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9 好きだと言うけど特に好きじゃないですよね


 食事を終えると、バートは急ぎの仕事があるからと足早に商会に戻っていった。

「中々有意義な話だった。しっかりした若者だな」

 父がそんな感想をもらす。魔法使いは関与しない、経済や商売の話をしていたのが少し聞こえてきていた。父が楽しかったなら何よりだ。


 店を出たところでバーバラから声をかけられる。

「ジュリア、少しだけ、商会のお部屋で話せるかしら?」

「どうでしょう? お父様、少しだけ戻るのが遅くなっても構わないですか?」

「うむ。魔法協会としては問題ない」

「ありがとうございます」


「わたしたちも待たせてもらっても?」

 女装してルカ・ブレアとして参加しているルーカスが、父とバーバラを見て尋ねる。

「いや、お前たちは仕事に戻ってほしい」

 ルーカスが思いっきり顔をしかめる。

「クルス氏。これは安全の問題なの」

「まあ! わたし、ジュリアを危険なめになんてあわせたりしないわ!」


「……私が待とう」

「支部長が戻らない方が問題だと思いますが。それなら私が残った方がマシかと思います」

「いや、それなら自分が」

 父、ストン、オスカーと続いた。

(みんなちょっと過保護じゃないかしら)

 父とオスカーはまだしも、ルーカスとストンが過保護の仲間入りをしている意味がわからない。


「今日に限ってはオスカーも一人で待たない方がいいと思うわ」

 ルーカスがめずらしく真剣な顔で強く止める。なぜかわからないし、オスカーも不思議そうにしている。

 父が深く息をついてあきらめたように言った。

「わかったわかった。オスカー・ウォード、ルカ・ブレア。商会の前で待機して、ジュリアと共に魔法協会に戻るように」

「了解した」

「わかりました」

「すみません、ご迷惑をおかけして」


「まったく、魔法協会ってほんと失礼!」

 バーバラがぷりぷりしている。なだめておいた方がいい気がする。

「バーバラさん、手、つなぎます?」

「え? いいの?」

「はい。仲良しの証ですよ?」

「そうね! 仲良しだものね!」

 一瞬で機嫌が直った。かわいい。子どもと手を繋ぐようにして手を繋いで、ショー商会に入る。

 オスカーとルーカスはここまでだ。入り口前の邪魔にならないところで待ってもらう。

 ベッキー・デニスも秘書の仕事に戻ると言って、軽く頭を下げて奥へと入っていった。


 入り口からそう遠くない会議室に入って扉を閉める。応接室と違って、ちょっとした打ち合わせ用の簡単な作りの部屋だ。

「それで、ジュリア。話っていうのはお兄様のことなのだけど……」

「そうだな。話があるのは俺だ」

 入り口から死角になる位置からバートの声がした。自分が驚く以上にバーバラが驚く。

「お兄様?! どうして……」


「昼食の終わりに合わせて会議室を予約していただろ?」

「……それは、そうだけど」

「だから先に来させてもらったんだ。俺が誘ってもジュリアさんは来てくれないだろうし、番犬たちに止められるだろうから」

「わたしが話すためにお呼びしたんです。お兄様は遠慮してください!」

「いいや、ダメだ。俺がお前に色々言ったのは、こうしてジュリアさんを呼んでもらうためなんだから」

 バーバラが驚きに目を見開いて、それから大粒の涙を浮かべる。


「わたしを騙しましたの?」

「まずは味方からって言うだろ? お前はいい動きをしてくれた。持つべきものは扱いやすい妹だ」

 バートがニヤッとして、バーバラがぽろぽろと涙をこぼす。

(なにかしら、この兄妹劇場……)

 どうやらバートが何か言ったことで、バーバラが今日ここに自分を呼んだらしい。回りくどいとは思うけれど、バーバラが泣くほどのことだとは思えない。


「あの……、順番にお話を聞くのではダメですか? 二人とも、他の人がいないところで私と話がしたかった、ということであっていますか?」

「ジュリア。……ごめんなさい。わたしがバカだからいけないの……」

「バーバラさん?」

 えぐえぐとしゃくりあげるバーバラの頭を撫でてみるけれど、落ちつきそうにない。そっとしておくことにして少し離れる。


「えっと……、バートさんのお話から聞きますか?」

「それはありがたい。俺はジュリアさんにお願いがあって」

「なんでしょう?」

 問い返すと、バートが近づいてきて片ひざをつき、手を取られて見上げられる。


「ジュリアさんが好きだ」


「はい?」

「あの男と別れて俺とつきあうことを、真剣に考えてみてほしい」

 いきなり何を言いだすのか。まったく意味がわからない。

「すみません。言っている意味が……」


「あの男が両手に花で浮かれていたのを、君はあまり見ていなかったのかもしれないけど。見なくてよかったとも思う」

 さっきの昼食の時のことだろうか。

(オスカー、浮かれていたかしら……?)

 ちらりと見えた範囲ではむしろ困っていた気がする。し、そもそも片方、ルーカスは女性ですらない。





▼  [オスカー] ▼



 ルーカスと共にショー商会の入り口前で待つ間、どうにもそわそわしてしまう。


「なんだろうね、バート・ショーは手慣れてる気がする」

 ルーカスが素の声でつぶやく。二人の間でしか聞こえないくらいの大きさだ。

「手慣れてる? 何に?」

「カップルの不審をあおって別れさせるのに」

「そんなことに慣れることがあるのか?」


「むしろそれを楽しむタイプなのかな。オスカーは気づいてなさそうだったけど、あれ、ハニートラップだよ」

「ハニートラップ……?」

 なんのことだか、まったくわからない。

「うん。ベッキー・デニスさん。あれだけキレイな人を使えるのは商会の大きさだよね」

「言っている意味がわからないのだが」


「あはは。オスカーはそうだよね。心配して隣に座ったんだけどてんで取り越し苦労で、無反応すぎて向こうが困ってたのはおもしろかった。

 バート・ショーが描いていたシナリオはこうだと思うよ。お前の隣にキレイな人をつけて誘惑させて、鼻の下を伸ばしているところをジュリアちゃんに見せて、愛想を尽かすようにする。

 で、彼女に、自分に乗り換えないかと迫る。自分はいい人でいられて、相手を悪者にできるんだから、いい手だよね

 あれだけキレイな人に迫られて少しもなびかない男は滅多にいないからね。今まではそれでうまくいってたんじゃない?」


 ルーカスの話を聞いても、いまいちピンとこない。

「確かに整った人だとは思うが。特にかわいくはなかっただろう? ジュリアが天使のかわいさだとしたら、普通のエルフくらいな印象だ」

「うんうん、さすがバカップル」

「その呼び方はなんとかならないか……?」

「ならないかな。実際、バカップルだし」

「そうか……?」


「オスカーが一人で残らない方がいいって言ったのは、お前がどんなつもりだとしても、例えば急にめまいがしたとか言ってしなだれかかることはできるわけだ。

 女性が倒れてきたら支えるだろ? タイミングを見てやれば、お前が手を出したように見せることができる」

「……確かに、トラップだな」

「ジュリアちゃんが事情に耳を傾けないとは思わないけどね。相手によっては何を言っても信じてもらえなくて別れる、なんてこともあるわけだ。ぼくも残ったから、おとなしく戻ったんだと思う」


「ジュリアが戻るのを待つことを主張したのは……?」

「バーバラちゃんはジュリアちゃんを傷つけることはしないと思うけど、バートは何をするかわからない。

 パーティ会場ではあんまり手出しできないだろうから、バートがジュリアちゃんを狙っているなら今日が正念場だ。

 近くにいれば多少の抑止力になるし、中々出てこなければ乗りこむこともできるでしょ?」

「……理解した。もっとお前を見習わないといけないな」

「あはは。初めて言われたよ」


 バートがやっかいなのはわかっていたつもりだったが、想定以上だ。

 中の様子が心配で、そわそわが加速する。





▼  [ジュリア] ▼



 片ひざをついたままバートが続ける。

「俺の方が君を幸せにできる。絶対に幸せにする。だから……、すぐに答えを出さなくていいけど、考えてみてほしい」

「えっと……、でも、バートさん」

「なに?」


「バートさん、私のこと、特に好きじゃないですよね」


 バートが鼻白んだように眉を寄せる。

「……なんで? 今、好きって言ったと思うんだけど」

「なんでしょう。フィン様はズレてはいたけど、好いてくれている感じはあって。オスカーは視線を重ねるとすごく大事そうに見つめてくれて。それがすごく嬉しいし、幸せで。

 でも、バートさんからはそういうものは感じられないので。多分、その感情は違う何かだと思います。もっとギラついた……、ザラついた感じというか……」


「お前に俺の何がわかるんだ」


 バートがふいに立ちあがり、逃げられないように壁に手をつかれる。冷たい怒りがこもった目を向けられているのに、顔が近づいてくる。

「大人しく俺のものになれ」

 唇の距離がぐっと縮められる。

「サンダーボルト・スタン」

 とっさに唱えてバートの体に触れた。緊急時にだけ使うように父から言われている中級魔法のひとつだ。

 バチッ。

 小さな衝撃と共にバートが気を失って、力が抜けた体が降ってくる。


「ちょっ、フローティン・エア」

 慌ててバートを浮かせる。それから、ハッとした。

(もしかして、やらかした……?)

 事情があるとはいえ、取引相手を気絶させたことになる。

(えっと……、これ、どうしよう……)


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