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ぱみどおる  作者: 蕃茄 苫
3/5

第弐話 憎悪ハ鐘ノ音ト響ク

(夢……か……。違う。鮮明に残るこの臭い――)

 ゴーオオオン、ゴーオオオン

「血、血、血、血。」

 淕は、鐘の音とともに飛び起きた。息を荒らげ、目をまん丸と開けた淕は小さな部屋のベッドの上にいた。着ていたはずの白いシャツも脱がされ、上半身は裸の状態だった。

「こ、ここは……。」

「廃寺だよ。」

 淕の問いに答えたのは、ベッドの隣に佇む女性だった。

「尾崎淕っていうんだね。っていうか、君モテるんだねー。」

 淕の学生カードを見ながら、そう言う女性の黒髪は、窓から射し込む陽の光で艶やかに光っていた。




 国務官高良襲撃事件の夜――尾崎宅前。


「ヴッ。」

 トラックの前で小銃を構える国務官は、背後からの何者からかの攻撃で気を失った。その後、倒れる国務官の背後とトラックの荷台の上の何もない空間にカーキ色のコートを着用し、フードを深く被った人物が二人現れた。

中原(なかはら)(うるし)、あんたまで解除しなくてもいいでしょ。」

 フードの影の中から女性の声が聞こえる。

「まあ、いいでしょ。解除できる時に解除しとかないとコートの消費早くなるでしょ。」

 もう一人のカーキコートの男が、トラックの荷台の中身を確認する。

「こん中には、いないな。」

「そこにはいないでしょ。」

「まあ、一応っすよ。」

《そう……この家の中に()る。》

 カーキコートの二人は、女のフードの影の中に光る、トマトが模られたピアスから聞こえる声に耳を傾けた。

「流石、【矜持】は鼻が利きますね。」

 会話の後、尾崎宅の玄関扉が勢い良く開くと、白いシャツが赤黒く濡れ、トマトが模られたネックレスをかけた淕が、瞳孔を開いた状態でフラフラと現れた。

「あのガキが新しい【リコ】⁉」

 淕の力がスウっと無くなり、前方に倒れるところをカーキコートの女が抱きかかえた。


「ちょっと、あなたたちは唐柿ね。」

 カーキコートの男女に向かって叫んだのは、五十嵐(いがらし)(ここ)であった。

「ザッキーをどうするつもり。」

「めんどくさいなあ。【国務官ガ国事ヲ民間デ行フ通知ガ発布サレタ場合、国民ハ自宅待機】でしょ。」

 カーキコートの男女は左鎖骨当たりにあるボタンを押すと、二人はその場から消えたのだった。

「逃げんな!」

 五十嵐心はその場でうずくまって、泣いていた。





「で、あの子は彼女さんですか。」

 陽の光が暖かい部屋の中で、黒髪の女性は、淕に問いかける。

「そんなことより、あなたは誰ですか……。」

「質問を質問で……って、まあいいんだけど。んー、同種かな。」

 女性は呆れた顔でそう言った。淕は首にかかったネックレスを握る。

「あの……国務官はあなたが殺したんですか。あなたが助けてくれたのですか。」

 淕は身を乗り出して、問いかけたが、先方は首を横に振った。

「尾崎淕だよ。紛れもなく。尾崎淕が殺したんだよ。」

「……エ。」

 淕は目線を自分の手のひらに移した。

「……僕が……人を殺した……。」

「まあ尾崎淕っていうより、正確なのは、それかな。」

 女は、淕の着けているネックレスを指差した。

「これの……おかげ。」

《俺のせいか。おい、女というよりは矜持(・・)のリコと言った方が良かったか。》

 ネックレスから聞こえる声に、淕は驚いた。しかし、その驚きに、女もトマトのシルエットも反応しなかった。声に反応したのは、淕だけではなかった。女の耳にあるトマトが模られたネックレスからも声が響く。

《【憎悪】。お前の声を聞くのは何年ぶりだ。》

《三百年と二か月、十日ぶりだ。矜持、今回のは女か。豪傑な男ではないのか。》

《お前も、ひ弱な少年ではないか。三百年前のリコは全員豪傑な男だろ。》

 二つのトマトは笑った。ネックレスのトマトは不機嫌そうな口が付いており、ピアスのトマトには、高い鼻が付いている。

 淕は憎悪のネックレスを三本指差で強く握り、顔に近づけた。

「なんで!なんで!父さんや姉ちゃんを助けなかった!」

《選ばれなかったからだ。》

「二人に力を貸していれば、どちらかが助かっていたはずなのに。」

《そんなこと、私は知らない。言っただろ。世界に一矢報いる感情は、その時必要とされた感情だけだと。私は”憎悪”にのみ反応する。》

 どれだけ淕が声を荒げようと、ネックレスのシンボルに力を込めようとも、憎悪の首飾りは冷然として低い声で答えた。

「落ち着きなよ、尾崎淕。(しょう)は運命って言葉がとっても嫌いだが、これは運命として自分を説き伏せることでしか気持ちは落ち着かない。」

《人は誰しもが感情を飼っている。少年、お前はたまたま”憎悪”を飼っていた。それだけだ。世の理を憎め、不条理を憎め、悪を憎め、目の前の敵を憎め、さすれば私がいつでも力を貸してやる。》

 憎悪のネックレスはおもしろくなさそうな表情のまま話を続けた。少年は黙り込んでしまった。

(涙も出ない。湧いてくるのは、昨日の一連の出来事への”憎悪”。それだけ。)

《そう。雨里(あめり)も”矜持”を飼っていた。それだけのことだ。》

「おい。名前を妾より先に言うな。」

《すまぬ。》

《尻に敷かれているな。矜持。流石は矜持のリコだ。》

 雨里は淕にTシャツを投げた。

「妾は、井伏雨里。とりあえず、その服着な。鐘と遊んでる馬鹿に会いにいくよ。妾らの説明は後でする。」

 淕は雨里を睨んで、唇を噛んだ。

「なんで、僕は助けて、姉ちゃんは助けなかったんだ。」

 雨里は振り返ると、冷たい目を淕に向けた。

「尾崎淕がリコだからだよ。」

「リコ、なんだそれ。それだけで。」

「は?何でもかんでもに憎悪向けるな。説明は後でするって言ってんだろ。」

 淕は、雨里の非常に冷たい目線と何とも言えない「すごみ」に気圧された。

「さ、早く服着て、馬鹿に会いに行くよ。」


 



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