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9 オスカーの優しい魔法


 オスカーが魔法の先生として話をする間、下がって見守る。

 特にすることはないが、頭の中はめちゃくちゃ忙しい。


 ひとつ。

 さっきは何がいけなくて子どもが暴れだしたのか、やはりわからない。何度思い返しても、きっかけに思いいたらない。


 ひとつ。

 オスカーは自分のために怒ってくれて、身をていして守ってくれた。

 彼からは今も昔も与えられてばかりだ。好きな気持ちに育つなと言うのは無理がある。

 どこまでも好きなはずなのに、日々好きが更新される。今も昔も、自分は彼を好きになってばかりだ。


 ひとつ。

 最後の彼のあの表情はなんだったのか。思い返してみても、よくわからない。


 ひとつ。

 子どもたちの前でゆっくりと、しっかり聞きやすいように話す彼が最高にカッコいい。好きすぎる。もし彼が吟遊詩人なら、心づけを入れる箱に金貨を入れてしまいそうだ。


(オスカー……。大好きなオスカー。あなたがこうしてこの世界にいるだけで、嬉しい)

 それだけでいい。それだけが自分の願いだ。

 絶対に守ろうと心に誓い直す。


「つまり、魔法は体が大人になってからじゃないと習えないっていうことですか?」

 さっき棒を振り回した子の声が聞こえて、意識が現実に引っ張られた。すっかり落ちついていて、もう何事もなかったかのようだ。

 ホッとする。


 オスカーが質問に答える。

「そうだ。潜在能力を引きだす術式を受けるのだが、体が未成熟なうちに行うと成長に影響があるらしい。精神に異常をきたすこともあったそうだ。

 だから、十六歳の誕生日以降でないと受けられないことになっている」


 バックン。


 心臓が跳ねた。

 愛しい時とは違う。失態に気づいた衝撃によるものだ。

(魔力開花術式……。この世界の私は、受けてない……)

 もしオスカーがそれを知っているとしたら、魔法で傷を治したことに疑問を持って当然だ。

 よく考えれば、魔法協会の育成部門にいる彼が知っている可能性は高い。前の時、彼は自分の術式に立ち会ったうちの一人だった。


 血の気が引いた。

(この世界の私は、まだ魔法が使えないことになっているのに……)

 ふだんは気をつけて隠していた。が、予想外のことが起きて忘れてしまっていた。


(……あ)

 加えて、更に失態があったことに気づく。

 彼のケガに驚いてフェアリー・ケアを使ったけれど、せいぜい見習いのこの歳では中級魔法なんて身につけていないのが普通だ。

 あの時の物言いたげな表情の理由がそのあたりだとすると、大きな矛盾に気づかれたことになる。

 父に報告されたら一大事だ。


(まずい……。……これはまずいわ)

 呼吸が浅くなって冷や汗が流れる。

 ほんの少しの時を戻したい。

 しかし、時を戻す魔法はそう簡単なものではない。


(あの時に集めたのは……)


 ダークエルフの髪。

 インビジブルフェアリーのはね

 市場には出回らない大きさのアルティメットクリスタル。

 ミスリルゴーレムの魔核に魔力を五十年以上貯めたもの。

 長老クラスのドワーフにしか加工できない、中が空洞のミスリルの球体。

 エイシェントドラゴンの竜玉と魔核。


(どれも思いだしたくないくらい大変だったのよね……)


 我ながらよく集めたものだと思う。しかも、一人きりで。

 どれも入手難易度が最上位ランクに分類されていて、その中での差は計測できないほどの高レアアイテムだ。

 ひとつだけで一国を買っておつりがくるようなものもあるし、そもそも換金する指標すらないものも多い。

 何百年、何千年と人前に出ることがなく、存在が伝説と化しているようなアイテムも含まれている。


 使わない部分を換金しに行ったら超ビップ待遇になって、中央魔法協会の人が飛んできて冠位二位を授与されるよう説得されたこともある。

 冠位を受けると魔法協会のために働かないといけなくなるから断ったが。


(しかも、世界最高峰の……、クロノハック山の山頂でしか発動させられないって……。死ぬ思いで必要なものを集めたのに、発動させる前に死ぬかと思ったわ……)

 前の時には偶然が重なってなんとかなった部分も大きい。同じように探したとしても、同じように手に入れられるとは限らない。


 だから、もし今回失敗してももう一度というのは考えない方がいい。あの一度きりだと思っておいた方が安全だ。

 もちろん自分の失態を取り消すために使えるような魔法ではない。


(どうしよう……)


 自分の混乱をよそに、子どもがどこか不満そうにオスカーに尋ねる。

「術式を受けるまでは何もできないのか?」

「いや。興味があるなら、魔法について学び、イメージを持っておくことはできる。それによって、術式後の成長速度を上げることができる」


「術式を受ければ誰にでも魔法が使えるの?」

「いや。生まれ持った素質が大きいと言われている。術式はそれを引きだすのにすぎない」

「じゃあ、素質がなかったら先に勉強しても仕方ないっていうこと?」

「勉強の方の素質があれば、管理業務や研究をする人にはなれる可能性がある」


「そんなのつまんない」

「俺らみたいな孤児に素質なんてあるわけないし」

「それは、術式を受けてみないとわからない。両親共に魔法使いの場合は素質がある可能性が高いと言われているが、それも絶対ではないし、両親共に魔法が使えなくても素質を持った子どももいる」


「ほんと?」

「ああ。自分のひとつ上の先輩がそうだ。すごい人だと思う」

「そうなんだ! 魔法が使えたら人生大逆転じゃん」

「そうだな。そう考える大人が多いから、十六歳の誕生日が来たらすぐに術式を受けさせることが多い」


「けど、お金は? それって高いの? いいおうちにもらわれていかないと、受けられないんじゃない?」

「いや、屋台で昼食を買うくらいの金額だ。

 大人の話をするなら、魔法使いの人数や能力の高さは国のステータスのひとつになるから、国や領主から補助が出ている。魔法協会も強力な魔法使いを得たいから、補助で足りない分もいくらか補って出しているんだ」


「それでもタダじゃないんだな」

「完全にタダだと扱いが雑になるのが人間だから、あえて手数料は取っているというように聞いている」

「でもそのくらいなら、普通のおうちでも、ちょっとお金が少なめのおうちでも、出してもらえるかもしれないね」

「富くじを買うようなものだよな。当たったら大当たりで、はずれてもまあいっかっていうくらいな」

「夢があるね」

「夢があるよね」

「夢があるな」

「魔法が使えるってかっこいいし!」


「お兄ちゃんも魔法を見せてよ」

「ばーってぎゅーんってどかーんなやつ!」

「派手なの、ということか? 難しい注文だな……」

 オスカーが少し考えてから、

「ドリーミング・ワールド」

 呪文を唱えると、あたりが一面の花畑に変わった。さわやかな風がほほを撫でて、花びらと香りを舞いあげる。


 子どもたちから歓声が上がった。

 幻覚系統の呪文だ。精神抵抗が低いほどかかりやすく、疑いのある人や魔物にはかからないため、戦闘で使えるものではない。

 自分にもすんなりかかったのは、オスカーになんの疑いも抱いていないからだろう。身構えている部分がなく、完全に無防備だった。


 大きくなっていた不安が、一瞬で懐かしさと暖かさに塗りかえられる。

 自分や娘の気持ちが沈んでいた時、むしゃくしゃしていた時、どうしていいかわからなかった時、オスカーはよく気分転換にと、彼が描く夢の世界に連れていってくれた。

 それは今のような花畑だったこともあるし、一面の星空が美しい夜だったこともあるし、波の音が全てを洗い流してくれるような海辺だったこともある。


 ほんの十秒程度の魔法なのに、不思議と気負いがとれて呼吸が楽になる。彼の魔法は優しくて、自分にとっては本当に『魔法』だ。

 すっと流れた涙を、誰にも気づかれないうちにぬぐった。


「すごい! お兄ちゃん、すごいね!」

「わたしも魔法を覚えて、みんなにお花畑を見せたい!」

「それはいいな。今から、みんなが幸せになれるものをいろいろとイメージしておくといい。それはきっと、君のこともみんなのことも幸せにしてくれるはずだ」

「うん!」


「攻撃魔法とか、そういうのは使えないのか? 炎とか氷とか、そういう方がカッコいいじゃん」

「君たちが生きる世界には、そういうものが必要なくなっているといいと思うが。

 攻撃系統の魔法を覚えるには、そのための研修を受ける必要があるんだ。むやみに見せるものではないと思っている」

「ちぇっ。つまんないの」


「そろそろおしまいの時間ですよ。みんなはかくれんぼでもしましょうか」

「やる!」

「えーー」

「やるやる!」

 グランマの声かけで子どもたちは日常へと戻り、自分たちはグランパに応接室へと通された。


「今日はありがとうございました。助かりました」

「いえ、うまくできなくて、ご迷惑をおかけしました」

「とんでもない。これだけの時間を過ごして騒ぎが一度だけだなんて、奇跡のような場所なんですよ」

「そうなんですか?」

「年齢も背景も様々な子どもが集まっているので、騒ぎやケンカは日常茶飯事です。

 ……あの子の話を、少ししておきますね」

 手を取って教えようとしたとたんにこちらの手をはたき落とした男の子の顔が浮かぶ。


「あの子は大人の手が怖いんです」

「大人の手、ですか?」

「はい。彼が知っている大人の手は、自分を叩いたり殴ったりするものだったので」

 思わず目を見開いた。

 想像したこともなかった。子どもが大人の手におびえるだなんて。大人が子どもを叩いたり殴ったりすることがあるなんて。


 両親からは一度も手を上げられたことがない。自分も一度も娘を叩きたいと思ったことはないし、オスカーが叩こうとしたこともなかった。

 話してわからないことももちろんあったけれど、どうしたらわかるかを考えるのは大人の役目だと思っていたし、それができない時には気分転換をさせたりなだめたり、落ちつくまで待ったり、一緒に困ったり、少し離れてみたりと、工夫しながらオスカーと乗りきっていた。


「貧民窟の出身で。親は子どもを育てる知識も余裕もなかったのでしょう。

 その両親が流行り病で亡くなり、病院に保護された時には、よく生きていたという状態で。病院で回復してから、ここの子になりました。

 もう何年も前の話ですが、あの子には大人は怖い、危険なものだとすりこまれています。

 以前よりはだいぶよくなったものの、大人が自分に触れようとするのが怖いんです。大きな声で怒られるとパニックを起こすこともあります。

 偏見を持たれないよう伝えていなかったのですが、事前に伝えるべきでした」


「いえ。すみません、全く想像したことのないことで、配慮できていませんでした」

「自分も。感情的になってしまい、申し訳ないことをした」

「どうかこれにりず、また都合の合うときに子どもたちに関わってやってください。普段から一緒にいる私たちが何かを教えようとしてもあまり聞きませんから。あの子たちにとって、今日ほど学びの多い日はなかったと思います」

「そう言っていただけてありがたいです」

 隣のオスカーもしっかりうなずいている。


 オスカーと二人で孤児院を出た。

 自分にとってはそこからが第二ラウンドだ。


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