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第7話 刹那主義者達の夜 ―要らぬ子宮の使い道―(前編)


 『座礁は徒手にてパンジャンタン!今こそ賢しらは罪と知るべし!!』


 薄木の壁をぶち破って穴が空いた先からは月が覗き見えた。届く月光へ吠えるが如くガッドは誓言を唱え大柄の体躯を眩い光が包み込む。元より太い骨格が―それは二の腕一つとっても強健な農奴の胴位はあった―更に巨大となって、隆々(りゅうりゅう)しい金色の戦士が現れた。


 大牙の獣を模した面。剛を司る精霊ダビをレリーフとした胸甲。鎧下から漏れ出る殺意と威圧的な魔力。戦士ガッド、当代最強として目される誓約騎士の一人にして勇者パーティの“戦士”担当。暴力という概念の擬人化である。


 先に誓言を唱えられた。早くこちらも誓言を唱えて戦わねば。だが痛みと衝撃で全身が思うように動かせない。


 「シッッ!!!」


 足場だったものを爆砕させながら二階から飛び降りてくるガッド。闇夜に真紅の瞳から流れる残光が浮かび上がり、殺意が直線を描いてやって来る。


 「シ“ャ”ァ“ッ!!」


 「あぐっ…!!?」


落下してきたガッドを避けようと必死に体を捻るが間に合わない。ガッドの(かかと)が私の右手を釘刺すようにして踏みつぶした。


 「がああああああああっ!!!?」


 「逝けい!醜悪のッ!!」


 右手から雷撃で焼かれるような痛みが全身に伝わり駆け抜けていく―痛い!痛い!痛い!―


 誓言を唱えて変身した誓約騎士の力は百人力の如く。右手「だった」それがへしゃげているような気がしたが、それが今具体的にどうなっているのか確認する余裕は無い。舞い上がった血風と砂埃で隠れた左手に砂利を持ち、思い切り振りかぶる。


 「ぬっ」


目潰しにすらならないだろうが瞬時足の力が緩んだ。拘束から抜けねばと左脇へ体の舵を切り、足と腰を回して杭を引っこ抜くように力を入れる。何かが千切れるような衝撃と激痛を堪えながらどうにか立ち上がって走り出す。


 ようやく練り終えた魔力を後ろ手に組んで火球を投げるが恐らく牽制にすらなるまい。振り返って確認する時間すら今は惜しい。走り続ける。ひたすらに。


「……っ!?」


 とにかく逃げようと見つけたドア。私は出口に向かって何度も足を動かしているのだが、一向にそれが近づいてくる気配がない。何故?おかしいではないか。私はこんなに必死の足掻きを続けているのに希望との距離が変わらないというのは道理でない。


 「……」


 ガッドが私の背中を掴んでいる。いつの間にか浮かんでいた私の足はバタバタと無様に宙をきっているだけであり、泰然としたこの男に先の火球は本当に役立たなかったのだと知った。


 「あ…あっ…」


それに気が付いて呆然とする私にガッドは馬鹿にするかのように顔を正面に近づけて唾を吐く。


 「手の一本が吹き飛んだぐらいで動転しやがって…これだから後衛は軟弱なんだ…よッ!」


 「ぎぃいっ!?」


 ただの腕の一振り、たった一度の手刀で私の両足は本来関節が曲がる逆側…つまり前向きにへし折れた。肉が弾け飛び中から白い骨が見えてしまう。


 信仰によって人々は魔法を得て、その中でもとりわけ神々の寵愛を受けた一族は誓約騎士となることができる。彼らは超常の力を宿す『聖典鎧』を賜り、望むときにこれを召喚、一体化して無双の力を得ることができる。生身である人間の足なぞ得物や魔法を使わずとも枯れ枝のように折ってしまえるのだ。


 「はぁっ…はぁっ…!はぁっ…!!」


 問題はそれで折られているのが私の足ということ。魔力を練るためにどうにか平静を取り戻そうとしているのだが、走る激痛と取り返しのつかない重傷に気付いてしまい上手くものを考えられない。思考と視界がぼやけて腹の下から冷たい絶望が這い上がってくる。


 (死ぬ、死ぬ?死ぬ!!)


 「オラ、オラ、オラァッ!」


 ガンガンと全体重をかけて壁へ叩きつけられ続ける。その度に頭が、骨が、臓腑が、全てがズタズタになっていく。


 失っていく。喪っていく。鍛えた肉体を、今日まで続いた生命を、拠り所とした自我を。何もかもが抜け落ちていく。


 叩きつけられた勢いあまり壁が抜けて外に投げ出される頃にはもう意識すら遠のき始めていた。


 「ぐっ…うぅ…『透明化(インビシブル)』っ…!!」


 「ぬ“っ!?」


 ようやく練り終えた魔力でティボーから奪った魔法『透明化』で闇夜に溶ける。這ってでしか移動できないが、幸い倒壊した家の陰へすぐに逃げることができた。


 「ブス!おいブス!どこへ行ったッ!!!逃げるな卑怯者ッッッ!!!」


 「ひ、ひぃ…!」


 「き、貴族様!?一体…おぐっ!?」


 私を見失ったガッドが大声でがなり立てながら近くの物陰を叩き壊していく。僅かに揺れる影も見逃すまい、そう言わんばかりに異変に気が付いて逃げ惑っていた人々を巻き込みながら力任せに探しているのだ。辺りは埃と血に塗れて地獄の様相となった。


 だがガッドの索敵能力は低い。ティボーであれば私の魔力を追って簡単に見つけられただろうが、直接戦闘に特化したガッドは見当違いの場所で暴れている。このまま態勢を整えるまで時間が稼げるかもしれない。


 「…しゃらくさい、まとめて吹き飛ばしてくれるわ」


 両手を天に掲げて力を込めるガッド。二つに収斂(しゅうれん)する魔力がハッキリと空間を歪めているのが見える。おい、まさか市街地であれを使う気じゃないだろうな。


 ガッドの聖典鎧は力と鉄と虚栄心の神、ダビを司る。かの神が賜る鎧は使用者一人に『肉体強化魔法(バフ)』を掛けて大抵筋量を増やすだけだが、その威力が凄まじい。しかしここで大技を放てば如何に貴族のガッドとはいえその立場を失う筈だ。今でさえ帝都の秩序を乱した咎を受けてもおかしくないのにそんなことを本当にできる訳が…


 「ウ“オ”オ“ーーーッ”!!『地返し』(アースクェイク)!!!」


  「…っ!?」


 ガッドの両拳が地面に叩きつけられて激震が走った。衝撃が円状に広がり石畳が跳ねる、地割れが周囲一帯の建物を割って倒壊する。このままでは巻き込まれて圧死する!


 「だ、誰か助けてくれぃ!」


 「あなたぁ!あなたぁっ!!」


 近く2、3件の木造家を崩しても尚地割れの勢いは止まらない。宿屋の主、若夫婦、通りすがりの老人…市民達は何が起きているか分からないまま、この災害から逃げ出して間に合わない者は命を落とす。揺れ落ちる瓦礫から守ろうと必死に頭を抱えるがどうにもならない。私の意識は地盤と共に沈下していった。


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