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18 [オスカー] クルス氏との対談


 クルス嬢に会った日の夜、ルーカスと飲みながら作戦会議をした。この国では多くの職業で見習いが終了する十八歳以降が飲酒の目安だ。ルーカスとは互いにたしなむ程度なため、距離感が程よい。


 彼女に負担をかけないために距離をとるという案は一蹴された。

「それがオスカーの優しさなのはわかるけど、不正解だよ」

「不正解……?」

「うん。そもそもジュリアちゃんも望んでないからね」


「会わない決意をしていると言われたが?」

「こっちではそう考えてるけど、こっちだと望んでないっていう話」

 指先でトントンと頭を示されてから、次に胸元を示される。

「だからあの子はオスカーを拒絶するたびに調子を崩してるんでしょ。タイミング的に最初からそうなんじゃないかな。考えと気持ちがバラバラなんだから、そりゃそうだよね」


(ちょっと待ってくれ……)

 もしルーカスの推測が正しいなら、最初から、調子を崩すほど好かれていることにならないか。

 ナゼと思わなくはないが、それを差しおいて、思考が花畑になりそうだ。

(落ちつけ……、ただの推測だ。本人から言われたわけじゃない)

 そう考えたところで、彼女から「好き」だと言われた記憶にすべて持っていかれる。

(うわああああっっっ! なんであんなにかわいいんだ……! 反則すぎる……)


「あはは。ジュリアちゃんはオスカーが大好き」

(大好き……)

 脳内で彼女のセリフが置きかわる。ダメだ。そんなことを言われたら心臓が持ちそうにない。


「で……、大事だから傷つけないために会わない方がいいと考えている。でも本当は会いたい。それで間違いないと思う。

 きみたちは同じなんだ。お互いに相手のために自分を抑えちゃう。

 その結果がバカらしいことになるってわかってても自分本位にはなれないだろうから、彼女のこっちを汲んであげなね」

 もう一度、胸元をトントンと示された。


(彼女の気持ち、か)

 何を置いてもそれを優先するつもりではいる。が、彼女自身が相反する状態で揺れているのだとすれば、こちらがどうすればいいのかというのも難問だ。


「ま、そう言ってもジュリアちゃんの決意は固そうだからね。とりあえず、将を射んとせば先ず馬を射よ、かな」

「馬……?」

「うん。本当は後回しにしたいラスボスクラスの巨大な馬ね」

 ルーカスがケラケラ笑う。

 その提案は難題だと思ったが、避けては通れないし、彼女のためにもなりそうだから試してみる価値はあると思った。



 翌日、ルーカスがクルス氏を昼食に誘いだしてきた。

 クルス氏は家族の時間を大事にしていて、夕食には必ず帰ると有名だ。ゆっくり仕事以外の話をしたければ昼しかない。

 先に席についていた自分の顔を見たとたん、クルス氏がみけんに深いシワをきざむ。


「オスカー・ウォード。お前と私的に話すことはないのだが?」

「申し訳ないが自分にはある。……ジュリア・クルス嬢のことで」

 立ってていねいに頭を下げ、席をすすめる。

 クルス氏は眉をよせて、苦虫を噛みつぶしたような顔になりつつも、

「……聞こう」

 とため息まじりに承諾した。


 軽い声が割って入る。

「二人ともそんな固くならないで、まずお昼を頼もっか。じゃないと食べ損ねちゃいそうだからね」

 ルーカスが場をしきり、必要なことを差配する。

 ルーカスは空気を軽くしようとしている気がするが、クルス氏の周りはヒリついているし、自分も肩の力を抜ける気はしない。

 

「で、ジュリアの話というのは?」

 この雰囲気のまま食事をとるよりは先に話してしまった方がいいとは思う。机の下でこぶしを握った。

「まず……、最近のクルス嬢の不調の原因は自分にあるかと思う。申し訳ない」

「らしいな。知っている。謝罪はいらん。謝罪程度で許す気はないからな」

 予想していた以上の敵意に、すぐには次の言葉が出ないでいると、クルス氏が深くため息をついて続けた。


「で、お前はうちのかわいいジュリアの何が気に入らないんだ?」


「……は?」

(待ってくれ。何を言っているんだ……?)


「ジュリアは話してくれないし、お前を庇うようなことを言っていたが。滅多なことで泣く子ではなかったのに、最近はかわいい目を腫らしてばかりだ。

 最近というのは、お前に会ってからだろう? わかるな?」

「……ああ」


「それを知っていたら、ジュリアをボランティアに行かせたりはしなかった。私はお前を買いかぶりすぎていたんだ。

 街で子どもの誘拐事件に巻きこまれた時にジュリアが一緒だったらしいな?

 まったく、ジュリアのことを私じゃなくシェリーに聞かれていたのは盲点だった。シェリーはシェリーで話すタイミングを見ていたというがすぐに言ってくれればよかったものを。いや、それは今はいい。

 お前がそこで助けたのか? それで惚れられて、振ったのか? そんな惚れっぽい子に育てた覚えはないんだがな……」

 クルス氏の認識がズレすぎていて言葉が見つからない。横でルーカスが笑うのをこらえている。


 運ばれてきた食事に一人だけ手をつけつつ、クルス氏が止まらない。

「振るにしても言い方っていうものがあるだろう? あのくらいの歳の女の子は繊細なんだ。

 大体、あんなにかわいくていい子はそうはいないぞ? 試しにつきあうだけでも……、いや、それはそれで許せないな」

「いや……」


「私が、私と妻が、どれだけ大事にあの子を育ててきたと思うんだ? どこの馬の骨とも……知っていたとしても、泣かされているのを黙って見ているのがどれほど辛いか……」

「クルス氏……」


「お前もいつか娘を持ったらわかるだろう。小さい頃なんか『おとうちゃま、だいすき』って言ってくれたんだぞ? かわいいだろ? さすがに結婚するとまでは言ってもらえなかったが、それもきっとシェリーを気づかってだろう。優しい子だからな」

「……そうだな」


「お前に同意される筋合いはない。お前にあの子の何がわかる?」

(これは……、どうすればいいんだ……?)

 酔ってはいないはずなのに、酔っ払いに絡まれている気分だ。


 ルーカスが笑顔で入ってくる。

「まあまあ、クルス氏。もし本当にこいつがお嬢さんを振っていたら、代わりにぼくが殴っておくから」

「そうだろう? 一発、いや数発は殴ってもいいと思うのに、ジュリアはこいつを庇うんだぞ?」

「お嬢さんは、なんて?」


「『彼は何も悪くない』『問題があるのは自分の方』だと。そんなわけがないだろう?」

「けど、ぼくもオスカーも、同じことをお嬢さんから聞いてて。

 ひとつだけ訂正させてもらうと、振られたのはオスカーで、振ったのがお嬢さんなんだよね」

 クルス氏が一瞬目を点にしてから、思いっきり眉を寄せた。

「……何を言っているんだ? 自分で振ったのに、天地がひっくりかえったかのように泣き明かすはずがないだろう?」


 話の流れは修正されたが、どうしても気になることがある。

「正確には告白してはいないし、振られてもいないのだが」

「いや今その正確さはいらないから。『また会いたい』『ごめんなさい』が、告白と振られた以外のなんなのさ」


(そういうものなのか……)

 そう言われるとそんな気もするが、そうだとすると会った当日に告白したことにならないか。そんな大胆なことをしたつもりはなかった。

(……どうすればよかったんだ?)

 それきりになるのはイヤだったのだ。最初の時も、再会した時も。


「で、事実確認をしたところで、ここからが本題。ほら、オスカー」

 ルーカスに話を振られて意識を戻す。

「……ああ。自分は、クルス嬢が……」

「聞きたくない!」

「いや聞いて、クルス氏。大事なことだから」

 耳をふさごうとしたクルス氏の両手をルーカスがこじ開ける。


「……幸せなら、それでいいと思っている」

 クルス氏が目を瞬いて手を下ろした。

「その……、一緒にいられたらもちろん嬉しい。が、彼女が望まないなら、身を引く覚悟は何度もしてきた。

 けれど彼女は……、こちらの幸せのために身を引くのだと。話せない、難しい事情があると。それが何かを伺いたいのだが……」

「それが事実なら、むしろ私が知りたいところだ」

「なら……、クルス嬢の幸せのための提案なのだが……」


(……あ)

 ルーカスと打ち合わせた通りに言うつもりだったのに、口が滑ってしまった。

 聞いたクルス氏が鬼の形相になって、銀貨をテーブルに叩きつけて店を出て行った。



 クルス氏の背が見えなくなったとたん、ルーカスが腹を抱えて笑いころげた。

「……笑いごとじゃないんだが?」

「あっはっは! だってオスカー、らしくないじゃん。最後のアレ、口が滑ったんだろうけど焦りが出すぎ。予想外のことが起きるってなかなかないから、ほんとおかしい」

 ツボに入ったらしいルーカスは放っておくことにする。小さくため息をついて、食事に手をつけ始めながら反省会だ。


 予定では、彼女の事情を探るために時々護衛につけてほしいと言うことになっていた。

「この件を置いたとしても、クルス嬢は魔法使いにならなかった。一人で外出することも多いようだ。知っている人間が護衛についていた方がクルス氏も安心ではないだろうか」

 そう言って、自分であることがわからないように変装してもいいし、ルーカスと二人で、あるいはルーカスだけでも、と提案するように言われていた。

 自分が護衛に行ければベストだし、通らなかったとしてもルーカスをかませられるという作戦だった。


 受け入れられなさそうな要求をしてから、それよりは受け入れやすい要求をすると、相手はそれならと受け入れる可能性が高まるのだと、ルーカスが言っていた。

 口を滑らせて予定以上の要求をしてしまったのは、それが頭の片隅にあったのもあるかもしれない。

(受け入れられなさそうな要求にも限度があるのだな)

 相手が怒って出ていってしまったらそれ以上はどうしようもない。完全な失態だ。


「あー、おかしかった」

 ひととおり笑ったルーカスが食事に手をつけ始める。

「銀貨はありがたく受け取ろうか。お昼はクルス氏のおごりだね。それでもだいぶ余るかな」

「へたに返そうとすると怒らせる気がするな」

「あはは。だね。打ち合わせの飲食代としてとっておこうか」

「ああ。それで問題ないと思う」

 上司が部下におごること自体はそう珍しくない。何度かおごられたことにすればいいだろう。


「さっきの話だけど、クルス氏がそれを受け入れられそうな人なら、むしろいい手なんだけどね。明らかにムリだろうからね」

「面目ない」

「あはは。いいよ。ぼくはおもしろかったから。ま、最低限誤解は解けたはずだし、マジメに働いて取り返しながら再挑戦かな」


「ああ……。つきあわせてすまない」

「そこは好きでやってるから気にしないで。ジュリアちゃんに惚れてからのオスカーはおもしろいし、お互いに相手を自分より大事にできるくらい好きになれるの、まぶしいと思うから。がんばってね」

 言葉にされるとなんとも恥ずかしいが、ルーカスの力添えは心強い。


「それはそれとして、クルス氏はジュリアちゃんが元気になりそうなことならなんでもしそうなんだよね。あさっての方向に突っ走らないといいんだけど」

 ルーカスが半分冗談のようにつぶやいたことがただの懸念ではなかったことを、そう経たずに職場で思い知った。


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