19 ちょっと待ってお父様
「ジュリア、見合いをしないか?」
「……はい?」
父は唐突に何を言いだしたのか。理解が追いつかない。
夕食後、部屋に戻る前の時間だ。母は一足先に離席している。
「お前を手放すのは惜しいが、いつかは通らないといけない道だ。そろそろそういう年頃だろう?」
「あの、お父様? どうされたのですか? 何か変なもの……、幻覚系のキノコでも召し上がられました? それとも撹乱系や精神操作系の魔法か魔道具の影響ですか?」
「いや、私は至って正気だ」
父は言いきったけれど、とても信じられない。父のひたいに手をあててみる。
「熱はなさそうですが」
「正気だと言っているだろう。こういうことは私以外の男にするんじゃないぞ」
(あ、確かに正気だわ)
男性関係の禁止令は父の通常運転だ。とりあえず話を聞いてみることにする。
「えっと……、お見合いというのは」
「今日オスカー・ウォードと話したんだが。あいつ、なんて言ったと思う?」
「……いえ、わかりません」
オスカーが自分と誰かのお見合いをすすめたのだろうか。そう思うと泣きたくなるけれど、ぐっとこらえる。
「『クルス嬢の幸せのために、クルス嬢と婚約させてほしい』とか、意味がわからん。お前にだけは絶対にやらんと言っておいた」
(……ちょっと待って)
内心で頭を抱える。
オスカーは何を言っているのか。父と同じくらい意味がわからない。彼も幻覚系のキノコでも食べたのだろうか。でなければ誰かに操られているのだろうか。
あんなに傷つけたのに、なぜこんな自分にかまうのか。わからないのに、心臓が踊ってしまって、ついそんな未来を思い描いてしまう。
(ううん、それはダメ……、絶対)
「だが、冷静に考えると、それも一理あると思ってな」
「……え」
(一理あるって……、オスカーと婚約……? ううん、それはお父様が断っているのよね……?)
「誰かと婚約すれば、最近のお前の不調も落ちつくかもしれない。そうでなくても、見合いをすれば気が紛れるかもしれない。男なんていくらでもいるんだ」
(……ちょっと待ってお父様)
父はいい人だし、自分を心配してくれているのはわかるけれど、どうしてここまでズレたのかがわからない。
「あの、お父様? お気持ちはありがたいのですが。お相手の方を好きになれるとは思えないので、ご遠慮させてください」
「好きになれるかなれないかは会ってみないとわからないだろう? オスカー・ウォードに出会ったのもここ最近じゃないか」
ズキン。
はたから見たら確かにそうだろう。けれど自分にとっては、気が遠くなるくらい長い時間、大事にしてきた思いだ。
それをすべて否定された気がして、涙が込みあげそうになる。
父が慌てたように言葉を続ける。
「いや、悪かった。ムリにとは言わないし、すぐでなくてもいい。ただ、他に目を向けた方がお前が幸せになれるんじゃないかと思っただけなんだ」
(幸せ……)
父とは逆の意味で、確かにと思った。
他の誰かの元に嫁げば、決してあれほど幸せにはならないはずだ。もしかしたらそれはひとつの解決方法なのかもしれない。
そうなればオスカーも、自分のことなんて忘れて幸せになれるはずだ。
「……ふたつ、条件があります」
「なんだ」
「私の気持ちがなくても許される方であること。それと、子どもを望まない方であること。
もしその二つを承諾いただける方がいるのなら、前向きに考えます」
「……そうか。わかった」
父が難しい顔をして書斎へと向かう。
(えっと……、断ったように聞こえたのかしら?)
受けてもいいというつもりだったけれど、そう受け取られたならそれはそれでいいかと思う。
(お父様には悪いけれど、この二つの条件は譲れないもの)
オスカーが好きなのだ。
彼が生きられるなら、自分が死ぬ以上の苦労をしてでも世界の理をねじ曲げて、時間を遡るほどに。
再会は幻滅をもたらすどころか、好きだという気持ちを大きくするばかりだ。彼への思いを変えられるような誰かがいるとは思えない。
子どもを持たないのも決定事項だ。
(『最も幸福な子孫の幸福』が代償って言っていものね……)
自分が幸せにならないで子どもを持てば、次の世代に因果を繋ぐことになる。自分の子どもや子孫にあんな思いはさせられない。こんなことは自分だけで終わりにしないといけない。決意を新たにする。
父があきらめて、お見合いの話は終わると思っていた。
両親と平和な休日をすごした後、魔道具の店で魔法使い用の魔道具をふたつ買った。
オスカーが勤務中の時間帯、魔法協会からは遠い店を選んで細心の注意を払ったおかげか、今回は無事にエンカウントを避けられた。
そうして手に入れた魔道具のひとつめは、筆記の魔道具だ。今回の主目的にあたる。
あれからいくつか思いだしたことをまとめていく。
(時系列をよく思いだせないのよね、昔のことすぎて。大きいことの中で、この四つは結婚前だったはず……)
まず、盗難品を扱っていた宝石商の摘発。
オスカーとルーカスが調査をしていたのだろう案件だ。自分とオスカーは何日か回って、ヒットしていたと思う。
宝石商を泳がせて、盗んだ魔法使いを捕まえる作戦は失敗したと記憶している。
それから、老人ホームのピクニック中に起きた地面の崩落と、それによって判明したジャイアントモールの異常増殖。
冒険者協会と衛兵とも協力して討伐するくらい大がかりだった。
魔物関係だと、あと、ワイバーンの群れが街を襲撃した事件。これも色々なところと連携しての大規模討伐だった。
原因はワイバーンの卵を街に持ちこんだ冒険者がいたせいだったか。冒険者協会で必要な処理をすれば親から探知されなくなるが、協会を通さずに個人に渡していたと聞いたと思う。ある意味では人災だった。
そして、領主の息子の暗殺事件。
護衛に魔法使いも雇っていたのに防げなかったため、魔法使いを送った魔法協会の失態として非難を受けていたのを覚えている。
後は日常だ。魔法について教わったり、訓練を受けたり、魔法使いの活動について学んだり、ちょっとした仕事をさせてもらったり、後半は外部研修に行ったり。
この街にいた見習い期間、オスカーと結婚して彼の実家があるウッズハイムに移動になる前はそんな感じだったはずだ。
(確かウッズハイムの魔法協会は見習いの育成をしていた人が辞めて後任が入らなかった関係で、オスカーは寮があるホワイトヒルの魔法協会で研修を受けて、そのまま新人時代を過ごしていたのよね)
移動後は二人で育成部門を担いながら、臨時派遣の案件にも対応していた。
ウッズハイム時代にもいろいろあったし、いくつか大きな事件も起きたけれど、まだ先の話だからひとまず横に置いておいていいだろう。
書きだした四つの事件を改めて眺める。
(みんなホワイトヒルにいたこの二年くらいの出来事なのはそうなんだろうけど。いつだったかしら……)
それ以上はどうにも思いだせなくて、一旦魔道具を置いた。
代わりに、もうひとつの魔道具を取りだす。ルーカスの話で存在を思いだしたものだ。
(記憶検索、記録、投影……)
手順通りに最近の記憶を書きこむ。父が使っていると言われた記憶投影の魔道具だ。
記録して映しだしたのは、孤児院でのオスカーの姿。
「何か少しでも、あなたの力になれると嬉しい」
そう言ってくれた誠実な、大好きな瞬間。
もう彼の姿を直接見ることがないのなら、こうして時々眺めるくらいは許されるだろうか。
父は常時投影にしているみたいだけれど、自分はそうするわけにはいかない。懐かしむようにしばらく眺めてから、映像を消して引きだしの奥に大切に仕舞った。
表向きは変わらない日が続いた。教職の勉強を続けながら、他の道や事件をどうするかを考えていく。
教職からの進路変更をまだ親に伝えていないのは、その先が決まっていないからだ。本当の理由は言えない今、他にやりたいことを見つけないと理解してもらうのは難しいだろう。
そんなある日、父から話があると言われた。改めてそう言われるのは珍しい。
普段両親と食事をしているテーブルの席につく。
「ジュリア。待たせたな。この中から好きに選ぶといい。なんなら全員会ってみてもいいぞ」
テーブルに記憶投影の魔道具が並べられた。
五つもある。
それぞれに身なりを整えた男性の姿が映っている。
「お父様、これは……?」
「お前が相手なら、気持ちも子どもも要らないと言いきった強者たちだ」
(……ちょっと待って)
会話後の様子から本当に用意してくるとは思っていなかったし、いきなりこの数は想定外すぎる。
内心で激しく頭を抱えた。