40 ドワーフに会いに隠れ里へ
ピカテットの会の翌週末。
オスカーにウィスキーの大樽を二つ買ってもらった。冒険者協会のクエスト達成分をほとんど使った形になる。フルーティームーンベアの素材分追加報酬は師匠への手土産用に残している。
「二樽買うと言ったら店まで運ぶと言われた」
「この量を個人で飲むとは思わないですよね」
二人で苦笑する。やはり目立ったようだ。念の為、普段の活動圏ではない街まで空間転移で移動してきておいて正解だった。
用意してくれるという台車も断って、フローティン・エアで軽く浮かせて運んでいく。
ユエルはお休みだ。隠れ里にいるドワーフはナワバリ意識が強い。弱い魔物とはいえ、連れて行かない方が問題は少なくなるだろう。
ひと気のないところまで移動して、そこからドワーフの隠れ里の入り口に空間転移で向かう。直接中に入らないのは、人の家の中と同じで、許可なく中に転移すると宣戦布告と同義になるからだ。
「……岩しかないな」
「そうですね。一見すると、ただの岩山なんです。人と交流があるドワーフからこの場所を教えてもらえるまで、かなりかかりました」
かなりかかったのは、時間もお金もだ。毎回必ずお酒を手土産にしていた。度数が低いものは飲んだ気がしないらしく、高いものを要求されるから結構な出費だ。人が作る高濃度の酒はドワーフにとってかなりおいしいらしい。後半は金づるならぬ酒づるを逃さないために引き延ばされていた気さえする。
山の岩肌にハマった、巨大なひとつの岩に触れる。
「アナニチヤケ、ビナダム。アナニチヤケ、ドワーフ」
わずかに魔力を流しながら、専用の呪文を唱える。
岩の内側の素性が組み替えられて、人ひとりがちょうど通れるくらいの通路が開く。横幅は十分だけど、オスカーの身長だと屈まないと行けないくらいの高さだ。酒樽は通る広さがあるのがドワーフらしい。
「こんなことができるものなんだな」
「合言葉式のダンジョンの入り口を模して魔道具のような仕組みで再現したものだとか。
ドワーフの中でも失われつつある古い技術らしいですよ。長老世代が亡くなったらメンテナンスが厳しいらしく、後継を探していましたね」
結局どうなったのかはわからないし、今は、前の時に自分がドワーフの長老に会ったのより数十年早い。かなり時間が経たないと、その続きはわからない。
入り口の岩を通り抜けた先に日の光は入らないが、発光苔によって十分な明るさが確保されている。岩は少しすると自動で元に戻る仕様だ。開く時間の長さが決まっているのだったか。
出入口の番をしている若いドワーフが二人。甲冑をまとって、斧を携えている。背はオスカーの半分弱、幅の広さは彼とそう変わらない。
そのうちの一人が驚きの声をあげた。
「ニンゲン!」
「あ、警戒音は鳴らさないでください。お土産にいいお酒を持ってきたんです。ゼブロン・ラシード・キベテさんにお会いしに来ました」
ゼブロン・ラシード・キベテ。前の時に難しい加工品を仕上げてくれた恩人だ。ドワーフの長老だが、長老に会いたいと言うより距離が近く伝わると思い、あえて名前で指名した。
「サケ?」
「ゼブロン?」
ヒトの言葉はドワーフからすると第二言語だったことを思いだす。
「オムニ・コムニカチオ」
自分とオスカーに、魔物の言葉を解する魔法をかけておく。
「すみません、もう一度言いますね。いいお酒を持ってきました。ゼブロン・ラシード・キベテさんにお会いしたいです」
「なんだニンゲン、ドワーフ語を話せるのか?」
「そういう魔法が使えます」
「そんなニンゲンは初めて会うな」
「勝手に追い返したらまずいんじゃないか?」
「ゼブロンに聞きに行く。ニンゲン、名前は?」
「ジュリア・クルスと言います。けど、ゼブロンさんにお会いしたことはまだありません。バロージ・ダム・アディムさんの紹介だと伝えてもらえますか?」
紹介されたのは前の時で、今のバロージは知らないというのが難点だけど、他に言いようがない。
(二人の名前はなんとか覚えていてよかった……)
ドワーフの名前は耳慣れない上に、長い。覚えていた自分を褒めたいくらいだ。
「わかった」
見張りを一人残して、一人が奥に駆けていく。
ここのドワーフの洞窟はアリの巣に似ている。通路と部屋が奥深くまでつながって、広がっている形だ。年齢が上のドワーフほど奥にいるから、戻ってくるのには時間がかかるだろう。
残された方のドワーフがチラチラと酒樽を見る。
「うまそうだな」
「おいしいと思いますよ。けど、上への献上品を先に開けるのはまずいですよね?」
「そうだな」
一方のオスカーは、ドワーフの装備に興味があるようだ。
「それは、鉄か?」
「合金鋼だ。ヒトには作れない。これは軽くて硬い。他にも色々な性質のものがある」
「ドワーフの特殊技術ですよね。普段は売られていない」
「そうだ。だからニンゲン、ドワーフと戦争できない」
「他にも色々、ドワーフにしか加工できないものがありますしね。ミスリルも、ヒトの技師とは仕上がりが全然違いますし」
「加工依頼、受付はここじゃない」
「はい、知ってます。モノリス山に拠点があるんですよね。けど、そこの技師でも加工できないようなものは、直接ここにお願いに来るしかないかと」
「それできるの、長老クラス。普通は受けない」
「はい、よく知ってます」
苦笑したのは前の苦労を思いだしてだ。ここに入れるようになってからも相当な量の酒を貢いでいる。
それだけならまだしも、一緒に飲まされるのだ。今と違って法律的な年齢は問題なかったけれど、体の年齢には問題が出始めていたし、元々強い方でもないからきつかった。
しばらくして、ドドドドドッという足音とガラガラという車輪音がしてくる。
「! ジャイアントモール?!」
頭の大きさがドワーフ一人分くらいはありそうな大モグラが顔を出し、オスカーが驚いて身構える。
「あ、大丈夫です。ここのドワーフはジャイアントモールを飼い慣らしていて、生活区の拡張とか移動の足とかに使っているので」
その後ろには荷車がついていて、伝達に行った警備のドワーフと、長老クラスの老いたドワーフが乗っている。
見覚えがある顔だ。正確には、顔はほとんどヒゲで隠れているから、見覚えがあるヒゲと言う方が正しいかもしれないが。
「ゼブロンさん、こんにちは。急いできてくれたんですね」
「バロージが送ってきたニンゲンというのは君たちか」
「はい。ジュリア・クルスと言います」
「オスカー・ウォードだ」
「よかった。もうムリかと思っていたところだ」
(あれ?)
なんだか思っていた反応と違う。謎の待ち侘びていたモードだ。
「えっと、ムリというのは……?」
「状態は向かいながら説明する。乗ってくれ」
荷車から警備のドワーフが降りる。どうしたものかと思ってオスカーを見ると、ひとつ頷かれた。
この先に行かないと目的は達成できないから、行くしかないといったところか。
「えっと、お土産にお酒を買ってきたのですが。それも乗せてもいいですか? スピードを出したければ、魔法で浮かせれば影響は出ないはずです」
「ありがたい。ワシらのためにわざわざ来てくれたというのに、酒までとは。皆、疲れが溜まっているから喜ぶだろう」
(ちょっと待って)
ドワーフたちのためにわざわざ来たことになっている。なんのことだかさっぱりわからない。
とりあえずフローティン・エアで酒樽を浮かせて荷車に乗せた。フローティン・エアをかけたままにすれば、荷車の板に押される形で一緒に前に進む。どちらにとっても一番省エネだ。
ギブロンとオスカーが座ると、ほとんど場所が残らない。
「うーん、魔法の縄でつなぐ形で、荷車から酒樽を出した方がいいですかね? 曲がる時とかに壁にぶつからないかは心配ですが」
「ジュリアがここに来ればいいのでは?」
「え……」
示されたのは、あぐらをかいた彼の脚の上だ。だいぶ恥ずかしい。
戸惑っていると、オスカーがイタズラめかして笑う。
「ホウキよりはマシだろう」
ホウキ。二人乗りを思いだすと、一層顔が熱くなる。
彼の上に座る以外にないなら、そうするしかないのだろうか。
そう考えながら迷っていると、
「ワシがカハウィアに乗れば済むだろう」
そう言って、ギブロンがジャイアントモールの首の辺りへと移動した。
ホッとしたのと少し残念な気持ちがあって、何を考えているんだと打ち消しながら、ギブロンがいた場所、オスカーの横に座った。
「……残念だ」
「オスカー?!」
彼が言うと、どこまで冗談でどこまで本気なのかがわからない。




