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4.2時間スペシャル

 壁に掛けられた大きな液晶テレビ。広い室内に、革張りのソファが置かれている。そこに並んで腰かけて、テレビを凝視している二人。それは、恵美が密かに山田ナメ子と呼んでいた中年の女性と、その夫。数ヶ月前、恵美と祐二に恐怖を与えた、あの蛇好きの社長夫婦だ。

 モザイクがかかった恵美の姿に、社長は目を細めた。

「矢内さんって、ユウちゃんを連れていた人か。う〜む……本人と思えばそんな気がしないでもないが、顔がわからないから何とも言えない」

「別人と思う? 違うわよぉ。あれは矢内さんよ」

「いや、どうだろう。本人だとしても、なぜ矢内さんがこんなところにいるのか」

「蛇を拾いに行ったのかしらね。あの人、ユウちゃんは山で拾った子だって言っていたわよお」

「山で拾ったとは嘘だろうが……」

 恵美の姿は、不鮮明だが、服の色と、大きなザックを背負っていることぐらいはわかる。確かに、遊園地へ蛇を連れて来ていた、矢内恵美という女性は、蛇を大きなザックに入れて運んでいた。もう少しよく見たいと、夫婦が身を乗り出した時、画面は別人のインタビューに変わってしまった。

「確かに彼女だったかもしれない。テレビ局が、蛇撮影の為に、蛇つかいに出演を依頼した可能性はある」

 考えながら言葉を出した夫に、ナメ子は、パッと目を輝かせた。

「出演! そうかもしれないわ! やっぱり、あれはユウちゃんを入れてたザックよ」

 画面の中では、女性リポーターが、登山者や、近辺を散歩している人などを捕まえて、次々と、同じ質問をしている。どの映像にもモザイクがかかっており、誰なのかわからない。ナメ子たちは、どれもじっくりと観察した。

「この男の人は年配ね。シロちゃんの飼い主さんじゃないわ」

「白い蛇の飼い主か……どんな顔だったか、憶えているか?」

「遠くから一度見たきりだから、ちょっとよく憶えていないの。でもね、もっと若い人だったの。絶対にこの人じゃないわよぉ」

「そうか。シロの人が、矢内さんと一緒にいるとは限らないな。人づきあいの苦手な凶暴男がテレビ出演するのは、不自然だ」

「シロの人って、結局みつからなかったわよね。どこへ逃げたのかしら。凄腕の興信所で調べられない場所なんてねぇ……」


 テレビの画面は、スタッフたちが山に入り、蛇のいそうな場所を棒で突っつくなどしていた。たまに小さな蛇がみつかるが、そのたびスタッフが「いたぞー!」と大騒ぎする。全員が駆け寄り、どういう種類か見極める。どうということもない普通の蛇だ。その繰り返し。まだ伝説らしき黒蛇の姿は見えない。

 ナレーターの男性の声が入った。

【蛇を探すこと、半日。スタッフたちは、捜索現場を徐々に山頂へ向けて移動しているが、今のところは、何の手がかりもない。みつかったのは青大将や、まむしなど、普通の蛇ばかり。スタッフたちに疲れが見え始めた】

 画面はスタッフの責任者、斉藤を映す。斉藤は、首に掛けたタオルで顔の汗を拭きながら、スタッフたちに、声をかけた。

『そろそろ、場所を変えましょうか』

【――と、その時、上の方にいたスタッフの悲鳴が】

 この世の終わりを迎えたような、男性の叫び声が入った。斉藤の近くにいたスタッフが、何事かと作業の手を止め、斎藤と顔を見合わせている。

 そこでCM。


 期待を込めて、画面を見つめていた、ナメ子と社長は、無意識に握り合っていた手を、ほどいた。

「見つかったのかしら。叫び声が普通の蛇発見の時と違ったわよ」

「いや、まだ三十分ある。そんなに早く出すはずがない」

 社長は、目を休めようと閉じたまま、もどかしげにひざを揺らした。ナメ子の方は、腰が痛くなり、ソファの背にでーんと背中を預け、丸々とした身を伸ばした。

 やがて、CMが終了し、番組が再開。

「あなたっ、始まったわ!」



 放送内容は少し前に巻き戻されていた。

【蛇を探すこと、半日……】

「またここからか。そこはさっき見たから、もういい。さっさとユウちゃんを出せ」

 社長の、白髪混じりのきりりとした眉は、不快そうに寄せられていた。ナメ子の方は、鼻からため息を出すと、ソファに座り直し、再び身を乗り出した。


 斉藤が大急ぎで山を登っていく。その辺りに散らばって、藪を突いていた他のスタッフたちも、次々に集まり、悲鳴の聞こえた方へ動き出した。登山道は、何本もの大木が枝を差し伸べている中に細々と続いており、昼間でも薄暗い。つづら折りになった登山道の、ひと曲がり上の辺りにいた男性スタッフが、湿った落ち葉の上で腰を抜かし、両足を投げ出して座り込んでいた。

『大丈夫か。どうしたんだ』

『へ、蛇が』

『幻のか?』

『あ、あのっ……』

『咬まれたのか?』

『ち、違いますけど、あそこに』

 男性がすぐそこの藪を指差す。カメラの目線がそちらへ移ると、祐二の黒い尻尾の先がちょろっと藪の中へ消えて行った。


 

 この映像に、ナメ子は、キャッ、と嬉しげに悲鳴をあげた。

「あなたっ! 今のっ、見たぁ? あの太さで模様なしの黒! あれはユウちゃんよ。あなた、やったわ、ついに、ユウちゃんを見つけたわよ」

 ナメ子は、座っているソファの上で、体を左右に揺すり、太陽の頬笑みを浮かべた。

「セーラ、落ち着け。矢内さんが、やらせ撮影に協力している可能性はあるが、ユウちゃんではなく本物の野生の蛇かもしれない。もう少し大きく見せてくれないと、わからないぞ。尻尾の先だけでは……むむ」

 社長は舌打ちした。

「ねえあなたぁ、あれで終わりかしら。尻尾だけなんてねえ」

 夫婦は座っているソファから、さらに身を乗り出し、お尻だけ座るような状態で、一瞬も目を離すまいと、眼球をぎらつかせた。


 画面内では、腰を抜かしている男性に、斉藤が話を聞いている。

『でかい黒蛇が落ちてきたんです。肩に当たって、なんだろうと思ったら、しゅるって……こんな太いのが――』

 両指を開いて合わせ、蛇の太さを示している男性は、本当に青い顔になっていた。

『こんなんですよ。こんなふっといの。ドサッって落ちて来て、ザザザッて逃げて――』

 カメラは辺りをぐるりと映す。そこでナレーションが入った。

【彼が遭遇した蛇が、幻の大蛇なのか。本当に伝説の黒蛇は存在しているのだろうか。スタッフたちは、黒蛇が逃げた方向を重点的に調査することにした】

 再びCM。



「もう! いいところで切らないでよ」

「まったくだ。この番組はふざけている。さっきCMが入ったばかりじゃないか」

 ナメ子夫婦は、積み重なる欲求不満に、二人とも激しく貧乏ゆすりをしていた。 


 やがて、番組再開。捜索現場は沢すじに移動した。それもまた、映像が先程見たものと重なっている。

「なんだ、またここからか。さっさとユウちゃんを見せろ」

「これで逃げられたら、みつからなかったことにする気かしらねえ。許せないわよぉ」

 ナメ子は、部屋に掛けられている大きな時計に目をやった。残りの放送時間は五分もない。



【スタッフを襲った黒蛇は、沢に下りて行った、との証言から、全員で川沿いを探すことに。しかし、巨大な蛇の姿はない。スタッフが遭遇したのは間違いなく黒い大きな蛇だったという。いったいどこへ行ってしまったのか。と、その時、斉藤が大声をあげた】

『あそこだ、いたぞー!』

 カメラの目線は沢ぞいを舐めるように動いた。



「おお! 大きいぞ!」

「いたのね!」 

 夫婦は同時に声を出していた。


 ごろごろした大きい岩の転がる狭い沢。真ん中をえぐるように流れる水は、岩を降りるたびに、しぶきと同時に、ひとときの水流の淀みを生みだす。弱まった水の流れの中、こぶしよりも頭が大きい黒蛇が、水の中から首だけを出し、ゆるゆると泳いでいる姿が遠目に映っていた。


「あなた、やっぱりユウちゃんよ。うれしいわ。ユウちゃん、生きていたのね」

 画面は、ほんの数秒の祐二の泳ぐ姿が、コマ送りになって出ている。遠目なので、大きさは曖昧だが、かなり大きな蛇だとはわかった。



 スタッフたちが付近を捜す映像に、尻尾の場面と、泳ぎの場面が挟み込まれて繰り返し出され、番組は終わりを迎えた。

【泳いでいた黒蛇は、我々に気がつくと、水にもぐってしまい、二度と姿を現さなかった。日没が近づき、スタッフたちは、これ以上の捜索を断念した。しかし、黒い大蛇をカメラに収めることに成功し……】

 最後はスタッフたちが、笑顔で山を下っていく場面になっていた。

『この番組は、○○の提供でお送りしました』



 番組が終わると、社長は興奮気味に、顔を赤らめながら立ちあがった。

「間違いない。あの大きさで、模様のない黒蛇など、そうそういるものではない」

「ぬふふふ……やっぱりあれは矢内さんね。みつけたわよぉ。もう逃がさないから。必ずユウちゃんを譲ってもらうわ」

「早速テレビ局に問い合わせをしよう」

「あなたぁ、今度こそあの人に逃げられないようにしてね」

「わかっている。前の時は、話の持って行き方がまずかった。矢内さんは、ユウちゃんの入手方法を探られると困るから逃げてしまったのだろう。あの蛇は密輸に決まっているのだ。テレビ局に問い合わせても、矢内さんの居所を教えてもらえないかもしれないが……」

 

 その夜、ナメ子夫婦の寝室にて。

「ユウちゃんが生きていてくれて、よかったじゃないか。今夜は、ユウちゃん発見記念に、久しぶりに踊ろう」

「あなたぁ、素敵よぉ」

 夫婦は立ったまま抱き合い、熱い口づけを交わした。

 社長は例の唐草模様のトランクス一丁。『祐二の遺品』としてナメ子が持ち帰ったものだ。ナメ子の方は、湯上りのネグリジェ姿だが、その腕に、社長が今履いているトランクスと同じ物を通している。二人は、両手をつないだままで、くるくる回りながら、音階のない歌を適当に作って大声で歌っていた。

「やったわあなた、かわいいユウちゃん、大発見」

「逃がさぬぞぉ、逃がしてたまるか、ユウちゃんめ」

「これで決まった、あの子はうちの子。うふふふ、ぬふふ。最高よぉ」

「家族が増えて万々歳。ひゃっほう、ひゃっほう」

「ついでシロちゃんも、いただきねぇん」




   続く


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