24 [オスカー] 見合いの警備
クルス嬢と目が合った時、いつも以上にきれいな彼女から目が離せなかった。自分の背が低くなって彼女と視線の高さが同じくらいになっていて、より近く感じたのも新鮮でドキドキした。
後から、正体に気づかれていないかという焦りが出て、さすがにこの姿ではわかるはずがないと打ち消した。
変装用の魔道具のローブは指定魔道具だ。魔道具協会が許可した機関の中で、更に内部の許可を得ないと使用できない。管理も厳重だ。
ヘイグ氏にうまく言って借りてきたのも、クルス氏に気づかれないように自分たちをお見合いの日の警備にねじこんだのもルーカスだ。お見合いの日取りはクルス氏から全体に筒抜けで助かった。
借りたローブを着せられ、ルーカスが使い方の資料を見ながら目を輝かせた。新しいおもちゃを手に入れた子どものようだった。
「変えられるのは、年齢と肌の色、瞳の色、毛の色、髪の長さだって。
年齢を上げても面影が残りそうだから、思いきって下げちゃおう。小柄で童顔な人に見えるでしょ。肌も全然違う方が気づかれにくくなるし、瞳と髪も振りきっていこうか」
ルーカスが楽しげに調整して、満足したところで鏡を見せられた。
「完全に別人だな」
「うん。我ながらいい仕上がりだと思うよ。年齢が下がった分、声も高くなってていいね。髪は編んじゃおうか」
「できるのか?」
「うちにはワガママなお姉様たちがいたからね。遊ばれたり手伝わされたりで、いつのまにか覚えてた」
「器用だな」
「うん、よく言われる」
髪を伸ばしたことがないから、他人に髪を編まれるのも初体験だ。なんともこそばゆい。
「注意点はローブを脱がないことくらいかな。半分以上脱いだら元に戻るって」
「わかった」
外見を整えたところで通信用の魔道具を渡された。指輪の形をしたスイッチと、耳にかけるレシーバーの二つで一セットになっている。
複数人で任務にあたる時によく使うものだ。今日は自分とルーカスが装着する。
オンにすると多少離れていても声が届くようになるのと同時に、その間はレシーバーを身につけている相手にしか声が聞こえなくなる。周りに知られないように会話ができるのも大きなメリットだろう。
魔法協会が所有しているものは魔法使いにしか使えない仕様のため、魔石を装着する必要がなく、ほとんど気づかれないくらい小型化されている。
警備上必要な話をするものだと思っていたら、ルーカスからやたらと連絡が飛んできた。
『ジュリアちゃん、めちゃくちゃきれいだね。本当のお姫様みたい。まあ元がいいもんね。着飾ってちゃんとお化粧したんだろうけど、王城にも上がれるんじゃない? こんなとこの田舎貴族にはもったいないなあ』
『ジュリアちゃん、ぼくのこと普通に気づいたみたいだね。女装した姿でしか会ってなかったのに、よくわかったと思わない? ぜんぜん別人になってる自信あったのに』
『オスカー、超目があってたよね? これだけ変えて気づくとは思えないけど、まさかって思うくらいには見られてなかった?』
『なんか思ってたよりいい雰囲気だね? 話してる内容までは聞こえないけど。オスカー、大丈夫?』
『ジュリアちゃん、ムリにお見合いさせられてる感じじゃなさそうだね。けど、何か目的がありそうな顔にも見えるんだよなあ。なんだろうね?』
( う る さ い ……!!!)
何度連絡の魔道具を外そうと思ったか知れない。けれど仕事であることを考えるとそうするわけにもいかない。つい顔をしかめてしまう。
宝石商の調査に行った時はこんなふうにうるさくなかった。普通に仕事程度のやりとりだったと思う。
(ルーカス……、自分とクルス嬢のことをおもしろがってないか……?)
時々そんな気がすることがある。小さくため息をついた。
領主の館のメイドが屋敷の方から、トレイに乗せたティーポットとカップを運んでくる姿が見える。カタカタと小刻みに揺れている気がする。
ルーカスが何かに気づいたように前に出た。
『ちょっとあの子と話してくるね。ここはよろしく』
『ルーカス……?』
いつになく真剣な顔だ。クルス嬢たちの方にも気を配りつつ、細かくルーカスの方も見やる。
ルーカスが駆けよって声をかけると、メイドはビクッとしてトレイを取りおとした。
『ポットのお茶がかかった虫がひっくり返ったから、毒物だね。兵士に詰所に連れて行ってもらおう』
『なっ……』
聞いた瞬間に血の気が引いた。
それはクルス嬢にも出されるものではなかったのか。ルーカスが気づかなかったら彼女までどうなっていたかわからないということではないのか。
(なんてことをしようとしたんだ……!)
驚いた後に怒りが湧いたところで、突然崩れ落ちたメイドをルーカスが受け止めた。
『ルーカス! どうした?!』
『オスカー! ジュリアちゃんたちから目を離さないで! 魔法使いがいるかも!』
ルーカスが駆け戻りつつ連絡魔法を飛ばすのが視界の端に見えた。
自分と同じくらいの距離を保って護衛についていた兵士二人が、剣を抜いてクルス嬢たちに近づいていく。
異変に気づいて近くで守るためかと思ったが、フィンが何か声をかけた次の瞬間、クルス嬢が飛びあがって兵士の方に椅子を投げた。
「逃げてっ! 操られているわ!!」
(っ……)
全力で駆けよりながら魔法を唱える。
「エンハンスド・ホールボディ! アイアン・ソード」
全身の身体強化をかけて行動速度を上げ、鉄の剣を出す。
(っ、体が小さい分遅い! 間に合ってくれ!)
クルス嬢が、椅子から転げ落ちたフィンをかばうようにして、兵士との間に入って椅子を構える。
(なんて無茶をするんだっ!!)
必死に彼女の前にすべりこむ。
カンッ。
振り下ろされた剣を剣で受け止め、なぎ払う動きで、もう一人の剣も受け止めて弾く。
(っ、強化がかかっていてもこの程度か!)
普段なら、身体強化をかけた状態で受けて返せば、それだけで相手に剣を取り落とさせられるのだ。速さも力も、体が小さくなっただけでこんなにも変わるのかと思う。
片手剣を両手持ちに変えて切りこみ、いつもよりめいっぱい力を込めて兵士たちの剣を弾き飛ばす。
「スパイダー・ネット」
魔法で編んだ網で兵士たちを捕らえ、地に転がした。
ホッと一息つく。
「大丈夫か?」
「はい。ありがとうございま……」
彼女がお礼を言いきる前に、どこからか巨大な火球が飛んできた。




