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5.大蛇を求めて

 ――出演した映像が放送された翌朝のナメ子夫婦の豪邸。


 ナメ子は、ゆったりとした音楽がかけられている食堂で、メイドが運んできたトーストとレタスサラダをほおばっていた。そこへ、夫が入って来て、テーブルをはさんだ向かいの席に着いた。夫の顔は険しい。口は引き締まり、眉間にしわが入っている。

「あなた、どうだった? テレビ局の人はなんて言ったの?」

「だめだった。ガードが堅い。行方不明の娘に似ていた人が映っていたから、情報がほしいと頼んだんだが、後日担当者に聞いてくれ、と繰り返すばかりで、担当者の名前すら教えてくれない。うまくあしらわれた」

「んもう、いじわるねぇ。別に矢内さんのことを聞くぐらい、いいじゃないのよ」

「テレビ局側も、やらせ撮影を隠したい事情もあるのだろう。蛇つかいの蛇だとわかれば、問題になることは間違いない。担当者はおそらく処分を受ける」

「じゃあ、矢内さんは見つからないってこと? 残念よぉ」

「何も情報をよこさないなら、自力で調べるまでだ。明日、仕事休みをとるから、撮影に使われていた山へ出かけてみよう。矢内さんがいるとは思えないが、偶然、本物の野生の大蛇を発見できたらすばらしいじゃないか。ハイキングのつもりで楽しもう」

 ナメ子は、レタスを飲み込みながら太陽の微笑みになった。

「そうね! 自分で探せばいいのよ。私も連れて行って」

「それはいいが、出かけるには準備が必要だ。今日の夕方、買い物に行くぞ」



 翌日、仕事休みをとった夫婦は、撮影が行われていた山をめざしてリムジンを走らせた。

「その辺りだ。そこでいい。テレビに映っていた登山口はここだな」

 社長は、蛇スペシャルのスタッフたちが車を止めていた場所と同じ道の脇に、黒塗りの大きな車を停めさせた。そこは登山者の為に、数台分だけ道幅が広がっている。今日は運転手も降りる。ナメ子夫婦、運転手。三人とも、似たような山歩きスタイルで、ばっちり決めていた。車を降りた場所で、新品の登山靴に履き替える。

 登山靴の紐を締めながら、ナメ子夫婦はついつい歌が口から出ていた。それは、「線路は続くよどこまでも」の替え歌で、夫婦が交互に歌っている。先程、ここまでのドライブの間に作った。

「ユウちゃん探しぃーて、どぉーこまでもぉー」

「ここにいるのかな、みつけるわぁ」

「にぃがしはしないぞ、今度こそ」

「かわいいユウちゃん、捕まえるぅ」


 歌いながら、キュッ、キュッ、と靴ひもを交差させて締めていく。同行している運転手は、さすがに歌っていないが、黙って自分も用意する。足首まで覆うゴアテックス素材の登山靴の中は、厚手の靴下。伸縮性のあるトレッキングパンツに、上着は高級そうなチェック柄の山シャツ。顎紐付きのひさしのある帽子は、後ろの首部分に冷却パッドが付いている。上から下まで、昨日登山用品専門店で買ったばかりで、三人とも似たようなデザインだった。

「んふふ、あたしたち、まるで三つ子ねぇ」

 ナメ子が運転手に笑いかける。夫婦と同年代の、男性の運転手は、軽く聞き流し、声のない笑いを返した。この男は、二十年近く運転手をやっているので、ナメ子夫婦のことはよく知っている。何も言わずに従っていれば、彼らは機嫌がいい。登山用品を買ってやるから蛇探しに付き合え、と言われたら、すみやかに買い物に連れて行き、彼らの欲求を満たしてやる。それで運転手としての仕事は認められる。

 石川、という名字のこの男は、社長よりは髪が黒くて量が多くい為、若く見えるものの、それなりに苦労している。時間的に無理な目的地へ行くように、急に命令されたり、運転以外の雑用をやらされた時もあった。今までのことを思えば、山で蛇を探すのに付き合うことなど、彼にとっては楽なことだ。

「三つ子、とは苦しいが、三兄弟ぐらいならそう見えないこともないだろう? おそろいだからな」

 社長は、機嫌良く唇を弛めて、ナメ子と運転手を見比べた。

「石川君、よく似合うじゃないか」

「はい、ありがとうございます」

 運転手、石川は、軽く会釈した。

「よし、準備はいいな。テレビ撮影していた場所付近を探してみよう。ユウちゃんがいなくても、野生のかわいい子蛇でもいれば……」

「あなた、準備はできたわよぉ。でも動き出す前に、準備体操しなきゃ」

「おお、そうだった。ねん挫でもしたら、仕事にならない。石川君、いつものラジオ体操を」

「はい」

 石川は、帽子をかぶり直すと、無表情な顔で、ラジオ体操のメロディーを口ずさみ始めた。肉声のみで伴奏はない。

「チャンチャーチャチャ、チャララ、チャンチャーチャチャ、チャララ……」

 低い声はかすれ気味だが、音程は狂っていない。彼は前奏の途中で解説も入れた。

「腕を前から上にあげて、大きく背伸びの運動から。チャン、チャン、チャン、チャン……」

 黒いリムジンの前で、肉声の歌でラジオ体操に励む三人。付近には人はいないようだったので、歌い手の石川は、少しほっとしていた。


 その頃、祐二と恵美は蛇姿でいつもの滝の上のすまいにいた。出演映像が放送されたことも、ナメ子たちが今、同じ山に来ていることも、もちろん知らない。


  

  続く


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