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25 セイント・デイらしいデートだったのに


 師匠の問題を片づけて、ひと息ついたら少しお腹がすいてきた。

「お昼、何か食べたいものありますか? 夜しっかりなので、軽めがいいかなと思うのですが」

「……なんでもいいか?」

「? はい。できる範囲なら私はなんでも」

 少し言いにくそうに問い返されたのに答えたら、言っていいのか迷うようにしながら続けられた。


「ジュリア」

(?!)

「……の料理が食べたい」

「え、……それでいいんですか? もっと特別な感じのとか」

「自分にとってそれ以上に特別はないが。ジュリアがイヤならムリにとは」

「いえ、イヤとかは全然」

 彼が食べたいと言ってくれるのは嬉しいけれど、安上がりすぎる気がするだけだ。


「そうなると……、材料を買ってうちか、夏の別荘ですかね」

「夏の別荘はまずいだろうから、急で問題ないならお邪魔させてもらう方がいいと思う。

 が、日を改めた方がいいだろうか。ご両親とも知っていて以前許可をもらっているとはいえ、ちゃんと挨拶をしたことはないから」

「うーん、どうでしょう。気にしない気もしますが。一度連絡魔法を送ってみましょうか」

 言って、父宛でお伺いを立てる。

『お父様、ジュリアです。オスカーを家に連れて行ってもいいですか? お母様にも聞いてもらいたいです。あと、台所を使ってもいいかも』


 返事を待つ間にオスカーと相談を進める。

「あまり時間がかからない料理がいいですよね。何を作りましょうか」

「ジュリアは何が得意なんだ?」

「作るのは好きで、一緒に生活していた時はよく作っていたので、結構なんでも?」

「なんでも……。この前のサンドは、作るのは大変だろうか」

「え、あれでいいんですか? 軽食ですけど」

「ああ。ジュリアがよければ、軽くという意味でもいいと思う」

「わかりました」

 そのくらい気に入ってくれたのだと思うとすごく嬉しい。


 父からの返事が飛んでくる。

『連れてこい』

 短い一言だ。言葉足らずにも程がある。追って、もうひとつ連絡が来た。母の声だ。

『ジュリア、せっかくのデートなのに二人きりじゃなくていいの? うちは全然構わないけど。

 エリックが家にいる時は、彼をあなたの部屋には行かせてくれないと思うわ。今から連れだすのも難しそうだし……。それでもいい? あなたたちがいいなら歓迎するわ』

(お母様は何を心配しているの……)

 父と方向性が真逆すぎて、これはこれでオスカーに聞かれるのが恥ずかしい。


「すみません……」

「いや。クルス氏とシェリーさんらしい」

 彼が笑って流してくれると安心する。

 もう一度連絡を送って、軽く昼食を作るつもりだけど二人も食べるかを聞いたら、父から即答で『要る』と返ってきた。仕事の時にはもう少しちゃんと話しているのに、この短さはなんなのか。

「じゃあ、四人分の材料を買ってうちに行きましょうか」

「ああ。楽しみだ」


 ツリーハウスを出て、小屋にしていた木を元の状態に戻す。少しムリをさせたから、お礼を言って撫でておいた。それで何が変わるわけではないけれど、気持ちの問題だ。

 自然な感じで、それぞれでホウキを出す。

(二人乗りは……、やっぱりまだ刺激が強すぎたわ……)

 彼のホウキに乗った時と同じくらいの恥ずかしさを想定していたのに、それでも限界なのに、はるかに上回ってものすごくドキドキした。

(オスカーが言いださないのも、そういうことでいいのかしら……?)

 隣に並んで飛ぶ彼の方を見ると、どこか嬉しそうな笑みが返ってくる。

(ああ……、もう。幸せすぎる……!)



 家に着くと父が仁王立ちしていた。隣に立つ母が苦笑半分、おかしさ半分といった感じだ。

 オスカーが二人で選んだ手土産のお菓子を差しだす。

「……急に、すみません。よければ」

「あらあら、ありがとう。今度は気を遣わないでね。自分の家だと思ってもらってかまわないわ」

「それはまだ早すぎるだろう」

「お父様……。……あんまりオスカーにイジワルすると、嫌いになりますよ?」

 ちょっと目に余ると思ってそう言ったら、父の眉がへの字に下がる。どこか泣きそうなのは気のせいか。


「あらあら。ごめんなさいね、この人、かわいい娘を取られて寂しいだけなのよ。

 あなたも。ウォードくんに言うことはみんなジュリアに言ってるつもりで言葉を選んだ方がいいと思うわ」

 父が唸ってオスカーをにらむ。何も言えなくなったのだろうけれど、態度が大人げない。

「お母様、台所を借りますね」

「ええ、どうぞ。好きに使って」

 オスカーの手を引いて一緒に向かう。彼一人をリビングに残さない方がいい気がしたのだ。あの両親に何を言われるのかわかったものじゃない。


「おかえりなさいヌシ様!」

 ユエルが飛んできて、すりよられる。言葉を解する魔法は、朝自分にかけたまま残っている。他の人にはただの鳴き声に聞こえているはずだ。

「ただいま、ユエル。すみません、この後また出るのですが」


「オスカー・ウォードをヌシ様のお部屋に連れこまないのですか? そのために戻ってきたのでは? 気になるならオイラは別室で待機しますよ」

「お昼を食べに帰っただけです。ユエルにも果物のお土産をあげますね」

 まったく何を言いだすのか。オスカーには言葉がわからない状態で本当によかった。

 ユエルが頭の上におさまる。最近は肩より気に入っているようだ。


 台所に立って準備を始める。

「何か手伝えることはあるだろうか」

「ありがとうございます。助かります」

 結婚してからもよくそう言ってそばにいてくれたのを思いだす。そんな時間が好きだった。

(幸せだなぁ……)

 またこんな日が来るなんて。そう思うと涙腺が緩みそうになる。


 チキンフライのサンドだけでいいと言われたから、サンドに飲み物と果物を添えたものを四人分用意した。甘さが強めのジュースがよく合う気がするし、彼も好きだった組み合わせだ。

 一緒にダイニングに運んでいくと、父が緊張気味にスタンバイしていて、母はニコニコと笑っている。

「お父様、お母様、お待たせしました。簡単ですが」

「ふふ。ジュリアが一人で作った料理は初めて食べるって、この人すごく期待してるのよ」


「あ……、それは、ごめんなさい。味つけとかは私だけど、結構オスカーにも手伝ってもらいました」

 父がこの世の終わりのような顔になる。こんなにわかりやすい人だっただろうか。

「オスカー・ウォードの手料理なんか嬉しくない」

「一緒に作ってもらえて私は嬉しいけど、すみません。今度はお父様だけのために作りますね?」

 そう言ったらパァっと復活した。本当に、こんなにわかりやすい人だっただろうか。


 みんなでいただきますをして食べ始めたら、オスカーが一口食べて、子どものように目を輝かせた。かわいい。

「うまいな。できたてだからか? 前のは前のでよかったが」

「温かいとまた違いますよね。それぞれに合うように少しだけ味つけも変えてるんです」

「このジュースもすごく合う気がする」

「はい。合いますよね」

 彼が喜んでくれて何よりだ。自分で食べても、中々できがいいと思う。


「あら、ほんと、おいしいわね。うちとは少し違うみたいだけど、どこで覚えたの?」

 ギクリ。母は父より鋭い。

 前の時に大好きな旦那様のために試行錯誤しましたとは言えない。オスカーはみんなおいしいと食べてくれるけれど、反応を見ていると好みはわかってくるのだ。

「味見をしながらなんとなく……?」

「ふむ。うまいな。ウォードが手を出していなければよりうまいのだろうが」

「お父様……」

 今回の父の子どもっぽさはなんなのか。頭を抱えたくなる。


 手土産のお菓子も出して、軽い話をしてから家を出た。

「すみません、お父様がいちいちつっかかって……」

「いや、問題ない。職場とは随分イメージが違うから、中々おもしろいと思う」

「おもしろがってもらえるならありがたいです……」



 二人で街を散策する。見慣れた場所でも特別な感じがする。

 セイント・デイに合わせて店も飾りつけたり専用の商品を前面に出したりしていて、いつもの街と少し違うというのもある。けれど、何より彼と一緒に歩けるのが嬉しくて、つい笑みがこぼれる。


(ペアハンカチ……?)

 気になって、服飾小物の店で足を止めた。女性用はレースの装飾があり、男性用はシンプルな白の刺繍で、どちらも使い勝手がよさそうだ。

「今日の記念にいかがですか?」

 店員からにこやかに声をかけられ、オスカーと顔を見合わせる。彼が買ってくれると言ったけれど、ローブと同じように贈り合いにした。


 彼を思う宝物が増えるのはすごく嬉しい。

 昔たくさん積み重ねたそれらは彼を失った時に見ることができなくなって、当時の家と一緒にそのまま放置して二度と戻ることはなかった。

 時を戻った今、あるのはこのローブと、もったいなくて手をつけられない飴と箱、ひそかに植物の時を止める魔法をかけて仕舞ったピンクのチューリップだけだ。

 春になればホットローブは着れなくなる。いつも持っていられるハンカチは本当に嬉しい。


 自分の元に彼がくれたものがあるのと同じくらい、贈ったものを彼が持っていてくれるのも嬉しい。

 誕生日に贈った万年筆を、彼は大事に使ってくれている。なくしたくないのか、外に出る時には持ち歩いていないが、内勤の時にはずっと持っている印象だ。見るたびに幸せな気持ちになる。


 街歩きを楽しんでから、予約していた時間にディナーの店に入る。ものすごくセイント・デイらしいデートだ。すごく嬉しい。

 一番上のランクではないけれど、そこそこ奮発するレベルの高級店だ。接客も丁寧で、内装も心地いい。

 料理も一品一品にていねいなこだわりを感じるおいしさで、珍しい食材の組み合わせなどの驚きもあって、とても楽しい。


「……こんなに幸せでいいんでしょうか」

「ああ。ずっとこうしていたい」

「私もです」

 今日のこの時がずっと続くといい。そう思ってしまう。


 店を出てからもすぐに帰りたくなくて、ホウキを出す代わりに手をつないだ。オスカーからもしっかり握られて、笑みが返る。

「送っても?」

「ありがとうございます」

 もう少し。あと少しだけ。今日の余韻に浸っていたい。


「ジュリアちゃん、見ぃつけた!」

 空から声がしたのと同時に、目の前に人が降ってきて、突然抱きつかれる。

「うん、やっぱりかわいい」

「キャァァッッッ」

 自分の口から悲鳴が飛びでた。

 瞬間的に反応したオスカーが相手をひっぺがして投げ飛ばす。

「おおっと、坊や、結構強いんだね?」

 地に落ちる前にふわりと浮いてダメージをなくし、ストンと着地した。


 人型だけど、ヒトではなかった。

 ダークエルフだ。


「師匠?!」


「今の私はあなたの師匠じゃないから、スピラって呼んでほしいかな」

「どうやってここが……」

「ジュリアちゃんの魔力量は中々見ないからね。世界中を飛んで上から探せば見つかるよね。思ってたより時間はかかっちゃったけど」


 スピラがニヤッと口角を上げる。


「ここからは大人の時間だ。坊やは実力で排除させてもらおう」


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