38 新年デートと二十メートルと二百文字
家族と年末年始を過ごして、新年の二日にはオスカーとデートだ。進めた方がいいことはあるけれど、前から観劇の約束をしていた今日はデートを死守したい。
置いていくユエルが拗ねないように、家族といる間にたっぷり相手をしておいた。
(デート……!!!)
完全に、完璧な、デートの約束が嬉しい。嬉しすぎる。
朝から浮かれていたら、父が寂しそうに聞いてくる。
「ジュリア、随分と機嫌がよさそうだな」
「お父様、それはそういう口調で言うことではありませんよ? これからデートなのだから、機嫌がよくて当たり前じゃないですか」
「デートならもう飽きるくらいしてるだろう? そろそろ飽きないか?」
「飽きません! 二十年経っても飽きないと思います」
実績に基づく数字だ。出会ってから二十年以上、前の時に彼といたけれど、たまにデートができる時間はすごく楽しみだった。
「あらあら。ふふ。私たちもデートに行きますか?」
母が笑って、父に腕を絡める。
「それがいいと思います。お父様にはお母様がいるじゃないですか」
「それとこれとは別だ。ジュリアは私よりオスカー・ウォードといる方が楽しいんだろう?」
「あなた、何を言っているの? そんなの当たり前じゃないの」
母が苦笑しながら嗜める。父がしょんぼりと肩を落とした。
「お父様はお父様として大事ですよ?」
一番大事なのはダントツでオスカーだけど、それは言わないでおく。
馬車の音が聞こえてきて、父が出る前に門に向かう。
「あけましておめでとうございます、オスカー」
「……ああ。おめでとう」
馬車が停まって扉が開いた途端に迎えたからか、少し驚かれた。
「今日は街でゆっくりして、夕方は観劇ですね。楽しみです」
「ああ。朝のうちに席をとっておこう」
差しだされた手に手を重ねて、馬車に乗りこむ。父と母が見送りに来てくれた。
「行ってきます、お父様、お母様」
「早く帰るんだぞ」
「今日は劇を見るから少し遅くなるって言ったじゃないですか……」
父は大丈夫だろうか。前の時に若くしてボケたということはなかったはずだけど、少し心配だ。
ドアを閉めて馬車が走りだすと、そっと肩を抱きよせられる。嬉しくて、すりっと甘えた。
「……年末に教えてもらった、魔力量を増やす方法を続けているのだが」
「あ、どうですか?」
「あれはおもしろいな。やればやっただけ実感がある。が、急速に伸ばそうとするとその分多く戻るし、一日の中でも限界があるみたいだ」
話すオスカーが楽しそうで何よりだ。
「なんというか、トレーニングに似ている気がする」
「そうですね。似ているかもしれません。筋肉は鍛えるのをやめると戻ってしまうけど、魔力のキャパシティはちゃんと広げて固定された分は戻らない、というくらいの違いでしょうか」
「楽しいな」
「ふふ。あなたには向いているかもしれませんね」
「ノンマジックの付与も少しコツが掴めてきた気がしている」
「え、もう、ですか?」
「……ウッディケージ・ノンマジック」
手のひらサイズの小さな鳥籠を出して見せてくれる。かわいい。
中に手を入れると、確かに魔力が制限されている感じがする。
「凄いですね……」
「いや、まだかなりの集中力が要るし、安定させられるのがこのサイズまでだから、実戦には程遠い」
「前にも言ったけど、普通、あなたの歳で使えるような魔法じゃないので。この短期間でコツを掴んだのはあなたの才能だと思います。……多分、結構努力したのだろうというのも含めて」
「努力、というほどではないが。仕事がなく稽古もなくジュリアとも会わない日は、魔法か体の訓練くらいしかやることがないからな」
「あなたのそういうところ、尊敬してます」
やることがないからといって鍛える方向にいく人はそんなに多くないだろう。自分も、必要性を感じた時しか動かない。オスカーは凄い。前の時の彼も凄かったし、今も凄いし、めちゃくちゃカッコイイ。大好きだ。
オスカーが照れくさそうにする。かわいい。ハートが溢れている自覚はある。もうそれを隠さなくていいのがすごく楽だ。
早めの夕食を済ませてから、劇の開演より少し早い時間に劇場に戻った。
朝のうちに買った木板のチケットを見せて中に入る。買った時間が早かったからか、真ん中の方のいい席だ。比較的前の方だけど、前すぎることはなく、見やすい場所だと思う。
「楽しみですね」
「ああ」
既に座っているのも、次々と入ってくるのもカップルばかりだ。手を繋いでいるか腕を組んでいるのが当たり前で、席につくなりキスを交わす人もいる。向こうは気にしてなさそうだけど、他人のを見てしまうとちょっと気まずい。
『燃えよ恋』は、他国からの侵略を防ぐために戦う騎士の恋愛物語だった。
(え、ちょっと待って……)
話としてはおもしろい。おもしろいのだけど、やたら身体接触が多い。舞台上でめちゃくちゃ、ちゅっちゅイチャイチャしている。
すべて演技で実際に触れてはいないとわかっているけれど、本当に見ていていいのかがわからなくなってくる。どういう顔をして見ればいいのかもわからない。
あまつさえ、隣の席のカップルがいちゃつき始めた気配があるし、前の席もやたら距離が近い。
(待って。これって恋愛系の劇の普通なの?)
前の時は無難に、原初の魔法使いの話を観たのだったか。オスカーも自分も恋愛物語にさほど興味がなくて、手を出したことがないジャンルだった。
隣を見てみると、暗くて顔色まではわからないけれど、オスカーはいつも通りに見える。落ちつかない自分が変なのだろうか。落ちつこうと思ってもそわそわしてしまう。
(助けて、オスカー……)
隣の彼の手を取って、自分の脚の上に乗せ、指を絡めて握った。自分の手を下にして、もう片方の手を彼の手の上に乗せる。
落ちつくためにそうしたはずなのに、彼の熱が伝わって、ものすごくドキドキする。
(ひゃああああっ……)
ばっくんばっくんと心臓がうるさい。
もう話の内容は全然頭に入らなくて、とにかく恥ずかしい。
オスカーがそっと握り返してくれる。すごく嬉しい。が、それ以上にドキドキが止まらない。
ぎゅっと彼の腕を抱きしめる。それだけじゃ足りなくて、握っていた手を解放し、そっと頬をすりよせる。
(大好き、オスカー。助けて……)
劇が終わって劇場を出る。
出たとたんにそのへんでいちゃつくカップルが後を絶たない。もうどうあっても、容量オーバーだ。
「……家の前まで送ろう」
「ありがとうございます……」
前の時は観劇の後に感想を交わしあっていたけれど、自分から言えそうにはないし、彼も何も言ってこない。
ただしっかり手を握ったまま、すっかり暗くなった道を歩いていく。
まだ体の中の熱が全然引いていない気がする。
「……今日は楽しかったです」
「自分もだ」
「次のお休みの時には、ペルペトゥスさんのところに行ってみましょうか」
「ああ」
いつも口数が多いわけじゃないオスカーが、いつも以上に言葉少なだ。
それが心地よくて、しっかりと手を繋いだまま、ただ一緒にいることに身を委ねる。
ふいに、家よりもまだ数十メートル手前で、オスカーが足を止めた。
「オスカー?」
「いるな、門の前に」
「え?」
家からの明かりでわずかに人影が見える。
「師匠、ですかね……?」
「まだシルエットもよくは見えないが。その可能性を考えて動いた方が安全だと思う。どうしたものか……」
「とりあえず、連絡魔法でどういうつもりか聞いてみましょうか。この距離ならまだ十分逃げられますから」
人影が師匠ではない可能性も考えて言葉を選ぶ。
『スピラさん、あけましておめでとうございます。ジュリアです。今、どちらにいますか?』
そう言って送ったら、まっすぐに門の方へ飛んだ。明らかに黒だ。
すぐに返事が飛んでくる。
『ジュリアちゃん、連絡待ってたよ。今、あなたの家の前にいるから、これから会える?』
本人も白状している。完璧に黒だ。
『二十メートル以内には近づかない約束でしたよね』
『オスカーくんと一緒だもんね。大丈夫。あなたがいいって言わなかったら、ちゃんと二十メートルあけるから』
「……と言ってますが」
「自分が確かめてくる」
「それなら一緒に行きますよ。前も言ったけど、あなたの方が危ないんですから」
『約束は守ってください』
そう送ってから、二人で家の方にゆっくり歩きだす。
一定の距離まで行くと、一歩進むたびに師匠が一歩下がっていく。
ちょっとおもしろい。
「走りませんか?」
「走る……?」
「はい。少しだけ、ものは試しに」
ちょっと小走りで進んだら、師匠があたふたして、ちょっと小走りで離れていく。
こちらが足を止めたのに気づくのが遅れて、少し行き過ぎて戻ってくる。おもしろい。
「ふふ。ちゃんと約束守ってくれますね」
「そうだな。ジュリアの家の前に来るのは問題ないと思っているらしい時点でズレてはいるが」
「言われたことは守るけど、それ以外には想像が及ばないのでしょうね。けど、それならそれで、話す余地はある気がしてきました」
「話す、のか?」
「ルーカスさんのアドバイス通りにしましょう。まずペルペトゥスさんに会いに行ってみて。その後、ルーカスさん同伴で話せたらと思います」
「わかった」
『スピラさん、誠意はわかりました。そのうち話す時間を作ろうと思います。連絡しますね』
『うん! 待ってるね』
ものすごく無邪気な返事が来て、ため息をつきたくなる。師匠は満足したのか、ホウキでどこかに飛んでいく。
(おかげで変な熱に浮かされた感じはなくなったから、それは助かった……の、かしら?)
「……ジュリア」
オスカーにささやくように呼ばれて、そうしてもいいのかを確かめるかのようにしながら抱きよせられる。
それだけで瞬時に鼓動が加速する。
少し体が離れて、視線が絡まる。
どちらからともなく、そっと唇を触れあわせる。今はそれが自然な気がした。
「オスカー・ウォード。肝が座ってきたな?」
父の声に驚いて、パッと離れた。内側から父が門を開ける。
「かわいい娘にオオカミが食いついているのを目撃した父親の気持ちを二百文字以内で言ってみろ」
「ちょっ、お父様?! むしろ見られた私たちの方がいたたまれないんですが?!」
「せめて場所を選……、いや、ダメだ。そういう問題じゃない」
「……むしろキスまででガマンしていることを認められるべきだと思う」
「オスカー?!」
オスカーは何を言いだしたのか。父の目が点だ。
「……失言だった。……ジュリアさん、また」
「えっと、はい。おやすみなさい……」
オスカーが逃げるようにホウキで帰っていく。
なんとか父を宥めて部屋に戻ると、もうぐったりだ。




