32 ウッズハイムの冒険者協会②
前の時に冒険者協会に行ったのは、すべてを失ってから更に時が経って、そこそこ高齢になってからだった。
あまり身なりにも気をつかっていなかったから、魔法使いというより物語の中の悪役の魔女のような感じだっただろう。関わってはいけない雰囲気が出ていたのか、話しかけられることはなかった。
その印象があって、冒険者協会に入ることをもっと気軽に考えていた。オスカーと来ても誰も気にしないだろう、と。
自分が場違いだと言われるのは別にかまわない。冒険者にも女性はいるし、それこそオスカーの師匠のようなすごい人もいる。けれど一般的には、どちらかというと男性の世界だ。女が来るなという批判なら聞き流せただろう。
けれど、デート感覚かと言われたのは、自分への批判というよりオスカーへの批判に聞こえた。それは訂正してもらいたい。
(私がちゃんとしてるのを見せたらきっと、オスカーの株も上がるわよね)
模擬戦用の戦闘エリアに立ってオスカーと向かい合う。ひとつ息を吸いこんで、ゆっくりと吐いて集中する。
「いきます」
「ああ」
「エンハンスド・ホールボディ」
唱え始めたのと同時にオスカーも同じ呪文を唱える。全身の身体強化は、数少ない、習ったことになっている中級魔法のひとつだ。
「アイシクル・ソード」
唱えながら地を蹴る。通常の訓練では木の剣を使うけれど、ここではもう少し攻撃力があるものをあえて見せた。
受けるオスカーも同じ氷の剣を手にしている。
(っ、……やっぱり、元の身体能力が違いすぎる)
オスカーは自分の攻撃を受けたり止めたり流したりするだけで、攻撃してくることはない。これはただの組み手だ。明らかに手加減されている。
間合いを取り直して、再度地を蹴る。
「アイアン・シールド」
剣を持つのとは反対の腕に鉄の盾を作る。盾を彼の剣に当てて動きを封じつつ、剣を振り下ろす。
「いい動きだ」
オスカーが笑みを浮かべて、さらりと剣を避ける。
「っ、……まだいけます」
「ああ」
間合いを取り直して、身を低くして駆ける。
鉄の盾を消し、代わりに炎の剣を手にした。
「フレイム・ソード」
「っ、おもしろい」
彼の氷の剣を溶かす。と同時に、反対の手の氷の剣で切りこむ。
体術でかわされ、
「フレイム・ソード」
彼の炎の剣で氷の剣が溶かされ、双方に炎で切り結ぶ。
「……ここまででいいだろう」
「はい」
オスカーに答えて、炎の剣を消して一歩下がる。
「ありがとうございました。やっぱり、体技はまったく敵わないですね」
「さすがにそこは負かされるつもりはない。が、ジュリアの魔法の使い方はおもしろいな。詠唱も早くて正確だ。その点は学びが多かったし、かなり集中力がキツかった」
「ありがとうございます」
ほんの一、二分だったが、うっすら汗をかくくらいの運動量だ。
「ピチチ!」
ユエルが嬉しそうに飛んでくる。ローブをまとい直す間、あたりはやけに静かだった。
同じくローブを着たオスカーが手を取ってくれる。
「クエストに行くぞ」
「はい」
歩きだしたところにさっきの二人組がやってきた。
「すみませんでしたっ!」
「え」
深々と頭を下げられる。何が起きたのかわからない。
「あんまりかわいいんで、お嬢さんって呼んでましたが」
「俺たちより全然強くてびっくりしたのなんのって」
「まったく動きが見えなくて」
「目で追えてたのはもう、上の方のランクのやつらだけみたいで」
「姐さんって呼ばせてくださいっ!」
「……それは遠慮させてください」
体の年齢的には絶対に彼らの方が上だし、そんな真っ当じゃなさそうな呼び方は全力で遠慮したい。
オスカーがクックッと笑う。
「いいか、お前たち。彼女は魔法使いだ。本領は魔法にある。この意味がわかるな?」
「はいっ! 兄貴! 姐さんには逆立ちしても敵いっこありませんっ」
「兄貴……」
「姐さんはやめてください……」
二人以外も、こちらを見る目が変わっている。これでもう、デート気分だなんだと揶揄されることはないはずだ。
改めて外に向かおうとすると、
「お待ちください!」
受付のお姉さんが飛びだしてきて呼び止められた。
「あなたは冒険者登録をしないんですか? いえ、ぜひしてください! ウォード氏と同じBランク認定にしますので!」
「あ、いえ……、私は冒険者になるつもりはないので」
それは本来オスカーもないはずだ。ムリを言って自分につきあわせているだけだから、必要最低限しか冒険者協会に関わるつもりはない。
「どうかお願いします。冒険者協会は常に深刻な魔法使い不足で、高額依頼は魔法協会に取られがちなんです。特に近接戦闘もこなせる魔法使いとなると本当に希少で。
あなたも登録してもらえるなら、お二人一緒という条件つきのAランク解放とかも可能なので!」
「えっと……、それが必要になった時に考える、ではダメでしょうか」
とりあえず今は、それをするメリットがない。
「登録検討中ということでいいですか? スカウトの検討中リストに入れるので、お名前を伺えますか?」
「……魔法協会には内緒にしてもらえますか?」
「それはもちろん! 情報流出なんてありえません!」
(前の時は結託してるレベルで流出してたんだけど……)
そうは思うけれど、あの時ほど無茶なものは売らない予定だし、検討中くらいならさすがに問題ないかと思う。
「……ジュリア・クルスです」
「ジュリア・クルスさんですね」
名乗っても、冠位の娘だとは言われない。冠位九位はそれなりにいるから、隣町までみんなに知られているわけではないのだ。引っ越してきた当初はそれが新鮮で嬉しかったのを思いだす。
「気が変わったらいつでもBランク登録ができるようにしておくので、ぜひ前向きにご検討ください!」
深々と頭を下げられて、協会を完全に出るまで見送られた。
「すみません。前にあなたが登録した時もあんな感じだったんですよね」
「まあ、似たようなものだな。後は、パーティへの勧誘が後をたたなかったくらいか。
この辺りではCランクのパーティが最高レベルらしく、Bランクの冒険者自体がめずらしいそうだ。魔物は少ないし、レア素材があるわけでもなく、冒険者が集まってくる理由が何もない町だから当然だろうが。
今回は自分が一度断っているのが知られているから、一緒にいるジュリアも誘われなかったのだろう」
「苦労をおかけしてます……」
「お安いご用だ」
そう言ってくれるオスカーは神だと思う。
それぞれにホウキを出して、クエストの果樹園へと向かう。




