22 フィンとのお見合いへ
お呼ばれ用のワンランク上のドレスを着せられる。いつもは比較的動きやすいドレスにしているから、少し窮屈だ。
今の時間に戻ってきてから初めて袖を通す。クルス家は一応貴族だけど、魔法使いであることが優先して、あまり貴族的なつきあいは多くない。貴族が多いエリアに住んでいないのもひとつの理由だろう。
化粧やヘアメイクはプロが呼ばれた。
(そういえば、前は二度、結婚式でお世話になったのよね……)
自分の結婚式と娘の結婚式。
二度目のその日に全てが変わってしまったが。
一瞬、真っ赤な記憶が引きだされて吐き気とめまいを覚えたが、なんとか飲みこんで平静を装った。
完成した姿は、自分の結婚式の時に負けず、美しく仕上げられている。
父は貴族としての正装の上に冠位九位の白いローブをまとってきた。冠位の色はそれ以外の魔法使いは使用禁止なため、着るだけで身分がわかる。魔法使いとして最上級の正装だ。
普段から立場を誇示する人ではないから、日常的には冠位のローブを着ていない。領主の男爵家から娘が軽んじられないようにという気づかいを感じた。
(ちょっと待ってと思うことはあるけど、すごく大事にはされているのよね)
痛みの記憶に引きずられかけていた気持ちが、少しあたたかくなった。
「ジュリア……。やはりなかったことにしないか?」
迎えにきた馬車に両親と乗ったところで、父が何か言いだした。
オスカーとの結婚式の前にも似たようなことを言っていたのを思いだし、つい小さく笑ってしまう。
「お会いするだけで、まだ嫁ぐわけではありませんよ、お父様」
「もし見合いが成立しても、嫁ぐのはまだ先でいいからな」
「はい。ありがとうございます」
すごい早さで何人もの見合い相手を探してきた本人の発言だとは思えない。
(元気にはなってほしいけど、家からは出てほしくないのかしら)
そう解釈すると、ここ最近の不調を相当気にかけてもらっていたのだろうと改めて思う。
その分の風当たりがオスカーに行っているらしくて、彼には重ね重ね申し訳ない。
前の時は順調だったのだ。交際にも結婚にも反対されることはなく、彼なら任せられると言っていた。最後に取り消そうとした方が本心かもしれないけれど、少なくとも表立っては何も問題はなかった。
(あの頃は毎日幸せだったから。きっと今回は私が泣いていたせいよね)
父自身が変わったのではなく、自分の態度が大きく変わった影響なのだろう。色々なことが変わっていて、予想できないことが増えている。
ふうと、肩の力を抜くように息をつく。
「お父様。これからお会いするフィン様がどのような方なのか、少し伺ってもいいですか?」
「そうだな。お前も幼い頃に会っているが。三、四歳くらいまでだったか」
「そうなのですか?」
まったく記憶にない。
前の時にフィンの事件を聞いた時も、知り合いとして思いだすことはなかったと思う。当時なら、同じように言われたら思いだせた可能性はあるかもしれないが。
「覚えていないのもムリはない。まだ幼かったのもあるだろうし、男爵家の年始のパーティなど、人が多いところでしか会っていなかったからな」
「パーティに行かなくなったのは、何か関係が悪化したりしたのですか? 今回もムリをしていたりしませんか?」
「いや、私は毎年行っているし、時々仕事上の連携もしている。関係は良好だ。何も心配はいらない」
「ふふ。本当のことを話してもいいかしら?」
母が穏やかに笑って父に尋ねる。
「なんのことだ?」
「あら、ジュリアを連れて行かなくなったのは、領主様から、いつかジュリアにお嫁に来てほしいって言われたからでしょう? あなた、まだ早いって言って、あんなところにはもう連れて行かないって言ったのよ」
(……ちょっと待って)
初耳だ。
小さい子どもにそういうことを言うのは、普通は社交辞令で、本気ではないだろう。あるいは政治的な話だろうに、父は何をしているのか。
前の時には父のそういう面は目に入らなかったから、ルーカスの話に始まって、驚いてばかりだ。
大切にされているのはわかるけれど、行きすぎているところには少し呆れてしまう。
「……お父様」
「まあいいじゃないか。今回はちゃんと許可したんだ。
覚えていないかもしれないが、子どもの頃は仲良く遊んでいたぞ。お前よりふたつ年上で、あの頃は兄貴風を吹かせていたな」
「お兄さんという感じなのですか?」
「どうだろうな。最近は私も会っていない。大人しい方だとは聞いている」
「そうなのですね」
そこまで聞いても、記憶が浮かび上がってきそうにはない。
(ふたつ上なら、オスカーと同い年ね)
人物像としては、投影の魔道具で見た印象のままという感じか。
記憶をたどるのをあきらめて、確かめておくべきことを尋ねる。
「気になっているのは、領主様が私の条件を飲んだということです。気持ちの面は別として、男爵家なのですから跡取りは必要ですよね」
「あー……、そこなんだが。実はフィン様が護衛の魔法使いの雑談でジュリアのことを聞きつけたらしくてな。直接了承を伝えてきたんだ。領主である父には条件の部分を伏せてほしいと言いそえて」
「ということは、このお見合いを望んでいるのはフィン様ご本人なのですね」
「領主様に伺いを立てた時にはジュリアを迎えることに乗り気だったが、条件の部分となると話すわけにはいかないだろうな」
(……なるほど)
大体の状況はわかった。
さすがの父も、領主にあの条件でお見合い話を持ちこんだわけではなかったようだ。少し安心した。
これからの立ち回りを考える。
まずはフィンと自分が毒殺されないようにすること。そして、暗殺犯を突きとめる。この二つが最大のミッションだ。
もしお見合いの後におつきあいを断るとしても、暗殺犯を白日にさらすまでは関係を続けないといけない。そしてもし断るのなら、相手から断ってもらった方が無難だろう。
(すぐに断られないように気を持たせた上で、後から相手に断ってもらう? そんな悪女みたいなこと私にできるかしら……)
想像してみようとしたけれど、イメージできない。
(……ううん。できるかできないかじゃない。やるしなかい、のよね)
後から断ってもらうという条件がなければ、まだ少しは話が簡単だ。もしうまく気を持たせられたら、そのまま結婚してしまう方が楽なのかもしれない。けれど、まだそこまでは気持ちが割り切れない。




