プロローグ
重厚な建材で囲まれたフロアに佇む白いコートを羽織った女性。そして、視線の先には映画館のスクリーンの様に大きな強化ガラス。
その向こうには蒼く美しい星があり、あたりの闇が存在感を極立たせ、名称も古代神話に登場する大地神の名をそのままに「テスティアラ」と呼ばれている。
大地から伸びた数本の支柱に支えられた銀色の輪は「ケスディオス・リング」これは考案者の名を採用したらしい。役割としては太陽光を受けエネルギーを作り地表へ送ると共に、隕石から母星を守る迎撃装置でもある。
名はともかく、美しく光沢を放つその姿は指輪に見立てれば、身に付けることに誇りを持てる事は間違い無いだろう。
そして、今いるところは宇宙ステーションであり、宇宙船を建造するドック。最後の造船となる第三次移民船が一週間前に完成し、出航準備を終えそろそろ星の海へと旅に出る。
額の紫がかった黒髪を指でサイドに流すと、徐に胸のポケットから煙草を取り出し、トントンと軽やかに指を弾くと一本取り出し口に運び火を付ける。本来なら、ここでの喫煙は警備に身柄を拘束されてしまうのだが。
「さて、昔話をしようか」
煙を吸い込み、白い靄と共に唐突に呟いた言葉は、別段誰かに向けたものでは無い。強いて言うなら自分を相手と見做してだろうか、つまりは独り言。教え子に語りかける様にしてしまうのは、癖を通り越して病的かもしれないが。
まあ、なんとも悲しいことに。我々人類の歴史は闘争無くしては語れない。生きる為には避けて通る事は出来ないが……私からみれば中には不必要な争いもあった。
私の主観ではあるが、武力を行使する事は悪であり、たとえ大義を主張しようが正当性を訴えようが、それは揺るがない。
先に手を出した方は責任を重く問われるだろうし、矛先を向けられたものは、国を大切な人をそして自らを守る為にそれを行使する。しかし、必要があろうが無かろうが後に残るのは……怨恨だけだ。そこから生まれた負の連鎖を断ち切る術を知るものはいないだろう。
……剣を振るった時代からミサイルへ。科学が進むにつれ規模が拡大していき、それは止まることもなく国の存亡どころか人類の滅亡すら容易くなってしまった。その結果、強大な力を持った各国は牽制し合い、表立った争いはなりを潜め平和な日々が訪れた。全く、皮肉なものだがね。まあ、それも長くは続かなかったよ。
各国の首脳会議にて、戦争責任の議論の果てに「統合思念体」に裁決を求めたんだ。それで……
ん?ああ、「統合思念体」と言うのはだね。人類史上で優れていると言われた12名の人格者、その思考を学習させたA Iをそう呼んでいる。
まあ、誰が決めたのかは知らないが、胡散臭く思うのは私だけだろうか?
話が少し逸れてしまったが、それで首脳陣は納得したのだけど、瞬時に下された決定はだね。
隕石に対して使用する兵器、それが地表の主要軍事施設へと向けて放たれたんだ。
実に単純明快、人類から武力を取り上げ戦争をなくす。しかも強大な兵器の影響は最小限に抑えられ、人類の滅亡は避けられた。
感情が無いから出来た判断だろう、それ故に私は彼らが恐ろしいと思う。
まあ、強大な力ゆえにだね、生物が立ち入れないエリアが広範囲に生まれてしまったが、人類がこれを使用した場合を考えると、こうはいかなかっただろう。まあ正直な話、なんとも言えないね。
そして、彼らは高らかに宣言した。
「今をもって新生紀の始まり、私達は貴方達を見ている」とね。
そう、管理社会の誕生だ。それに反抗しようと兵器をかき集め挑んだ者たちがいたそうだが、今を考えれば結果はそういう事なんだろう。
まあ、管理社会と言われると誰もが身構えるかもしれないが、その焦点は武力行使に限定されていた。
ふむ、この点においては多少は信用できるかもしれないね。
こうして我々は、戦争を起こす事は無くなったんだが。そうなると、緩やかではあるが人口は増え続け、生活圏が狭められた現状では、いずれ飽和状態になると想像するには難しくなく、対策も必要になってくる。
新生紀宣言の一年後、統合思念体から広大な宇宙に旅立ち、移民可能な惑星を探し開拓する計画が提示された。
その十年後、新生紀十一年には統合思念体のコピーを頭脳とした第一移民船団が建造され母星を離れた。
新生紀二十一年には同型の第二船団が出航。それにより人口は半数以下となり、第三船団の建造には間が空くことになるのだが、この頃から我々に変化が現れてくる。
「多光過視症候群」
常人には捉える事が出来ない微細な物が見えてしまう病であり、戦争が無くなった日の影響が出てきたと言われている。
これを発症させた患者は、解っているだけでも常に激しい光信号を受け、脳をオーバーヒートさせてしまい長くもつことはない。一説には目を閉じていれば問題ないと言われていたが、実証実験が行われ事実上認められる事はなかった。
この出来事は統合思念体への危機感にも繋がっていく。
「彼らは人類の事を考えていないのではないか?」
「こうなる事を知りつつも、あの決断をしたのではないか?」
小石を落とした水面の如く、その波紋は広がり今出航を控えた第三移民船には、実に残りの三分の二が乗船する事になった。
残った者達? ああ、彼らは未だにこの星の支配する事に執着するエゴイストさ。まあ、私も人のことはいえないが、同類同士仲良く……いや、同族嫌悪って事もありえるか……まあいいか、残念ながら彼らの未来には興味はわかないし。
ああ、また話が逸れてしまったね。で、危機感が生まれた事により、この移民船のA Iは今までとは違うものが搭載されているんだ。
多光過視症候群を患った少女、彼女を妹とした兄との出会い。それが人類最後の……
「第三次移民船の搭乗を間も無く締切いたします、搭乗予定の方はお急ぎください。お見送りの方は観覧ブリッジの方へお急ぎください」
おっと、もうそんな時間になっていたのか。昔話はこの辺で切り上げて、私の自慢の教え子を見送るとしますかね。
咥えていた煙草を足元に落とし踏み消すと、颯爽と背中まで伸びた髪とコートを翻し、テスティアラにむけ一瞥するとその場を後にした。