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15 平和なデートが幸せすぎる


 土曜日。

(オスカーとデート……! 嬉しすぎる……!!)

 またこんな日が来るなんて夢にも思っていなかった。

 対策が浮かばないまま止まっていることや、今後のためにした方がいいことはあるけれど、今日くらいはゆっくりすることにした。

 オスカーの誕生日のために考えたデートプランのやり直しだ。その日用に買った動きやすいドレスに袖を通して、いつもより少ししっかりお化粧をする。


 約束の時間に門のノッカーが鳴らされる。

 それだけで嬉しくて、いそいそと家を出て門に向かう。


 父がいた。

 腕を組んで仁王立ちしている父の空気がヒリついていて、影響を受けたオスカーが緊張しているのがわかる。


「なんの用だ?」

「ジュリアさんと約束を」

「お父様! 今日はオスカーと出かけるって言ったじゃないですか。意味のわからない嫌がらせはやめてください!」

 父を押しのけてオスカーのそばに行く。

「……すみません」

「いや……」

「行きましょうか」

「ああ」

 それぞれホウキを出す。

「それではお父様、ピクニックに行ってきますね」

「ピチ!」

「うわっ、何をする!」

 ユエルが父の顔面をつついてから後を追ってきた。父といいユエルといい、行動の意味がわからない。


 ふわりと浮かんで、街並みを眼下にする。ほほを撫でる風が冷たい。

「ちょっと寒くなってきましたね」

「ああ。飛ぶと特にな」

「そろそろホットローブの季節でしょうか」


 魔法使いがみんな、常にローブをまとっているわけではない。戦闘職、あるいは戦闘が発生するとわかっている仕事の場合は、耐性が付与されたローブをつけることが多い。魔法協会から冠位に支給されているローブは身分を示すだけでなく、様々な耐性が付与された防具でもある。

 普段からローブを着るかは好みで、着ている人もいるけれど、自分は機能性重視派だ。前の時は、暑い時期にクールローブ、寒い時期にホットローブを愛用していた。少量の魔力を流して使うもので、魔道具の一種に分類される。


「ジュリアは、もうホットローブを持っているのか?」

 今の自分は、今年の夏に魔法使いになったことになっている。魔法使いにしか使えないホットローブは、もちろんクローゼットにはなかった。

「いえ、そのうち買いに行こうかと思っています」

「なら、これから一緒に見に行くか?」

「いいんですか?」

「ジュリアがよければ」

「嬉しいです」


 話しつつホウキの方向を変える。

 昼は川原でのバーベキューを手配してあるが、午前中に急いで向かう理由はない。川原に行く前にホットローブを見に行くのも楽しそうだ。


「オスカーはホットローブ、使わないんですか?」

 前の時にはそれなりに着ていた気がして聞いてみる。

「あるにはあるが。研修生の時に親から送られてきたもので、見た目が重くてあまり」

「そうだったんですね」

 確かに、初めの頃のデートでは着ていなかった気もする。彼が愛用しだしたのがいつくらいからかは思いだせない。

「じゃあ、一緒にあなたのも見ませんか? 今日から着てもいいくらいな気温ですし」

「ああ、そうだな」

 彼から返事と笑みが返る。なんて平和なのだろうか。

(幸せすぎる……!)


 魔道具店に行ってみると、季節柄か、ホットローブのコーナーが前面に出ていた。

 いろいろな色が並んでいるが、冠位に使われる九色と、それと紛らわしい色はない。個人では使用禁止になっているから店には置けないのだ。

 冠位の色は、紫、薄紫、紺、青、赤、オレンジ、黄色、薄黄色、白の九色だ。紫が冠位一位、魔法卿を示す色で、順に下がり、冠位九位の父は白のローブが支給されている。

 そのため一般には、冬は黒、緑、茶色系、夏は水色や灰色、薄いピンクなどが人気だ。仕事で使うことも多いため、ガラものはほとんどない。

 色とサイズに加えて、生地感や触り心地、重さや広がり方などに違いがあって、こだわろうと思えばこだわれる。オーダーメイドにする人もいる。


 いくつかで迷って、オスカーに一緒に選んでもらう。彼が選んでくれるだけですごく嬉しい。

「自分のも、一緒に選んでもらえると嬉しいのだが」

「はい、喜んで」

(こんなに幸せでいいのかしら……)

 さすがに選びあいくらいで契約は発動しないはずだけど、少し心配になるくらいには幸せだ。

 自分用にはライトグリーンで女性的なやわらかな広がり方をするもの、彼用にはシルバーグレーで落ちついた感じのものに決まった。


「自分が」

 お会計をしようとしたらオスカーが払おうとする。

「え、自分で買いますよ?」

「自分がジュリアにプレゼントしたいだけだから気にしなくていい」

「あ、じゃあ、あなたのは私がプレゼントしますね」

「それは悪い気がするのだが」

「なら、私も悪い気がします」

 言って、同時に笑う。


「何もない時に買ってもらうのは申し訳ないので。少し早いけど、セイントデイのプレゼントとして贈りあいっこでどうですか?」

「ああ……、そうだな。それなら」

 贈りあいっこでそれぞれに支払う。その場で着られるようにしてもらって、すぐにまとった。

 オスカーに買ってもらったと思うとめちゃくちゃ嬉しい。彼が、一緒に選んで自分が買ったものを着てくれるのも同じくらい嬉しい。

(ちょっと、ほんと、幸せすぎる……!!!)

 契約が発動しなくても自分は今日死ぬんじゃないかというくらい幸せだ。


 ほんの少しの魔力でぽかぽかに感じる。改めてホウキに乗ってもまったく寒くない。物理的に暖かいのもそうだろうけれど、彼に守られている感じがして心がとても暖かい。ニヤけてしまっていないか心配だ。


 街の上空に上がると、目的地がすぐ近くに見える。街の城壁を出て、川ぞいに少し行ったあたりだ。


 そこから更に先、二キロくらい離れたあたりに、小さな集落らしきものがあるのが見えた。建物のようなものは細い木の枝や葉っぱを集めただけのようで、今にも崩れそうだ。小さく、人のような形が動いているのも見える。


(あんな場所に人が住んでるの……?)

 建物も気になるが、それ以上に問題なのは街から離れていることだ。人が街に集まるのには安全上の理由がある。魔物や盗賊などはいつ現れるかわからない。街は防衛拠点なのだ。

 街から離れた場所に住むということは、何があっても自分たちの身は自分たちで守る以外にないということだ。相当腕に覚えがない限り、一夜にして魔物や盗賊に全滅させられる可能性すらある。


 さっと頭が冷えた感覚があった。

 今、自分は幸せだけど、そう遠くない場所に、安心や安全という最低限すら得られていない人がいるかもしれない。

 世界中すべての人をどうこうなんて大それたことを考えるつもりはない。けれど、目に入って手が届く範囲くらいは、少しでも何か力になりたい。


 あの場所はきっと、今日はいったん置いておこうと思っていた問題のひとつだ。


(オスカーに相談……、してもいいのかしら)

 この問題は、自分の問題でも自分と彼の問題でもない。ただ自分が気になっていて、何かできることはないかと思っているだけの問題だ。

(考えを共有してほしいって言われたのは……、未来で起きる事件について考えていた時……)

 それらも自分たちの問題ではなかったのに、彼は一緒に考えると言ってくれた。それも、まだつきあう前だった。

 思いだすだけで大好きがあふれる。


(うん。一緒に考えてもらおう)

 そう決めたのと同時に、オスカーから名を呼ばれた。

「ジュリア? 何か気になることが?」

 表情の変化に気づいてくれたのだろう。トクンと胸が高鳴る。

(……オスカー。大好き)

 戻ってきた暖かさを胸に、彼に伝える言葉を探す。


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