14 何をしているんですかお父様
ルーカスが父に困っているという。そのイメージが持てなくて問い返すと、ルーカスが軽い調子で続ける。
「元から子煩悩なのは知ってたよ? デスクに置いた投影の魔道具でジュリアちゃんを常時投影してて、毎週最新に更新されてたから」
カップを取り落としそうになって、あわてて持ち直す。
(……ちょっと待って)
全く知らなかった。少なくとも家の中、自分の行動範囲にはそんなものはない。父の書斎や父母の寝室はわからないが。
もちろん、前の時に魔法協会に入ってからも見たことがない。もし見ていたらすぐにやめさせたはずで、遠い昔であっても記憶に残っているはずだ。
(私が行くから仕舞ったのかしら……?)
「えっと……、記憶投影の魔道具、ですよね?」
「うん、そうだね」
記憶が新しいうちなら記録に残せて、魔力で映しだせる魔道具だ。本体はポケットに入るくらいの小さな箱で、その上部に平面の映像が映しだされる。映しだす大きさはスペックにより、大きくなればなるほど値段が高くなるのと同時に、本体サイズもいくらか大きくなっていく。
「みなさんがいるところのデスクですか……?」
「うん、もちろん。一応支部長室はあるけど、来客用の応接室の役割がメインだからさすがに置けないんじゃないかな。クルス氏自身、フロアのデスクに居る方が多いしね」
「毎週……?」
「うん。最新を投影してたね。昔のは内部に保存してて、数が入らなくなったら新しいのを買って古いのを保管してるみたい。複数記録ができる記憶投影の魔道具は高価なのに、すごいよね。
ぼくの直属の上司のヘイグ氏がクルス氏と長いつきあいなんだけど、ジュリアちゃんが産まれた時からあるって言ってた」
「そうなんですね……」
父は職場でいったい何をしているのか。頭を抱えたい。
父に甘やかされた記憶はない。どちらかというと厳格な方だと思ってきた。感覚的にしか覚えていないけれど、小さいころは叱られて泣いたのも珍しくなかったはずだ。間違いを正してくる相手だから緊張する相手でもある。
そんな父の姿とルーカスが話す父が一致しない。
(……クレアは溺愛してたけど)
娘、父から見ると孫に対しては、目に入れても痛くないくらいかわいがっていた記憶がある。当初は意外に思ったのを覚えている。
今回はそんな父に孫の顔を見せられないのも申し訳なく思うことのひとつだ。
そっちの父であればやりかねないことだとは思う。
「それで、ぼく……というか、この街の魔法協会のメンバーは、みんなジュリアちゃんの顔を知ってるってわけ」
ルーカスから「クルス氏のお嬢さん? ジュリアちゃんだよね?」と聞かれた理由がわかった。
(まさか知らないところで勝手に有名になっていたなんて……)
前の時、魔法協会に通うようになってすぐからやたら声をかけられたのは、久しぶりの新人が嬉しかったとか父の地位が高いからとかだろうと思っていたが、そんな理由もあったのかと思う。知らなかった。
(……え。ちょっと待って?!)
そうなると、オスカーも初めから自分の顔を知っていたことにならないか。
思い至ったのと同時に顔から火が出るかと思った。
初めて会った日に聞かれた。
「どこかでお会いしていただろうか」
その意味が変わってくる。
顔は知っているけれど会ったことがなかったはず、ということだったのだろうか。
自分が彼を知っている言い訳をすんなり受け入れてくれたのは、家で同じように投影の魔道具で見せられている可能性を想定したのかもしれない。
他人のデスクをまじまじと見るような人ではないから認識が薄かったとしても、
「名前を聞いても?」
その問いは答え合わせだったのかもしれない。
「モンロー氏……?」
そう呟いて真剣に考えていた彼の頭の中には既に父の顔と名前が浮かんでいて、偽名を名乗った理由を考えていた可能性がある。
(きゃあああっっっ)
叫びたいくらい恥ずかしい。なんてバカなことをしてしまったのか。衛兵にバラされたものだと思っていたけれど、最初からなんの意味もなかったのなら、ただの変な女ではないか。
(ううっ……、オスカーに嫌われるっていう目的なら正解だったって思うしかないかしら……)
普通はそんな変な女と関わりたいとは思わないはずだ。
(……はず、よね……?)
これまでのことを思い返すと、そんなこともなかった。どうあってもただ恥をかいただけなようだ。
穴があったら入りたい。むしろもう穴を掘って入りたい。
「ジュリアちゃん? 大丈夫? お茶でも飲む?」
「知らなかったなら恥ずかしくて当然だろう」
「あはは。なかなかな衝撃だろうとは思うよ。クルス氏のことだから本人の前だとデレなさそうだしね。職場で話す時はデレッデレだったけどね」
(デレッデレ……?)
誰の話なのかと思うレベルだ。父への衝撃が少しだけ自分の言動への衝撃を和らげる。
「それでいてぼくら若手の男がジュリアちゃんがかわいいなんて言おうものなら鬼の形相になるんだから矛盾してるよね。
『ジュリアがかわいいのは当然だ! 変な目で見るんじゃないぞ!』って誰かが言われてからみんな気をつけてるんだけど、投影を置かなければいいっていう発想にはならないみたい。自分が見たいんだろうね」
「……父がご迷惑をおかけしていてすみません」
本当に、職場で何をしているのか。
魔法使いは我が強くて変わり者が多いとよく言われるけれど、そういう意味では父はあまり魔法使いらしくないと思っていた。が、認識を改める必要があるようだ。ルーカスが言う理不尽さはどうにも魔法使いらしい。
「あはは。気にしないで。このあたりはただの笑い話だから。
で、きみがついに魔力開花術式を受ける日が来たって、そわそわしてすごく楽しみにしてて。なのに、きみは来なくて。そのまま魔法使いにはならないことにしたっていうじゃない?」
「え……」
恥ずかしさを通り越して血の気が引く。そんなことまで筒抜けだとは思わなかった。
「……それ、みんな知っているんですか?」
「まあ、同じ部屋にいるから聞こえちゃうよね。オスカーがいる部門は準備して待ってたから、直接キャンセルが伝えられてるし」
(……ちょっと、待って)
可能性として考えてはいたけど、完全にアウトではないか。オスカーは確実に、自分が術式を受けていないのを知っていたことになる。その上で、魔法を使ってしまったことを黙ってくれているのだろう。
ちらりと彼を見ると、落ちつきのある笑みが返る。何も心配はいらないと言われているような気がする。彼のそんな雰囲気が大好きだ。
今回は変なところばかり見せていて、何度も拒絶しているのに、どうしてそんなに優しいのか。
(大好き……って、そうじゃない)
「その節はご迷惑をおかけしました……」
「いや。術式のキャンセル自体はそれほど珍しいことではない。気にしなくていい」
「ありがとうございます」
彼の言うとおり珍しいというほどではないけれど、そう多いわけでもないのは知っている。体調不良や、親は受けさせたかったけれど本人は他のことをしたい場合などにまれにあるくらいだった。
「うん。みんな残念がってはいたけど、そのへんは事情があるだろうから気にしないで。問題はその後だから」
「その後、ですか?」
「正確には次の次の日からかな。翌日は未だかつてないくらい上機嫌だったから」
「ああ、あれは逆に怖かったな……」
「受けに行かないって使用人が使いに来た時は固まってたのに、次の日が満面の笑みとか、気でも触れたかって感じだよね」
「ルーカス、少しは言葉を選べ」
「あはは。よく言われる。まあたぶん、ジュリアちゃんといい話ができたんだろうとは思ったけど。ジュリアちゃんの希望を許したら大好きだとでも言われたんじゃないかなって」
「だいたいそんな感じです……」
言葉は違うけど内容に大差はない。筒抜けすぎる。
「で、次の日ね。天国から地獄に落ちたみたいな顔になってて、今度はどうしたって感じで。
夜も朝もジュリアちゃんが食事に出てこなかった、シェリーさんが様子を見に行っても返事がなかった、嫌われたかもしれない、何が悪かったのか、そうじゃないなら悪い病気か、医者を呼んだ方がいいのか、使用人に持って行かせたものにも手をつけてない、病気じゃなくてもこのまま食べなかったら死ぬかもしれない、みたいなことを言って取り乱してたんだよね。
それから毎日そんな感じで、ぼくの近くのヘイグ氏に泣きついてて。最近は食事では会えるようになったみたいで少しマシにはなったんだけど、それでもまだジュリアの元気がないジュリアの元気がないどうすればいいって毎日毎日……、そろそろどうにかしてほしい」
(……ほんと、待って)
なんということだ。あまりにも筒抜けすぎる。
当然オスカーにも聞こえていただろう。出会った翌日からそんな話を耳にしたら、彼なら責任を感じて訪ねてきて当然だ。
恥ずかしすぎる。
「本当にすみません……」
自分が原因な申し訳なさと父が迷惑をかけていた申し訳なさが両方ある。と同時に、少しだけ父がうらめしい。自分が行かない前提だとしても、もっと人がいないところで話すくらいは配慮してほしい。
「あはは。ほんと、聞いてるとただの失恋っぽいのに、クルス氏は大げさだよね」
「……、……え」
一瞬何を言われたかわからなくて、意味を理解するのと同時に恥ずかしさが更新される。もう十分恥ずかしいのにこれ以上があるのかというのが続いている。
(お母様もそう言っていたし、そんなふうに見えるのかしら……?)
「なんて。ここからが本題なんだけど」
(まだあるの……? 今度は何……?)
ルーカスはニカッと、世界一の発明品を披露するかのように笑って、軽い調子で爆弾を投下した。
「ジュリアちゃん、オスカーとつきあっちゃえば?」