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6.アイラブユウちゃん

 肉声ラジオ体操を終えたナメ子夫婦と、運転手石川は、それぞれに、水筒などを入れた小ぶりのザックを背負い、新品のトレッキングステッキを伸ばした。

「あの、社長」

 石川が声をかけた。

「ん?」

「捕獲用品はいがかいたしましょう。ケージを一応車に積んでありますが、大きいので山道を持ち歩くとなるとちょっと大変でございます」

「そうだな……できればタモぐらいは持って行きたいが、歩きにくくなるだろうから置いて行くことにする。蛇を見つけたらちょっと怪我をさせて、弱らせてビニール袋に入れて連れてくればいい。業務用四十五リットル用のゴミ袋は持っているな?」

「はい。それならば、私の荷物に入っております。破れた時の為に、予備も準備済みです」

「それでいい。見つけたら、このトレッキングステッキでコツンとやってやる。伸びたところを袋詰めだ」

 社長は楽しそうに、新しいトレッキングステッキを振り回した。

「ねえ、あなたぁ。捕まえるって言っても、蛇ちゃんがいるとは限らないじゃないのよぉ。どうせ矢内さん、ここには来ないでしょう。ぬふふ、あなたったら、もう捕まえた気になっているわね」

 ナメ子が大きな口に歯を見せて笑う。

「絶対に捕まえてみせる。最初からいないなどと、そんな後ろ向きの考えではいけない。希望は大きい方がいいのだ。そうだろう、石川君」

「はい。その通りでございます」

「さあ、行くか。まずは撮影現場の沢まで登ろう。石川君、大体の位置は確認してあるな?」

「はい、テレビより編集した写真も持参しております」

「よし、準備は完璧だ。ユウちゃん探しに出発だ」

「うふふっ、レッツゴー! アイラブユウちゃん」

 石川を先頭に、三人は細い登山道へ入って行った。



 いつもの洞窟の中にいた祐二は、急に、ブルッと身を震わせた。すぐそばに恵美がいる。

「祐二? 風邪ひいちゃったの?」

「いや、違うんだけど……いや〜な予感。誰かが、俺たちを探しているような……」

「そりゃあね、あたしたち、一応行方不明者だもん。当たり前でしょ」

「俺の予感は当たるんだぜ。今から向こうの山の洞窟へ引っ越そう」

「今からって、どうしてそんなに急に引っ越さないといけないのよ。確か、向こうの山の洞窟の方が狭かったよね? しばらくあっちへは行っていないから、他の獣が住まいにしているかもよ」

「そうだったら、別のところへ案内するから、引っ越ししよう」

「えー、なんで?」

「なんだか、寒気がする。俺は勘だけで今まで生き延びてきた。危険がせまっている」

「やだよ。ここお気に入りの場所なのに」

「いいから移動だ。危険が去ったらまた戻ってくればいい」


 祐二があまりにもうるさいので、結局、恵美が折れ、今から引っ越すことに決まった。祐二の服がないので、人間姿の恵美が、蛇姿の祐二をザックに入れて運ぶ。

 恵美たちの住まいは、登山道から数本の沢を超えた場所にあるので、いったん登山道へ戻り、山を巻くように付けられている登山道を利用して、奥の山を目指していく。この付近の山は、恵美がまだ人間だった頃、祐二とよく歩いた場所だ。迷う心配はない。

 沢の上をなでるようにそよぐ風は、ひんやりとした心地よさを運んで来てくれるものの、急斜面での上り下りが多い獣道は、結構疲れる。その日も天気はよく、梅雨に入る前の、乾燥したほどよい気温だが、難道を歩き続けていると暑くてたまらない。背中に貼りつくザックまで、汗がしみ込む。祐二の重さが、負担に感じてしまう。

 恵美は袖で汗をぬぐいながらゆっくりと歩き、蛇撮影をした沢までたどり着いた。これから歩いて行く予定の登山道は、すぐ上にある。ここまで来れば道は歩きやすくなる。


「誰もいないから、ちょっとここで行水してもいい?」

(疲れたのか?)

 ザックの中の祐二が、心配そうな声でたずねた。

「祐二重いんだもん。ちょっと休憩させて」

(じゃあ、俺がお前を運んでやろう)

「やだ。裸の祐二が登山者に見つかったらどうするの。変質者扱いだよ」

(そうなのか。別に俺はかまわないぜ。変質者だと思いたいやつがいるなら、思えばいいだろう。俺の人間姿の裸、そんなに変か? ちゃんと男になってるだろう? 俺がお前を運んでやるから、ザックを下してくれ)

「あのね……祐二の裸が変とかって、そういうことじゃないの。祐二は気にしなくても、裸歩きはダメなの。へたをしたら警察行きだよ。人間は素っ裸で歩きまわると捕まるって知ってる?」

(町では誰も裸で歩いてないから、駄目なんだろうと思っていたけど、別に誰にも迷惑なんかかからないぜ。山の中ならかまわないだろう)

「登山者に遭ったら困るわよ。裸をさらすことが迷惑なのっ! 誰だってね、人の裸なんか見たくないわよ」

(俺はおまえの裸見るの、結構好きだぜ)

「……だから、そういうことじゃなくってね。もういいよ、とにかく、裸歩きはダメだから」

(なんでだよ。服がなければ、裸でいるしかないじゃないか。俺の服はまだ調達してないんだし。出会ったやつが騒ぐなら、服を貸してくれって言えばいい)

 恵美は、ああ、とため息をついた。

「見知らぬ裸男に服なんか貸す人いないって。と、とにかく、こんな昼間から裸はダメ! 捕まって人間じゃないことが、ばれたらどうするのよ。夜ならともかく」

(いや、夜では遅い。このいや〜な感じ。裸で怒られてもいいから、さっさと移動した方がいいんだ)

「怒られてもいいからって……そういう考えね、よくないよ」

 人間の法律の話など、祐二には理解できそうにない。恵美は、言うだけ無駄だと首を軽く横に振った。

「いいから、あたしが祐二を運ぶから、ちょっとだけ休憩させて。行水したいの」

(行水って、おまえが裸はダメだって、今言ったんだぞ。それこそ裸じゃないか。捕まるぜ)

「祐二にそれを言われたくない! すぐに服を着るからいいの。とにかく、そこの沢で休むから。もう暑くて死にそう」

 恵美は、祐二を入れたザックを川岸の草の上に置き、周りを見まわして誰もいないことを確認した。素早く服を脱ぎ、ざぶりと水に体をつける。

「あ〜、気持ちいい。生き返るう」

 ここは登山道沿いで、誰かが通る可能性があるが、幸い今はだれも通らない。岩を伝って流れる川の深いところにしゃがみこんで、全身から水を滴らせながら水浴びをする恵美の白い体は美しかった。

 張りのある肌の上を転がるように落ちていく水滴。水を含んでしっとりとまとまった黒髪は濡れた肩にからみつく。気持ち良さそうに、両手で水をすくっては、顔を洗っている。祐二は川岸に置かれたザックから首を延ばすと、目を細めて、そんな恵美の姿を凝視していた。視線に気が付き、恵美がパッと胸元を隠した。

「エッチ! 見ないで」

「俺も仲間に入れてくれよ」

 するりとザックから出るなり、祐二は人の姿に変わっていた。明るい場所で人の姿の祐二の裸を見るのは、久しぶりのことで、恵美は思わず赤くなっていた。

「ちょっと、出てこないで。よ、よけい変だって」

「なにが変だよ」

「こんなところで男と女が丸裸で行水なんておかしいじゃないのよ。まだ真夏じゃないんだし」

「かまうもんか。見せたくないやつが来たら、こうすればいい」

 パシャン! 祐二が水をすくって恵美の顔にかけた。

「よくもやったわね。目に入った」

 笑い声が沢にこだまし、水のかけ合いが始まった。


 社長一行は、間もなくその沢付近へ到着しようとしていた。先頭を歩いていた石川が、胸ポケットに入れていた、テレビからの写真を出して、場所を確かめた。

「この辺りの風景に似ていますね。これぐらいの角度で、左さがりの斜面、下の方に沢……もう少し周りに注意してゆっくり歩きましょうか」

「ねえ、あなたぁ、なんだかその辺で人の声がしない?」

「んん? 他の登山者がいるようだな」

 


  続く


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