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1.幻の黒蛇

本編「古家の新婚夫婦」、番外編「恵美と祐二の涙の金稼ぎ」読了後、お読みいただけるとうれしいです。

 恵美は、蛇姿の祐二をザックに入れ、自分は人の姿になって、久し振りに山を下っていた。向かう先は、町のゴミ集積所。目的は祐二の服を拾うこと。

 祐二の服は、割れた卵と共にナメ子に渡してしまったので、下着すらない。服の一枚ぐらいないと、人間の姿になっても裸でいるしかなく、山中で暮らしているとはいえ、あまりにも怪しすぎる。狩猟シーズンには、登山道からはずれた場所にも犬を連れた人間が入ってくる為、人の姿になっている必要があった。Tシャツとズボンぐらいは、どうしても一組は欲しい。


 傾斜がゆるやかな、細い登山道をゆっくりと下っていく。ところどころにある、大きな岩を跨ぐようにして歩いていた恵美は、急に足を止め、祐二に話しかけた。

「ねえ、ゴミ収集日の看板を見に行くのはいいけどさ、今日が何月何日で、何曜日かってことがわからないとどうしようもないって、今気がついた」

 ザックの中にいる祐二が、恵美に思念を送って来る。

(なんだ、そんなことか。急に足が止まったから、また社長夫婦でも出たかと思った。その日に何のゴミが出されているかを見れば、何曜日かわかるだろう? ゴミのところに収集日の事が書かれた看板があるはずだ。何曜日は何ゴミとか、書いてあるやつだよ。ゴミがひとつも出ていなければ、別の日に見に行けばいい)

 恵美は祐二の“指導”にうなずくと、再び歩き出した。前方の木々の間から、日が射している明るい登山口が見えて来た。登山道から、開けた砂利道へ出ると、広がる視界に、快晴の空が眩しかった。

 恵美が、目に入ってくる太陽光に目を細めた時、突然、登山道入り口付近にいた見知らぬ女性に声をかけられた。

「すみません、ちょっとよろしいでしょうか。ワクワク夢テレビの者です」

「はっ?」

 声をかけてきた女性の他に、数人の男性がいる。女性を含めた全員が成人に見える。人々は、ラフな格好をしているものの、登山には不向きな、ぴたりとしたジーンズをはいている者もおり、ザックも背負っておらず、登山者ではなさそうだ。すぐそこの道の隅に、彼らが乗って来たと思われる、白いワゴン車が止まっている。

「今、テレビ局の企画で、『幻の大蛇伝説』を取材中なのですが、少しだけ、お話を伺わせていただけませんか?」

 女性は、ニュース番組にでもいそうな女性キャスター風。すぐそこでカメラが構えられており、彼女は、完全につくられたテレビ用の微笑みだった。

(恵美?)

 心配した祐二の声が、頭に響いて来る。恵美は“大丈夫”と祐二に返すと、

「何でしょう」

と、女性の顔を見た。

「幻の大蛇って、聞いたことはありますか?」

「幻……ですか」

「幻ではなくて、実際にご覧になられたことがあれば、お話を伺いたいのです。昔からこの辺りには黒い大蛇が生息しており、人を飲み込んでしまうこともある、という情報を元にここへ取材に来ているのですが、ご存じないでしょうか」

 ザックの中の祐二は苦笑していた。

(黒い蛇って、それ、俺だよ。俺は人なんか食わないぜ。ひでえや……)

 恵美は思わずプッと笑いそうになったが、ザックの口が気になり、笑いを引っ込めた。大きな体の祐二は、ザックのファスナーを少し開け、首だけ外へ出している。首の上から恵美の上着をかけているので、祐二の姿は普通には見えないが、突風でも吹いて上着が飛べば、蛇をザックに入れていることはすぐに見つかってしまうだろう。

 恵美はザックにかけられている上着のそでをひっぱり、きちんと祐二が隠れているかどうか、確かめた。

「この近辺で、大きな黒い蛇を見たことはありますか?」

「い、いいえ……」

(黒蛇ならここにいるぜ。ザックを覗けよ。サービスで噛みついてやるぞ)

 祐二が、ザックの中で体を震わせて笑っている。

「黒い大蛇の伝説はご存知ですか?」

(俺が伝説? 笑わせる)

「いえ、ごめんなさい、私、この辺りの者ではないので」

 恵美は愛想笑いをしながら、軽く頭を下げ、取材の人々から遠ざかった。足を速める。少し行ったところで振り返ると、人々は長靴に履き換えて車の中から長い棒を出している。

 恵美は彼らに背を向けると、こらえきれずに笑い声をもらした。

「あははは……あの人たち、本気で祐二を探しに行く気だよ。ここにいますよって見せてやったらどうなったかな。全員、腰を抜かす――!」

 言い終わらないうちに、恵美は振り返って悲鳴をあげた。


「きゃぁぁ!」


 逃げたくても足が凍りついてしまったように動けなかった。背後から犬の吠える声。こちらを目指して、すごい勢いでビーグル犬が走ってくる。首輪につけられた長いリードを引きずっている。蛇探しスタッフたちが連れてきた犬らしく、犬を慌てて追いかけてくる男性スタッフが、走りながら犬の名を呼んだ。

「ロビン、だめだよ、おいで!」

「来ないで! いやぁ!」

 犬は恵美のザックに飛びついた。後ろから押されたはずみで、恵美は数歩前へつんのめった。がりがりと犬の足がザックを掻く音がする。

(祐二、隠れて!)

 恵美は必死で、ザックにかかっている上着が取れないように、上着の袖を引っ張り、体を大きく左右に振った。

「いや、やめてって。放してよ。何するのよ」

「ワン、ワン、ワン」

 犬は一度は振り落とされたが、また飛び付いて来る。

「こら、ロビン」

 ザックの中の祐二が慌てて、何か思念を送って来ていたが、必死で犬を振り落としている恵美には聞く余裕などない。

「もう、いやだってば」

 再び犬を落とすのに成功すると、今度は正面から犬と向き合った。犬は唸り声をあげている。どう見ても、じゃれついて喜んでいるとは思えない。

「すみません、こらっ!」

 走ってきた男性が、ようやく犬のリードを捕まえて押さえてくれたが、恵美がザックにかけていた薄い上着の裾は、大きな穴が空いてしまっていた。男性はまだ吠えている犬の頭を撫でてなだめながら、深々と頭を下げた。

「本当に申し訳ありませんでした」

「なんでもいいから、早くその犬をあっちへ持って行ってください。あたし、犬は苦手なんです」

 恵美は、大量の汗をかき、まだ震えが止まらなかった。

「ちょっと車に載せますので、お待ちください」

 男性は、吠え続けている犬を引きずるように連れていくと、ワゴン車に押し込み扉を閉め、大急ぎで戻ってきた。

「お怪我はなかったでしょうか」

「大丈夫ですけど、怖かったです」

「普段はおとなしい子なんです。急に飛びかかるなんて……」

(恵美、大丈夫か? あやうく噛みつかれるところだったな。俺たちのことを臭いで嗅ぎつけやがった)

(あの犬、しつけがなっていないわね。まだ心臓がドキドキしてる。ほんっと、迷惑な。そりゃあ、あたしたち、人間じゃないから吠えられても仕方ないけど、飛びかかるのはかんべんしてほしいわよね)

 恵美は心の中で怒りながら、できるだけ穏やかに言った。

「飛びつき癖がある犬なら、ちゃんと繋いどいてくださいね」

「すみませんでした。蛇探しに役に立つと思い、連れてきたのですが、知らない場所で降ろされて、興奮してしまったみたいです。車から出してやろうと、リードをつけていたら、急に吠えて、僕の手からすり抜けてしまいました。上着に穴を空けてしまって……ちょっと見せてください」

「いえ、あっ」

 男性は、恵美が、やめてくれと言いかけているうちに、ザックにかけていた上着を、さっと取った。


「ぎゃっ!」


 男性は悲鳴を上げ、上着を落として数歩下がった。他のスタッフたちは、遠巻きに見ていたが、男性の声に、何だろうと全員が近寄ってきた。

「おい、どうした?」

「蛇が!」

 恵美は、自分が見つかった気がして、思わず首をすくめていた。

(祐二!)

(げっ、見つかっちまったか……)



  続く

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