走る。
遠くの空で戦っていた魔法使いたちの中で、命中した二人が墜落する。魔法協会の魔法使いたちがあわてて降下して受けとめたようだ。
「ジュリアーっ!!! 今行くぞーっ!!!!!」
拡声魔法が返ってきて、ほとんど見えない速さでホウキが飛んでくる。
「ありがたい。クルス氏がすぐに来てくれるなら、ルーカスたちも守りきれるだろう」
少年姿のオスカーの表情がゆるむ。
(やっぱり……)
二人とももう長く戦える状態ではないのだろう。だから最善として、全滅するくらいならと自分を逃がすという選択をしようとしていたのだと思う。
フィンと、最後までフィンを守る盾としてルーカスが犠牲になる可能性を加味した上で。オスカーは本来それをよしとする人ではないから、おそらく提案者はルーカスだ。
「あらまあ……。冠位のお嬢さんだったの。余計なことをしてくれるわねえ。メインターゲットだけでも仕留めさせてもらうわよ?」
オスカーが踵を返して救援に向かう。反射的にその後を追う。
「サンダー・バード」
「アイアン・ソード」
オスカーが、魔法で出した鉄の剣を敵の雷の鳥の進行方向へと投げる。命中した剣が雷の鳥を吸収して帯電し、そのまま敵へと向かう。
(上手い!)
さすがだ。身体能力と魔法を駆使して戦うオスカーは、姿が違っても最高にカッコいい。
「ファイア・バード」
「ウォーター・ソード」
フィンを狙った炎の鳥は水の剣で切って消した。
ラヴァたちがホウキに乗って素早く位置を変えながら、多方面からフィンに向かって魔法を放つ。
「ファイア・アロー、ファイア・バード」
「サンダー・ボルト、サンダー・バード」
直線的な攻撃は、ルーカスの指示でフィンが自分で避けている。追尾型の攻撃を、オスカーが最低限の魔法で処理していく。
(上級、中級魔法はなし。向こうももう魔力があまりないのね)
すぐに父も来る。これならなんとかなるはずだ。
そう思った時だった。
フィンが木の根で足をすべらせて転んだ。助けに入ろうとしたルーカスの進行方向を炎の矢がふさぐ。
「サンダー・ボルト」
敵の雷がフィンへと伸びる。オスカーが少し離れたところから慌てて魔法を唱える。
「ダート・ウォール……?!」
ボコっと反応した大地は、しかし、フィンに向かう雷を防げるほどには育たない。
(オスカーが魔力切れ!!!)
「危ないっ!」
渾身の力でフィンをつき飛ばす。
「ゴッデス・プロテ……」
同時に最上級の防御魔法を唱えようとした。もう魔法が使えることを隠している場合ではない。この攻撃を切り抜けたら反撃だ。その後のことは後で考えよう。言葉ではなく感覚でそう思っていた。
が。
自分の前で黒のローブがはためく。
呪文が終わるよりも早く、守るように飛びこんだオスカーが攻撃を一身に受ける。
ローブが霧散して、少年の姿だった彼が元の大きさに戻った。
「ぁ……」
倒れる彼の身体を受けとめようとして、その重さを受けとめきれずに地に崩れる。
全身の火傷と、呼吸の停止。鼓動も感じられない。
「ああ……」
認識したのと同時に、この世の終わりのような悲鳴が響いた。
▼ [ルーカス] ▼
「オスカーっっっ!!!」
意識するより先に叫んでいた。心臓がバクバクと跳ねる。
「ジュリアーっっっ!!!」
すぐそこまで迫ったクルス氏が娘の悲鳴に驚いて、強力な雷魔法を敵に向かって乱射する。
「おっと、これはまずいですな。冠位がご乱心だ」
間一髪で避け、紳士風の男が魔法を唱える。
「ダークネス・ナイト」
辺りが瞬時に闇に包まれ、何も見えなくなった。
「うふふ。また会ったらよろしくねえ? 生き残った方の坊や」
「テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」
「レット・ゼアビライト」
ラヴァの声と紳士風の男の呪文が重なって、ほぼ同時にクルス氏の声がした。
闇が元に戻る。
直後、クルス氏が言葉を失って、その場に固まった。
敵二人だけでなく、ジュリアとオスカーの姿も、跡形もなく消えていた。
ふいに全身の力が抜けてその場に崩れる。
地に頬をつけたまま、友人とその思い人がいたはずの場所に手を伸ばす。
「ジュリアちゃん……、オスカー……」
なぜメインターゲットであるはずの領主の息子フィンを残して、二人が連れ去られたのか。
その理由がわからない。




